汚れなら 洗ってしまえ 洗濯機

蠱毒 暦

『竜災』…彼女はそれを『洗濯』と呼ぶ

私。水祭すいさい 辰巳たつみは当世における洗濯機なのです。


生きていく上で、汚れとは切っても切れないもの。それを洗浄、除菌、浄化させる事こそ、至上の喜び。


おや。あそこに頑固な汚れが。よーし今日も、愛すべき——なる皆様の為。お仕事…頑張りましょ〜♪


……


社会人1年目の俺は、やってもやっても終わりが見えない仕事をこなし…内心。うんざりしていた。


昔にちょっといい働きをした奴らが牛耳る社会。昔は今よりも厳しかったと、耳元で永遠と過去の既に終わった事を、壊れたラジオみたく、ほざき続ける時代錯誤も甚だしい上司共。


俺は何の為に生まれてきたんだ?お前らの老後を養う為か?この社会における換えが効く歯車として、壊れるまで働く為か?いいや違う…違うだろ。


こうして大人になるまで…俺は憧れていた。自由になって、色んな事が出来るって…今では、その頃に戻りたいと思う日々だ。


「吉田君。終わったなら次はこれをやりなさい。仕事に終わりはないんだよ。」


「はい。分かりました!」


ガワはいくらでも繕えても、内面では歯を食い縛りながら上司に従う。もう…2徹目なんだぞ。


だが上の匙加減でクビにされ、仕事がなくなり…お金が稼げなくなるのは困る。世の中…金。金…金。金さえ、俺にもっと金さえあれば……


(そんな理想は叶わない…よな。)


俺はいつものように、スマホの待ち受け…仕事の都合上、今は遠くの町で暮らす妻と中学生になる娘の写真を眺め、無いに等しい気力を奮い立たせて、仕事に戻ろうとすると…窓越しで、大きな緑色の瞳と目があった。


……


私は洗濯機。でも…普通の洗濯機のように衣類を洗う訳ではありません。


汚職、隠蔽、いじめ、ハラスメント…組織の腐敗…愛すべき下等なる人間達を町ごと浄化するのが、私のお仕事なのです。


普段は人型ですが、変身した方が洗浄しやすくて、お仕事の効率が上がります。


…さあ。洗濯の時間です♪


「…っ!?」


大きな青色の竜が見えた瞬間…窓ガラスが割れて、大量の水が濁流の如く押し寄せて来た。ここは15階…浸水なんてする筈ないのにだ。


2徹分の仕事のデータも。プレゼンの資料も…一切合切、洗い流されていく…上司共や俺。他の同僚も含めて。


あまりにも唐突な事だった事もあり、全員が叫ぶ暇も余裕もなく…グルグルと水中で体が回転し続けてビル中を巡り、俺の意識はその途中で途切れた。


……



頬を軽く叩かれた感触で、俺は目を開ける。


「…こ、ここは。」


体中がびしょびしょで、気持ち悪い気分になりながらも体を起こし…俺の頬を叩いたであろう長い青髪を後ろで、三つ編みにしている緑色の瞳の20歳くらいの女性を見つめた。


「?あなたが暮らしていた町ですよ。頑固な汚れが消えて、スッキリしましたね♪」


「……は。」


所々に人が倒れていて水溜まりが残り、ビルやマンションの残骸だけがある大地。これが…


(俺が住んでた…町?)


「洗浄して生き残った生存者は貴方のみ。それ以外の方なら、全員溺死しましたよ。結界を張って範囲は制限しましたので、他の町には被害は出てませんので、ご安心下さい。」


「…は、ちょっ…」


立ち去ろうとする女性に、俺は声をかけていた。


「お、お前は…竜…なのか?」


「あー、やっぱり貴方が私の事を見てましたか。昔はそう呼ばれていた頃もありますけど、今風に言うなら、洗濯機です。」


「洗濯…」


「私が欲望に塗れ、道を踏み外した愛すべき下等な人間達を町ごと、水で全て洗い流して浄化させるのと、洗濯機で汚れてしまった衣類を綺麗にする行為は…そのスケールはどうあれ、同じ事なのですよ。では!」


そう言うと、女性は背中に翼を生やして…何処かへと飛び去った。


……


その後。俺は徒歩で俺の町を歩いて、妻と娘がいる町に向かった。2人はとても驚いていたけど…暖かく家に招き入れてくれた。


再就職まで3ヶ月かかったが、前の職場よりも、上司の人達は優しく…まともな人達ばかりで構成されている事に感動した俺は、出社初日の自己紹介で涙を流し、困惑させてしまった。


それから3年が経過し…娘が高校生に上がり、ますます…金が必要になってきた頃。


「清潔感漂う、いい空間ですね。初めまして。私は水祭すいさい 辰巳たつみです。今日から、よろしくお願いします。」


「水祭さんね…じゃあ吉田くんの下についてくれ。ん?どうしたその顔は?」


「いや、別に…」


「正直…君は仕事に誠実でかつ優秀だ。君を雇用出来た事が、我が社の誇りと言ってもいいくらいに。だから、そろそろ次の段階に進んでもいい頃だと判断した。まあ困った事とかあれば、どしどし言ってくれていいよ!」


「は、はい!が、頑張ります。」


「肩の力抜けよ。吉田なら出来るっ!」


社会人4年目にして、この俺に後輩…いや。


「よろしくお願いします。吉田先輩!」


「あ…うん。よろしくね。あの…俺の直感なんだけど、君の趣味は…洗濯だったりする?」


「もし私が肯定したら…貴方はどうします?」


——史上最強の洗濯機がやって来た。

                  了
























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