第5話 ショート動画の怪(4)
「それで、それで?これからどうする?」
「動画の分析と聞き込みかな。もしかすると佐野さんが何か行動したことでこの心霊現象が引き起こされている可能性があるから」
数々の心霊現象動画を見てきた経験から、心霊現象が引き起こされる理由はなんとなく見当がつく。
どこか神聖な場所で失礼な行いをしたとか、誰かから強く恨まれているとか。立ち入ってはいけない場所に立ち入るとか……。本人が何らかの禁忌を犯している可能性が高い。だから佐野さんが何かやってはいけないことをやってしまったのではないのかと私は考えた。
「分析かー……。う~ん。あっ!気になったことと言えばこの線かな?」
「線?」
落合が動画をスクショした画面を拡大した画像を見せる。
「これ、なんだろうね?」
私は腕組をしたまま落合のスマホを睨んだ。言われなければ気が付かなかった。上半身しか見えない少女の脇腹あたりから伸びる赤い線のようなもの。
「画質の問題じゃない?」
「そうかな?でもけっこうはっきり見えるし……」
落合は首を傾げながらスマホを引っ込める。昼休憩が終わるチャイムが鳴り響いた。
「今の貴方達を見ていると随分時代が変わったなと思います。昔の東雲女学校の校訓は『良妻賢母』でした。近代国家に相応しい良き母となることが望まれていましたからね。今は『百花繚乱』なんて洒落ていますけど」
温かな日差しが降り注ぎ、ステンドグラスに濃い色彩を与えていた。古い形のシャンデリアが光りを受けて鈍い色彩を放っている。
古い造りでありながらも品の良い美しさが漂う講堂で全校集会が行われた。生徒達はさも真剣に聞いていますという雰囲気を醸し出している。殆どの生徒が睡魔と戦いながら講堂の椅子にもたれていた。
良き妻、良き母になるために学校へ通うなんて……なんともゾッとする世界だ。私から最も遠い位置にある四字熟語である。学校に通った時点でもう未来を決められてしまうのか。しかも子供を産むことまで期待されているとは。なんとも時代錯誤な校訓だ。今なら「多様性の時代に相応しくない校訓だ」と言って批難されるだろう。
「今は女性にも色んな選択肢が与えられています。本当に良い時代になったものです。こうして自由にのびのびと学びの機会を得ることができるというのは普通のことではありません。あなたたちはとても恵まれています。そのことを決して忘れないよう、ご両親に感謝して日々勉強に励んでください」
締まりのない私達、生徒の背を叩くための話なのだろうが、私には大人の長い話が時々棘のある嫌味に聞こえることがある。千代子理事長と話したことがないから人となりはよく分からないが……。物事を悪い方に考えがちな私の勘違いかもしれない。「恵まれている」と言う言葉が鋭く尖っているように聞こえるのだ。
「良妻賢母」の時代に生きた人達が好き放題に生きる若者を見て憤る気持ちも分からなくもない。自分達が手に出来なかった自由を苦労することなく手にしている。そんな光景を目の当たりにして呆然としないわけがない。
もし私がおばあさんになって、目にする子供達が自分たちの手にすることのできなかった楽しいものを手にしていたら同じ気持ちになると思う。
人間なんてだいたいそんなものだ。子供だろうと大人だろうと男だろうと女だろうと関係ない。他人の輝かしい部分を見て「私は持ってないのに」と嘆いて妬む。妬みはいつの時代、どこでも人間の心をかき乱す物のひとつだ。
「この辺りの地域では若い娘を生贄に山の神様に差し出すという風習があったそうです。その名残が今も『
いつものように千代子理事長の話を聞き流そうとしていた私は顔をあげた。急に心霊現象に関わるようなワードを耳にしたからだ。
「生贄の伝承は日本国内でよく耳にしますでしょう?私は「
生贄。少女……。もしかするとあの動画の少女は……。
集会が終わるとあっという間に生徒達の話し声で講堂は騒がしくなった。
「文香。さっきの理事長の話……」
落合が私の隣に駆け寄って来て耳打ちする。全校生徒が集まる講堂でも落合は注目を集めていた。ついでに隣に居る私にも視線が飛んできて居心地が悪い。早く私の側から離れてくれと念じてしまう。
「もしかすると動画の心霊現象と関係あるかもしれない。学校が終わったら考えようと思って……」
「やっぱりね。それじゃあまた放課後に!」
片手を挙げて落合が立ち去っていく。
私は落合の背中を見送りながら首を捻った。また放課後にって……どういうこと?
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