第17話 ナナシさんの怪(4)
「心霊現象のこと、ひとり多いことも芽衣から聞きました。なんだか怖いですよね~」
廊下に呼び寄せたのは新谷英麻だ。高い位置でポニーテールをし、ほんの少しぽっちゃりとした彼女は軽やかに相槌を打つ。だれとでも気兼ねなく話せるタイプの生徒のようだ。
「というか王子と話せるなんて。うちのクラスでもカッコイイって有名ですよ~」
新谷さんがニコニコと人の好い笑顔を浮かべながら落合の背を叩く。
「そうなの?照れるな~」
新谷さんの社交辞令にノリノリで答えて見せる落合。
「何か心当たりは?」
「う~ん。心霊現象より私はグループの関係がギスギスし始めた方が気がかりかな」
「ギスギスし始めたきっかけは?」
私の単刀直入な疑問に新谷さんは言い淀む。
「2人組になる課題があってその時に私と芽衣が組んじゃったんです。偶々席が近くて……。それから少し悠乃がきつくなっちゃって。謝ったんですけどなかなか許してもらえないんです。悠乃も許してくれればいいじゃん。芽衣だっておどおどしてないで悠乃に不満を言ったらいいのに」
新谷さんも腕組をしてふたりのことを批難する。
「グループ内でひとり多いなと感じることはある?」
「芽衣に言われて気が付きましたよ!それから意識するようになったら確かに。もうひとりいたような気がする時もあるようなって感じです」
棚上さんのグループの話を聞き終えて私と落合はC組から離れた。B組に戻ると落合が机の上に上体を寝そべらせる。
「あの三人、どうして険悪な仲なのに一緒にいるんだろう」
数々のグループを渡り歩き、人に執着しなさそうな落合には理解できないことだろう。
「ひとりになりたくないからでしょ。どんな関係であっても誰かが自分の側にいてくれたらいい。学校の人間関係なんかそんなもんだから」
相性が合わなくてもグループに入るのはひとりでいる惨めな自分を見せたくないから。学校に通う子供にとって友達がいない、ひとりぼっちというのは耐えがたい屈辱なのだ。ひとりが好きな私にとっては幸せなことだが多くの生徒にとっては違う。
「それって友達って言うのかな?」
落合の素直な疑問に私は肩をすくめた。
「さあ?どうだか」
「東雲女子校の怖い話?そんなの沢山あるわよ。先生が通ってた時からね~」
駒井先生がマイボトルに入った紅茶を飲みながら言う。放課後、私は東雲女子校の卒業生でもある駒井先生に東雲女子校の怖い話について聞き込みをする。
「何?藤堂さん怖い話も好きなの?」
「いえ、そういうわけでは……。ただ他のクラスの人から聞いたので。気になって」
「え?藤堂さん他のクラスの子とも仲良くなったの?」
駒井先生は目を丸くさせた。その後で生暖かい視線を向けてくるのでなんとなくいたたまれなくなる。正確には仲良くなったわけではない。ただ心霊現象について話を聞いただけだ。どうやらぼっちでいる私のことをかなり心配してくれているらしい。
「生徒がひとり多いなんて話、聞いたことありますか?」
「ああ、ナナシさんのことね」
「ナナシさん?」
私が首を傾げると駒井先生が楽しそうに話し始めた。なぜか人は心霊現象を語る時、活き活きとする。奇妙な体験というものは当事者に「私にだけしか起こらなかった出来事」として特別感を与えるのかもしれない。
「昔、体が弱くて学校に通うことのできなかった生徒がいたらしくてね。仲間外れにされたことを苦にしたまま病気で亡くなってしまったの。その無念が今も東雲女子校を彷徨ってる……っていう話なんだけど先生が生徒だった時から、それよりも前からずっとあるから誰かが作った話かもね」
「ありがちな話ですね……」
ナナシという名前も「名無し」からきているだろうし。実際にいた特定の生徒のことだとは考えにくい。本当にいたとしてもいつ、どの時期に通っていたのか探すのは困難を極めそうだ。
「他にもね。ナナシさんを呼ぶ方法っていうおまじないみたいなのがあって。面白いでしょう」
私は困った笑顔を浮かべる。
「そういうのもよくある話ですね……」
女子トイレに現れる「花子さん」の都市伝説と近い物を感じる。誰もいない女子トイレ。左から三番目の個室をノックして「花子さん花子さん」と呼び掛けると花子さんが現れる、みたいな。
「でしょう?だからあんまり噂話で大騒ぎしないで。適度に楽しんでね」
「……はい」
私は職員室から出て視線を落とす。
廊下を歩きながらひとり多い現象について考える。ひとり多くなるのは仲間にいれてもらいたいからと言うのは分かる。棚上さんが危険な目に遭う理由はなんだろうか。三人組でいるのが羨ましくて妬ましく思ったのか。幽霊が羨ましく思うほど仲が良いグループではないけれど……。
廊下を歩いていると、一階の階段付近に人だかりができているのに気が付いた。一体何が起きたというのだろうか。後ろのほうから覗き込むと生徒が倒れているのが見えて鳥肌が立った。
「階段から落ちたみたい!誰か先生を呼んできて」
階段の下でぐったりとしている生徒を見て私は息を呑んだ。倒れていたのは……棚上さんだった。その周りにはグループの三人が心配そうに棚上さんに寄り添っているのが見えた。
「三人?」
ひとり……多い。
心臓が高鳴った。グループとは関係ない生徒が混ざっていただけかもしれない。けれども私は「ひとり別のモノが混ざっている」と思ってしまった。
この違和感を解決するためにもう一度しっかりと見定めようとしたけど先生が駆けつけた上に人混みが動いて分からなくなってしまった。
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