第20話 ナナシさんの怪(7)
「何?こんなところに呼び出して……」
翌日の昼休憩に私は加河さんを中庭に呼び出した。加河さんは私達を警戒するようにこちらを睨んだ。片足重心をして腕組をする姿から落ち着かない様子が読み取れる。
「ナナシさんの正体が分かった」
私の言葉に加河さんの瞳孔が揺れる。私の言葉に動揺しているようだった。
「てか、分かったところでどうにかできるの?心霊現象でしょ?お祓いでもするわけ?」
「どうにかできるかは……加河さんにかかってるかな」
「それ、どーいう意味?」
加河さんの表情が固まる。
「ナナシさんはたぶん、加河さんの生き霊……生きてる人間の念みたいなものが学校にいたナナシさん達と混ざったモノだと思う」
「は?生き霊って……何言ってんの?芽衣が怪我したのは私のせいだって言いたいの?」
加河さんが不快な表情を浮かべる。話の流れでそうなってしまうのは無理もない。
「まあ……間接的には……」
「信じらんない!どうせあんたも私のせいだったら面白いと思ってんでしょ?グループのいざこざなんて他人事なら娯楽だもんね?楽しいよね?誰が誰を嫌ってるとか、仲悪いって話」
ヒステリックになりつつある加河さんを落ち着かせるように私は淡々と話し続けた。
「仲間外れになりたくなかったんでしょ」
加河さんの目がゆっくり見開かれていく。触れて欲しくない話題だったのだろう。できれば私も人の逆鱗に触れるようなところまで踏み込みたくない……が、今は心霊現象を解明するために仕方ない。私が汚れ仕事を引き受けよう。
「過去に仲間外れにされたことがあったから、加河さんはグループに敏感だった。でも二人組をつくる授業の時に自分が外されて……。不安になった。また同じことになるんじゃないかって」
「何?私の過去まで調べたの?最低っ」
「いや、調べてないよ。たぶんそういうことがあったんだろうなっていう、仲間外れになったことのある私の予測」
加河さんは口を噤んだ。
私は中学生の頃、あるひとりの女子生徒に『気味が悪い』と言われ女子のグループから仲間外れにされたことがある。そもそもどこのグループに入っていたわけでもないのだが、クラスで影響力の強い子に目を付けられるとそういうことになる。
「加河さんの妬みが棚上さんに向けられた。仲間外れにされた思いが東雲学校に古くかある噂話『ナナシさん』という怪異に力を与えたんじゃないかって」
「だとしたらどうして私なの?芽衣か英麻の生き霊かもしれないじゃない」
批難する加河さんに私は昨日見たモノを思い出す。
「昨日、私も階段から押されたんだ。その時に声を掛けられたんだけど……加河さんの声だった」
こうして話していて確信する。「……これでいっしょ……」と呟いた声は加河さんの声に似ていた。もしかするとあの顔の中に加河さんもいたかもしれない。
加河さんは「気味が悪い」というように顔を歪めた
「私の生き霊だとして……どうして関係ない藤堂さんまで階段から突き落とさなきゃなんないの?」
「それは……私と落合さんに嫉妬したからだと思う。私と落合さんは別に友達とかではないんだけど……。突き落とされた時にナナシさんが『これで一緒』って言ってたから」
加河さんが理解できないというように首を傾げる。
「これで一緒ってどういうことよ?」
「私の推測だけど、階段から突き落として怪我をさせれば学校に来れなくなる……。同じ『ひとりぼっち』になれたねって意味だと思う」
「何……それ……」
加河さんが顔を青ざめさせる。
「それで私はどうすればいいっていうの?」
「生き霊を飛ばすのを辞めるしかないと思う。手っ取り早く言えば……人を恨むことをやめる」
私の発言に加河さんは鼻で笑った。
「は?そんなの無理に決まってるじゃん!私じゃなくても人間だったら絶対無理でしょ!仲間外れにされた時、どんだけ惨めだったと思ってんの?仲間外れにされない努力をしてきたのに!一緒になって嫌いな奴の悪口言って、面白くもない話に共感して……。なのに芽衣と英麻に裏切られて……。だけど藤堂さんは王子と親友って感じで……。どうして私だけ……。どうして他の上手くいってる人たちを恨まないでいられるの?」
加河さんの、段々と強くなっていく口調と声色を聞きながら心の中では頷いていた。私もどちらかというと加河さんの考えの方に近い。
人を恨まずに生きるのは無理だ。そんな聖人君主、この世界に片手で数えられるほどしかいないだろう。特に自分が上手くいっていないときに目に入った人物が幸せそうだったら尚更恨みは強くなる。
仲間外れにならないようにもがけばもがくほどうまくいかない。他の心から通じ合っていそうなグループが妬ましい。そう考えるのが人間の心理だろう。
「私が言うのもあれだけど……もっと一人の人とちゃんと向き合ったら?」
私が片手を挙げて合図をすると背後から棚上さんと新谷さんを引き連れた落合が現れた。棚上さんの頭には包帯が巻かれ、手足にも湿布が貼ってあった。
「何……。皆して私を責めに来たの?」
棚上さんと新谷さんが気まずそうに顔を見合わせると口を開いた。
「……ごめんね。悠乃」
「私も……。ごめんなさい」
ふたりが頭を下げるのを見て、加河さんは慌てた。
「どうして二人が謝んの?芽衣なんか私の被害者じゃん……」
「悠乃が仲間外れにされたことがあって、傷ついてるの知らなくて……。なのに勝手にペアになったりして本当にごめんなさい」
棚上さんが頭を下げる。
「私も。全然、悠乃の過去とか知らなくて……。辛い気持ち分かってなかった……。ごめんなさい」
続けて新谷さんも頭を下げる。加河さんが戸惑いの表情を浮かべ、私の方を見て説明を求めていた。
「グループ全体の調子に合わせるんじゃなくて、ひとりの人として向き合うんだよ。辛かったこと、許せなかったことをそのまま伝える。もう一度最初から友達をやり直せばいい。それだけで生き霊は飛んでいかない」
まだ何も答えられずにいる加河さんに棚上さんが続ける。
「私、また悠乃の友達になれるかな……?」
加河さんは首を左右に振ると顔を俯かせた。振り絞るように声を出す。
「私こそほんとごめん……。また二人と一緒にいてもいい?」
棚上さんと新谷さんが優しく頷き合うと三人はそのまま教室に戻っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます