第7話 ショート動画の怪(6)

 教室の白いスライドドアとは異なる、木目調のスライドドアをノックする。


「……失礼します。1年B組の藤堂です」

「どうぞ」


 ゆったりとした返答と共に私はドアを開けた。私の顔を見て理事長は微笑む。


「ああ貴方……。面接で小説が好きで読みながら展開が分かると話していた子でしょう」


 私は面接試験の記憶を思い出そうとして思い出せなかった。茶目っ気たっぷりに笑う姿は少女のように可愛らしく、私は緊張感を緩めた。


「よく覚えてますね」

「印象に残っている子はね、なんとなく覚えてるの」


 私のような影の薄い奴でも覚えているなんて。なるべく周りに印象を残さないように気を付けている私にとっては誤算だった。さすがは東雲女子高等学校の理事長だ。


「三矢祭について知りたいんですってね。藤堂さんは三矢祭を見たことがある?」

「いいえ。私は電車通学なのでこの辺りのことには詳しくなくて……」


 千代子理事長は無言でソファ席を手で指示したので私はそのまま来客用のソファに腰かけた。


「三矢祭はお盆の時期にこの辺り一帯で行われるお祭りでね。屋台がずらっと並んで、打ち上げ花火があがってそれはもう盛大なお祭りなの」

「楽しそうですね」


 人混みが嫌いな私は祭りなど楽しいと思ったことがなかったが、女子高生の模範解答として楽しそうだと言っておく。私の返答に違和感を抱くことなく千代子理事長は笑みを深くした。


「そう聞こえるでしょう?でもお祭りって実は怖いものなのよ」

「怖い……もの?」

「今は屋台でおいしい食べ物を食べて、花火を見るのがお祭りだけど……昔はもっと神聖なものだったの。神に祈りを捧げる儀式だった。人々は豊穣を望み、災いを退けるために神に祈りを捧げたの。神社の結婚式やお祓いなんかと同じ。祭りは日本人の自然信仰と神道が根底に生まれたものだと考えられているわ」


 現代よりも過去の方が「祭り」の宗教的な意味合いが強かったのだろう。時代を経て娯楽性が強くなっていったのはなんとなく想像できる。


「昔、この辺りの地域では山に潜むという邪神……オオムカデに少女を差し出していたの」


 穏やかな千代子理事長から残酷な真実が語られると、恐怖心が増すような気がした。心霊現象に慣れた私らしくもない。


「山って……この辺りに山なんて見当たりませんけど」

「だいぶ開発されたから面影ないわよね。この辺り一帯は山だったのよ。平らにされちゃったけど標高が少し高いの」


 千代子夫人はそう言って手元にあった古ぼけた本を開いてページを指差した。山と田畑が広がる日本の田園風景に驚く。今は住宅街が広がりこの写真の面影はない。


「村には度々オオムカデが現れて土地を荒し、人々を殺めていてね。土地が荒れて困窮した村人はオオムカデを鎮めるために村の娘を毎年、決まった日。生贄に出すことにしたの」


 千代子理事長のゆったりとした口調は昔話によく合った。私は千代子理事長の本の挿絵を眺めながら話を聞く。


「生贄に選ばれた娘は上等な着物を着せられて化粧を施され……それはもうお姫様のように美しく着飾ったわ。娘の後ろからオオムカデに捧げる食事が載った膳を持つ村の男たちが列を作って続いたそうよ。今でも『三矢神社』に遺されたお膳には生贄が行われた日付が刻まれていて、オオムカデを祭っている祠もあるの」


 千代子理事長が私を脅かすようにわざと低い声で語った。

 遠い昔の出来事で今ではもう行われていないというのに、当時生贄の儀式に使われたであろうものが今も遺されているのだと知ると……。急に生々しく、身近なことのように感じられて鳥肌が立つ。

 綺麗な衣装を着た少女はどんな気持ちだったのだろうか。村のために若い命を犠牲にする。今ではとても考えられないことだ。そういえば、佐野さんが神社で撮った自撮り写真を上げていなかったか。


「残酷な生贄の風習も江戸時代中頃に終わりを迎えたわ。村を通りがかった武士が生贄の話を聞いてオオムカデを退治したの。その武人は弓矢上手でね……。三発目の矢でオオムカデを退治したんですって」

「だから『三矢』神社なんですね」


 千代子理事長が穏やかな笑みを浮かべて頷いた。


「オオムカデの生贄に選ばれたのは少女ばかり。どうしてだと思う?藤堂さん」

「……分かりません」


 私の素直な答えに千代子理事長は穏やかな口調で解説してくれた。その内容に衝撃を受け、なんと言葉を返したらいいのか分からなくなった。同時に、今起こっている心霊現象の原因がうっすらと見えたような気がする。


「ごめんなさいね。あまり気分のいい話じゃなかったわね……。つい、自分が研究していたことだから。興味を持ってくれた生徒がいたのがうれしくて話しちゃった」

「大丈夫です。怖いことや悲しいことも次また同じ思いをしないようにするためにも知っておく必要がありますから」


 私の言葉に千代子理事長が嬉しそうに笑う。


「勉強熱心なのはいいことです。ああ、そうだわ。そこに飾ってある破魔矢も三矢神社から頂いたものなのよ。立派でしょう?」


 私は顔をあげ、千代子理事長が見上げた方角に視線を向ける。理事長室のトロフィーが飾られた戸棚の上。横にして飾られていたのは美しい一矢だった。


「破魔矢……ですか?あれ?矢じりが付いてるように見えるのですが……」

「特別仕様で本物の矢を模してるの。お値段も少しするんだけど……悪いものが逃げ出しそうな感じがするでしょう?」


 私はしばらく矢を眺めていた。どこかで見かけたような……。


「そうそう。矢と言えば『白羽の矢が立つ』という言葉があるけれど、あれは生贄に選ばれた家に白羽の矢を立てたからという説があるのよ。今でこそ「選ばれし者」なんて良い意味で使われているけど元は生贄に選ばれた「犠牲者」という意味で使われていたの」


 その瞬間、私は時が止まった気がした。佐野さんの動画にアップされていたコメント欄に●●のマークがなかったか。

 動画のコメント欄に視聴者は書き込みをすることができる。その中には言葉ではなく絵文字……イラスト機能で感情を表現することもできた。眺めている時は特に気にしていなかったが。もしそういう意味だとしたら……。

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