第26話 縁結びの木の怪(3)

陽向ひなた……というか皆、おかしくなってない?」


 昼休み。私と落合と佐野さんは屋上に続く扉の前、階段の踊り場でお弁当を広げながら学校に広がる「縁結びの神様信仰」について語っていた。

 落合と佐野さんは購買で売っていたパンとおにぎり片手に、私だけお弁当箱を手にしている。


「女子の人間関係なんてこんなものじゃない?」


 ある日突然、変なことが流行って新たなグループができる。長谷さんがどんな子だったが知らないが自分の恋愛経験のことでマウントを取ってくるなんて珍しいことじゃない。中学校の時にも似たようなことがあった気がする。心霊現象とは何も関係ないことのように思えた。


「いや。絶対、おかしいって!陽向ひなたも皆、縁結びの木にほぼ毎日休み時間にお祈りしてさ……。縁結びの木にお祈りしないなんてあり得ないみたいに言ってくるんだよ?私もいっしょに来いって毎回誘われて困ってんの!」

「たしかに。みんな目が怖いよね~」


 落合が菓子パン片手に呑気に答える。


「藤堂さん、何か分かった?」

「実際に木を見てきたけど……特に何も。ただ、これだけの人が何でもない木を崇めたら……何かが起こりそうな気はする」


 数々の心霊現象を見てきた経験から胸騒ぎがするのは確かだ。

 ただの廃墟が「心霊スポット」と言われるようになり、様々な人がいわくつきの物を置いていくことで本当に心霊現象が多発する心霊スポットとなってしまった例もある。


「どうしてあんただけ願い事が叶うの?」


 階下から大きな女子生徒の声が聞こえて私達は動きを止めた。下の階は私達一年生の教室だ。

 私達は静かに階段を降りて、声が聞こえてきた方角に耳を傾ける。

 どうやら一番端の教室、1年E組の生徒のようだ。


「私だって、神様にお願いしてたのに!」

「知らないよ。あんたのお祈りが足りないんじゃないの?」


 どうやら縁結びの木のことで言い争いをしているようだ。


「喧嘩してるみたい……。止めなきゃ」


 落合が飛び出そうとしたところを私が腕を掴んで引き留める。


「待って。少し様子を見よう」


 落合は渋い表情を見せた後大人しく足を止めた。


「私があんたに神様のこと教えてあげたんだよ?それなのにどうして先にあんたに彼氏ができんの?おかしいでしょ」


 ふたりの女子生徒の声が荒々しくなってくる。聞くに堪えない口喧嘩だったが内容はありふれたものだった。彼氏が欲しいねと相談しあっていたふたりのうち、どちらかが先に出来てしまえば変な空気になるのは目に見えている。

 彼氏ができたという女子生徒が鼻で笑う。


「知らないよそんなの……。あんたの努力不足じゃないの?最近太ったって言ってたじゃん」

「は?私のことデブって言いたいの?ムカつく……」


 もうひとりの女子生徒がそのまま乱暴な足音を立てて教室に戻って行き、口喧嘩は終わった。彼氏ができたという女子生徒は階段を降りて行ってしまった。今度はまた別の口論が廊下に響く。


「縁結びの木に行かないなんてあり得ない!女として終わってるよ」

「でも私、今は勉強に力を入れたいから……」

「信じらんない!もういい。これから別の子とお祈りに行くから」


 そう言って怒った女子生徒は別の女子生徒の集団を引き連れて階段を降りて行ってしまった。残された女子生徒が絶望した表情で立ち竦んでいる。

 縁結びの木の影響は想像以上だった。

 東雲女学校は今、縁結びの木の信者とそうでない者でまっぶたつに分かれた状態になってしまっている。


「縁結びの神様って良い神様じゃないの?人と縁を結ぶって良い事じゃん。なのにどうしてこんな悪い雰囲気になってんの?」


 佐野さんの素朴な疑問を聞いて私は冷静になる。


「……良い行いってわけでもないと思う。結局は意中の相手の心を自分のものにしたいっていう……身勝手な欲望ではあるからね」


 縁切り神社が恐れられることはあるが縁結び神社が恐れられることはない。それは人と縁を結ぶという前向きさがあるからだろう。一方で縁を結ぶことも前向きな面ばかりではない。ひとりの人物に執着していることにもなるし、よからぬ縁というのもある。そう考えると縁結びという行為もなかなかに恐ろしい行為なのかもしれない。

 佐野さんがまだ納得していないという顔をするので私は仕方なく自分なりの考察を解説する。


「誰のことを好きか嫌いかはその人自身が決めることだから。赤の他人や神様が決めるもんじゃない……。強い思いが心霊現象を引き起こす原因になることが多いんだよ」


 今までの心霊動画の考察経験から「恋愛関係」が最も心霊現象を引き起こすきっかけになり得るものだと私は考えている。人の好き嫌いは一番強い思念になりやすい。


「それと、本来おまじないっていうのはかわいい子供のお遊びなんかじゃないからね。一種ののろいでもある」


 「おまじない」を漢字で書けばまじない。のろいと同じ漢字を使う。本来であれば容易に手を出してはいけない儀式であると考えることができる。


「なんか……藤堂さんすごいね。本当に専門家みたい。そっか……そういう考え方もあるのかも……」


 佐野さんは饒舌になった私に戸惑いながらも頷く。なんとか今起こっていることに折り合いをつけたのだろう。私の考察にも真剣に耳を傾けてくれる。反対に落合は満足げに私の考察に大きく頷いていた。


「さっすが文香。心霊現象のプロ」


 私は褒められているのだろうか。私は不満そうに落合に視線を返す。


「私も学校がこのままなのは居心地が悪くて嫌だ。縁結びの木が噂されるようになった原因を調べようと思う」

「どうやって?」


 佐野さんが緊張した面持ちで私に問う。


「理事長か……駒井先生かな。過去にあった縁結びの木に関する噂話をもう一度確認し直そうと思う」

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