第2話 ショート動画の怪(1)
悲鳴が聞こえ、私は慌ててスマホから顔を上げる。何日も続く雨の陰鬱さと朝の眠気を吹き飛ばすような悲鳴だった。
朝のミーティングが始まる少し前。東雲女子高等学校の教室でこういった悲鳴が聞こえるのは珍しいことではない。スマホでアイドルグループの動画を見ていた子達が「ぎゃあああ!」「かっこよすぎ!」と声を上げる。
あるいは流行のアニメのキャラクター、物語の展開を語り合い、「分かる―!」「それなー!」と叫んでいることもある。というか廊下で別クラスの友人と会っただけで歓声を上げるぐらいだから逆に静かな時の方が少ない。
静かな場所が好きな私は叫び声が苦手だし、叫んだりしたことはない。入学して三か月も経てば慣れてくるものだが、今回の悲鳴はほんの少し違う気がした。
ふざけてなどいない、本当に恐怖を感じた時に出る悲鳴。聞いた者の不安をあおるものだった。
「どうしたの?ひかり」
悲鳴を上げたのは
動画を投稿するからだろうか。化粧も髪型も派手で目立つ。東雲女子高等学校において、化粧は黙認されている。さすがに入学式や卒業式といった公の式の日は指導が入った。
「多様性」や「生徒を極端に縛り付ける校則」が問題になる時代だからか。最近学校の校則自体が緩くなりつつある。化粧も動画投稿も興味のない私にとってはどうでもいいことだ。
佐野さんの顔から血の気が引き、赤色のリップが際立って見えた。
「さっき撮影した動画の後ろに……なんか映ってる」
「嘘っ?心霊動画?やだー」
「えー?見せて、見せて!」
騒がしさが増し、私は眉間に皺を寄せる。
中学校の時もそうだったけど女子は怖い話が好きだ。男子生徒からこの手の話を聞いたことがない。
誰が始めるのか。学校という場所では突然怖い話ブームが訪れる時が何度かある。いつの間にか「教室に霊が出る」とか「トイレに知らない誰かがいた」というような噂が出回っては消えた
学校で怖い話が流行るのは退屈な毎日の繰り返しに刺激が欲しいからだと私は考えている。毎日同じ顔触れ、規則正しく行われる授業。何でもいいから刺激が欲しくなるというのが人間の性。退屈から怖い話がでっちあげられるというのが学校で怖い話が多い真実なのではないだろうか。
こんなに現実主義的な思考をしている私も人並みに心霊現象に興味がある。騒ぐほどじゃないけど……。
怖い話が好き、というよりどうして心霊現象が起こるのか。噂の出所は何なのかという原因を論理的に突き止めるのが好きなのだ。怖い話を聞いて怖がりたいのではなく、「謎解き」の方が好きなのかもしれない。
目立った外見でもなく、飛びぬけて成績が良いわけでもなく運動ができるわけでもない。そんな私が唯一注目を浴びたのが心霊現象の考察をすることだった。
動画投稿サイトに書きこんだコメントが鋭いと話題になったことをきっかけに『心霊現象考察サイト』を立ち上げた。更に個別に考察依頼を受けるまでになり、お陰で毎日退屈せずに済んでいる。ただ最近学校生活が忙しくて返信が滞っているのが残念なところだ。
ネット上の心霊考察界隈において私はほんの少し有名人なのだ。ただしこのサイトの存在は身の回りの人達……母親やクラスメイトには誰にも話していない。
人前で目立ったことをしない。荒波立てず、静かな学校生活を送ることが私の人生の目標だからだ。
佐野さんの心霊動画も今後の考察の役に立つかもしれない。静かに聞き耳を立てていると……。
「おっはよー!
甲高い声が多い女子校では珍しい、ハスキーボイスが教室に響き渡った。私は声の主にじっとりとした視線を向ける。そんな大きな声で私の下の名前を馴れ馴れしく呼ばないでほしい。
勢いよく学校指定の肩掛け鞄を机に置くと、鞄に付けられていた赤いお守りが揺れた。
「……おはよう。
「
明るい口調で落合美織はお道化てみせた。私は黙って「そんな風に呼ぶわけないだろう」と非難するような視線を送る……が落合の爽やかな笑顔に打ち消されてしまう。
私が彼女を心の中で「落合」と呼ぶのは「美織」と呼びたくないからだ。だからと言ってこの気安い雰囲気からさん付けするのは何か違う。本人に向かって「落合」と呼ぶ勇気がないので、結局本人の前ではさん付けで呼び、心の中では呼び捨てにしている。
落合は教室の空気を一瞬で換える。安い空気清浄機よりも空気を換えるのが上手いかもしれない。さっきまで恐怖と興奮に湧き上がっていた生徒達が一斉に美織の方に視線を向ける。
「おはよー!王子!」
「今日も推しがかっこよすぎる!」
落合は「女子校の王子」と呼ばれる存在の生徒だった。私も「落合」という存在を知るまで女子校の王子なんてフィクションだろうと思っていた。まさか本当に存在しているなんて。
慎重派170センチ以上。すらりとした細身の体型。足が長いのでグレーのチェック柄をしたスラックスが良く似合う。
近年東雲女子校では「多様性」という流行りに乗っかってスラックスの着用が許可されていた。髪型はセンター分けのショートカットだったので遠目から見たら男子高校生にしか見えない。
名前は「美織」と女の子らしかったのでクラスメイトからは「王子」と呼ばれている。
すっとした鼻筋に二重で大きな目。薄い唇はアイドルグル―プに所属していそうな造形をしていた。しかもこの恵まれたルックスで勉強も運動もできるというから神様はだいぶ不公平だ。
私の身長体重は平均だし、制服も生徒の半数が身に着けているプリーツスカート。化粧もしてないし、髪もただロングヘアを後ろにながしているだけである。顔もさした特徴のないそこらへんに良くいるデフォルトの女子高校生だ。クラスメイトからは「藤堂さん」とよそよそしい感じで呼ばれている。
そんなフィクションの世界にしか存在しなさそうな「女子校の王子」が隣の席だなんて私も運がない。
私は誰とも深く関わることなく、静かな学校生活を送りたかったのに。入学早々、私の人生計画は落合が隣の席になったことで音を立てて崩れ去ってしまったのだ。
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