第25話 縁結びの木の怪(2)
話を聞いた先輩達が赤い布を結び付け、手を合わせるところを見届ける。ここが学校だというのを忘れてしまうような……異様な光景だった。
「どうして同窓会アカウントでおまじないみたいなこと流すんだろう……」
「ああ。それならこのアカウント、東雲女子校の卒業生が運営しているから当時流行ったこととかも呟いてるんだよ。ほら、こういうのもあるよ」
そう言って落合がスマホを手渡してくる。明るすぎる屋外でスマホの画面は見えにくい。私達は木陰でスマホの画面を眺めた。
『東雲女子高等学校卒業生集いの会』というSNSアカウントは至って普通のアカウントだった。悪く言えばぱっとしないアカウントである。紹介文も『東雲女子高等学校卒業生の同窓会お知らせアカウント』とあるだけで何の面白みもない。
最近できたアカウントらしくフォロー数も少なかった。アカウントのホーム画面に使われている画像は東雲女子校の校舎で、つぶやきもおかしなところはなさそうだ。
同窓会の日程を知らせたり、昔東雲女学校で流行ったことであったり歴代の先生のことについて投稿があった。いわゆる『東雲女子校あるある』だ。
「フォロワー数の多い在校生が見つけてリマインドして広まったのかもね」
落合のスマホで投稿を遡っていくうちに該当の投稿を見つけた。
『旧校舎のどこかに落ちている赤い布を旧校舎の近くの背の低い木に結びつけると運命の相手と結ばれるというジンクスがあります。在校生の方、是非試してみてください!』
この投稿のリマインドが多いことから在校生の中で噂になっていることが分かる。
「噂の出所はここか……。それにしてもたかがおまじないがどうしてこんなに流行るんだろう」
私はポロシャツの首元をはためかせて風を送った。落合も同じようにワイシャツをはためかせながら答える。
「うーん……。フォロワー数の多い子の影響力ってのもあるだろうけど、タイミングもあるかもね。夏休み目前でその後には文化祭。楽しいイベントに彼氏がいたらより楽しくなる!神にも縋る思いで恋愛成就させたいんだよ」
「だったらこんな訳の分からないことするより告白した方が早いでしょ……」
私は昔から人がおまじないをする意味が分からなかった。何かを叶えたいというのなら、関係ない行動をするよりその願いのために行動する方がいいに決まってる。
私の発言に落合が驚いたような表情を浮かべた。その後で噴き出すようにして笑い出す。
「そりゃそうだよね!でもやっぱりみんな失敗するのが怖いんだよ。心を安定させるためにやってる節もあるよね。自分を奮い立たせるためというか……縋れるものには縋りたいんだよ」
落合が額の汗を腕で拭いながら木を見上げる。
「他力本願の間違いじゃない?苦労せず願っておけば何かが叶えてくれるだろうって……。そんな都合の良い事なんてない」
私がぶっきらぼうに答えると落合が口元に人差し指を立てた。
「文香、それみんなの前で言わないでね。縁結びの木を信じてる人の反感を買うだろうから」
「言わない。面倒なことになりそうだし」
ここには落合以外の生徒はいないから言っただけで。過激な発言をして荒波立てるようなことはしたくない。ふと落合がにやついているのに気が付いた。私はじっとりとした視線を向けて問いただす。
「何?」
「いや、文香もだいぶ打ち解けてきたな~とおもって」
落合に言われてハッとする。さっきの発言、「落合の前なら面倒な発言を言ってもいい」と受け取られたのではないか。私は勘違いされないようにしっかり否定する。
「私はただ静かで平凡な学校生活を送りたいだけ」
「文香は……誰か好きな人いるの?」
落合の問いかけに一陣の風が吹く。一瞬だけ汗が渇いた気がした。
「いるわけない。いたこともないし。これからもできる気がしない」
人との関係をすぐに断ち切ってしまう私のことだ。今までもいなかったしこれからもできるはずがない。
私のつまらなくて素直な答えに落合は楽しそうに笑った。
「私も誰も……好きになれる気がしないし分かり合える気がしないよ……」
私は違和感を覚えた。落合の爽やかな笑顔とネガティブな言葉がどうしても合わないのだ。答えと表情のギャップに頭が微かに痛む。
落合のような誰とでも仲良くなれる人間が誰も好きじゃない?そんなことってあるんだろうか。
私に気を遣ったという雰囲気もない。いつもなら王子ぶるところなのに。王子らしからぬ発言について私が言及しようとした時、甲高いチャイム音が私達の会話を途切れさせた。
スピーカーの調子が悪いのか、歪なチャイム音に鳥肌が立つ。
「やばっ!早く戻ろう!」
私は落合にスマホを渡すと、縁結びの木を背に走り出す。
振り返ると、縁結びの木はすぐに周りの背の高い木に隠れて姿が見えなくなっていた。
私と落合が縁結びの木を見に行った翌日。佐野さんが恐れていた通り、異変はすぐに起こった。
「ねえ。藤堂さんはもう縁結びの木に行った?」
朝から私に話しかけて来るクラスメイトがいるなんて珍しい。誰だろうと顔を上げる。声を掛けてきたのは
縁結びの木にお願いに行ってから様子がおかしくなったという子じゃないか。
「ううん。私そういうのに興味ないから……」
「え?彼氏とか作りたくないの?女子高生なのに?」
棘のある長谷さんの話し方に違和感を覚える。大きな目が鋭い光を灯し、思わず身構えた。こんな話し方をする子だっただろうか?少なくとも佐野さんの隣にいる長谷さんは陽気でこんな風に突っかかった話し方をするタイプではなかったはずだ。
「今のうちに彼氏つくっておかなきゃヤバいよ。女としてもだけど……。ただでさえ結婚しない人が多い世の中なのにさ。今のうちに恋愛経験しておかないとお先真っ暗だよ」
私は長谷さんの無茶苦茶な発言に動揺していた。見れば周りのクラスメイト達も同じように、私を哀れむような、敵視するような目で見ていた。
「藤堂さんも早く行った方がいいって」
「お願いした方がいいよ」
長谷さんに便乗するように縁結びの木へのお祈りを強要してくる。
……急になんなのだろう。反論しようと口を開きかけた時だ。
「あ~っと文香は大丈夫。昨日私と一緒に結んだから」
落合が左隣から上体を乗り出して答える。あれ?今日は早くに来てるんだ。
縁結びの木はただ見に行っただけなのだが……嘘を言っておいた方がいいかもしれない。私は落合に調子を合わせ、黙って頷いた。
長谷さんは真顔に戻った後、両方の口の端を上げ、不自然な笑顔をみせた。
「そうなんだ。それなら早く言ってくれればいいのに!私、神様のお陰で彼氏ができたの!皆にも幸せになってもらいたいと思って……。良い恋ができるように皆で神様にお願いしようね!」
なんとなくそれ以上何も言わない方が良いと思って私は口を噤んでやり過ごした。私はその後でこそこそと落合に耳打ちする。
「ねえ……みんなどうしたの?」
「さあ……?でも他のクラスでもそうみたい。お祈りをした子達、少しおかしくなってんだよね……」
私達は佐野さんの席の方に視線を移す。私達の視線に気が付いた佐野さんは両手を広げて首を横に振った。
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