第3話 ショート動画の怪(2)
「おはよう。どうしたの?みんな集まって」
「それがね……ひかりの撮った動画に幽霊が映ってたみたいで……」
佐野さんとよく一緒に動画を撮影している
さて……落合はどっち側の人間だろう。幽霊と聞いて喜ぶのかそれとも怖がるのか……。私は絵画のように綺麗な落合の横顔を眺めた。
「気にしない気にしない!たまたまそれっぽく見えるだけでしょ。幽霊だとしてもどうってことないって!生きてる人間がいちばん怖いんだから!」
そう言って落合は手をひらひらさせてお道化てみせた。意外なことに落合も心霊現象に対して騒ぐタイプではないらしい。
「さすが王子!」
「何でもできる王子に怖いものなんてないもんね!」
落合の反応にファン達は湧き上がっていた。
「でもまた映ったら怖いし……」
佐野さんが口元に手を添えて困った表情を浮かべる。
「じゃあ私がその幽霊の正体、突き止めてあげるよ!文香といっしょに!」
「……は?」
私は予想しなかった展開に思わず低い声を出してしまった。こうやって落合はすぐ自分のペースに持ち込んでしまう。そういう人のことを「リーダーシップがある」とか「ムードメーカー」と呼ぶのだろうけど、落合に関しては別次元だ。
落合美織という人間は人の面倒ごとに首を突っ込む。学級委員で生徒会に所属しているだけではない。部活動で人手が足りなければフットワーク軽く応援に入る。
ついこの間も応援で入ったバスケットボール部の試合で華々しい活躍をしたらしい。急に参加して体が動くものなのか。バスケ部の生徒達と馴染めるものなのか。運動能力のない私には全く理解できない。
普段の学校生活でも分け隔てなく色んな生徒に声を掛け、手助けする落合はルックスだけではなくその性格の良さからも高い人望を得ていた。しかも全ての面倒ごとを良い方向に解決してしまうのだからすごい。
私はこういう種類の人間が一番嫌いだ。
他人と縁を切って静かに生きたいという私の願いを無視して己の意のままに人を動かす。人を面倒ごとに巻き込む……。私にとって落合は関わりたくない人間、「トラブルメーカー」に他ならなかった。
「クラスで文香がいちばん冷静だし……。幽霊に動じなさそうじゃん!ほら、幽霊が出てきても祓えそうだし」
「何それ……」
落合のビジュアルがアイドルなら私は日本人形だ。
ストレートの黒髪を後ろにただ流すだけのヘアスタイル、不健康そうな白い肌。表情のない顔から祖父母に『呪われた日本人形みたいだ』と不気味がられたことがある。
どうやら私には幽霊っぽい雰囲気があるようだ。ただ陰鬱で人と関わらない雰囲気がそう見せているだけだと思うけれど……。落合の「祓えそう」という言葉に思わず顔を顰める。どちらかというと私は「祓われる」側じゃないのか。
「確かに。藤堂さんなら呪われなさそう」
「それね。王子もああ言ってるし」
皆私のことを何だと思っているのか……。こんなしょうもないことで注目を集めるなんて私の本意ではない。これから更に面倒なことにならないために落合の提案を断ろうとした時だった。
「美織に藤堂さん。……お願いしてもいい?」
佐野さんが両手を合わせてかわいらしい「お願い」のポーズを見せる。周りにいた生徒達も無言で期待した目をしていた。断ることを許さない空気が出来上がる。
私が答えるよりも先に、落合が私の肩を引き寄せた。急に肩に左肩にぬくもりを感じて口元まで出かかった言葉が喉に引っこんでいく。
「任せて!」
落合は私の意見を聞くことなく、ひとつ返事で佐野さんのお願いを快諾してしまった。
私と落合が肩を組んだからだろうか。周囲に黄色い歓声が上がる。私だけがこの雰囲気に乗れずにいた。
「本当だ……。いるね。上の窓ガラスに」
購買で購入したたまごのサンドイッチを頬張りつつ、スマホ画面を見ていた落合が呟いた。
「あのさ……どうして落合さんは私とお昼いっしょなの?」
いつ突っ込もうか迷っていた私はとうとう不安を口に出した。指摘された落合は目を丸くさせる。いや、驚くのはこっちの方なんだけど。という言葉を押さえ込むために私は甘い卵焼きを口に運ぶ。
教室で(自主的に)ぼっちご飯をする私とは違い落合にはいくらでも昼食を共にする友人がいた。今だって落合に声を掛けようと後ろに控えている生徒達がちらほら見える。さっきから周りの視線が痛くて辛い。心なしか私に対する視線が鋭い気が……。私だって好きで落合の隣にいるわけじゃない。
「え?
さらりと少女漫画のヒーローみたいなことを言うので私は更に眉間に皺を寄せた。落合はそんな私の表情を見て楽しそうに笑う。
「あははは!すんごい嫌そうな顔!嘘だって。心霊現象の調査をするため!」
落合は私に問題の動画を見せるべく、自分のスマホを手渡してきた。私は嫌々ながらスマホを受け取る。
問題の心霊動画は短いショート動画で音楽に合わせて踊るというものだった。私にはこれの何が楽しいのか分からない。全世界に素人のダンスを発信してどうするのか。私には理解できなかった文化だったが今はそのことについて議論をしている暇はない。
私は再生ボタンをタップした。
撮影場所はこの教室。ポップなかわいらしい曲に合わせて佐野さんをセンターに三人の女子生徒が踊りはじめる。
動画を再生しはじめて数十秒後。それはぬるりと現れた。
画面右上。教室のドアの上の窓ガラスから少女のような人影が現れたのだ。前髪が長くて顔はよく見えないが、確実に視線はカメラ……此方を向いている。それなのに顔の造形が良く分からないのが不思議だ。
私は少女の顔を凝視する。見えないはずなのに、前髪の奥から眼球のないくぼんだ目が見えるような気がした。
ダンスの動きが速いので少女のスローモーションな動きがより不気味だ。まるで少女の周りだけ時の流れが異なっているような。奇妙な感覚を覚える。
「……やらせ動画ではなさそう」
「えっ?どうして分かるの?」
私の独り言に落合が首を傾げた。長い前髪が片目を隠して動画の幽霊みたいになるのに全然怖くない。眩い光景に目を逸らすように。私は動画から目を離さずに説明を続けた。
「動画を加工すると必ず画面に不自然な部分が出るから……。これだけ動くスピードを変えているのに映像に違和感はない」
落合が「へえ~」と相槌を打つ。
「でも不自然なところはある。この高さに人を立たせるのは物理的に難しい。机を二つぐらい重ねないとこの高さにならないだろうけど、この映像から机は見えないし代わりに何かを土台にしている様子もない」
私は落合のスマホから教室の後ろに視線を移す。落合も私につられて同じ場所を見上げた。
「それにこの不自然な角度。この角度を保ったままよろめかずにこの高さで立つのは無理」
私の考察に落合は残りのサンドイッチの
「すごい!やっぱり文香を選んで良かった~!絶対頼りになると思ったんだよねー」
私は顔に表情を浮かべることなく、ご飯を口に運んだ。落合は調子の良いことを言って人をのせるのが上手いのだ。誰にでも「相手が聞いて気持ち良くなること」を言っているに過ぎない。よって今口にしたことも本心ではないと受け取り、私は軽く受け流す。
「ということは……。幽霊は本物なんだ?」
落合の問いに私はゆっくりと頷いた。
「九十パーセントの確率で本物だと思う」
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