愛に生きてdollに死ね

六月ミウ

第1話

恋をした。人生で初めて。

長い黒髪に大きな瞳、薄い唇、華奢な体躯。今まで目にした森羅万象の中で一番美しいと思った。

あたしはその少女を知っていた。毎年2月になると流れるニュース、街に貼りだされたポスター、そして動画サイトやSNSで出回る「生前」の彼女。3年前に行方不明になった美少女アイドルは、3年前と変わらない風貌であたしの前に現れた。

「瀬川莉愛って、死んでるんだ。」

そう呟いたあたしに、世界で一番美しい幽霊は微笑んでみせた。



いっけなーい、遅刻……なんてことはなく、高校生活一日目のあたしは定刻で走るスクールバスに揺られています。

あたしはつい最近まで近所の中学校に通うただの美少女だったのだが、この度晴れて、アイドルの名門である私立スピネル女子芸術学園、通称スピ女の芸能コースに合格した。中等部から大学まで存在するそのマンモス女子校に、あたしは高等部から通うことになったのだ。

スピ女の制服は鮮やかなピンク色のブレザーに翡翠色のスカートが特徴だ。袖を通すことに躊躇するほど凝ったデザインの制服でいっぱいのスクールバスは、スマホから目を離すと華やかさで酔ってしまいそうだ。

「めるちゃん、」

あたしはSNSに載せる自撮りを加工している。

「ねえ、めるちゃん……めるちゃん?」

誰かがあたしを呼んでいる。と思うと肩の下をつんつんと突かれた。

「あら、呼んだ?」

「呼んだよう!」

あたしの名前を呼んだのは、中学の同級生であるさくちゃんだ。

「私、めるちゃんとクラス離れるの初めてだから緊張止まらなくて~!」

「幼稚園も小学校も違ったでしょ、初めてじゃないよ。」

「そうじゃなくて!友達、出来るかな……。」

さくちゃんことさくらは、今日からスピ女の美術学科に通う。

芸能科の校舎は美術学科と音楽学科の生徒の立ち入りが規制されているため、休み時間に気軽に会うことも出来なくなるだろう。

「友達なんていてもいなくても変わんないよ、大丈夫だって。」

「慰めになってません!めるちゃんはもっと他人に興味を持った方がいいよ!」

他人への興味ねえ……。ない訳じゃないんだけど、興味を向けたいと思うような面白い人間にあまり出会えないのだ。ちなみに、さくちゃんは面白い。どこがと聞かれると困るけど。

バスはスピ女の敷地内へと入っていく。


退屈なホームルームと入学式を終え、あたしは第2レッスン室を探していた。

スピ女の芸能コースには、「スピナ・スピカ」という生徒で結成されたアイドルグループがある。その新メンバーオーディションの申し込み書類が置いてあるのが第2レッスン室だった。

少し迷いながら目的地に辿り着き、そこにいたスピスピのプロデューサーである佐々木先生に挨拶して、申し込み書類を手にレッスン室を後にする。

ドアを閉めて高等部1年の教室の方に歩いて行く……つもりだった。しかしあたしは反対方向へ行ってしまったようだ。見たことのない景色に戸惑っているさなか、視界の端に黒く長い髪が過ぎていった。誰かいるなら案内してもらおう。そう思って追いかけた先にいた少女に声をかける。

「あの、すみません。」

少女は振り向いた。

そして、あたしは恋をした。人生で初めて。

長い黒髪に大きな瞳、薄い唇、華奢な体躯。今まで目にした全ての中で一番美しいと思った。

あたしはその少女を知っていた。毎年2月になると流れるニュース、街に貼りだされたポスター、そして動画サイトやSNSで出回る「生前」の彼女。3年前に行方不明となった美少女アイドルは、3年前と変わらない風貌であたしの前に現れた。

「瀬川莉愛って、死んでるんだ。」

そう呟いたあたしに、世界で一番美しい幽霊は微笑んでみせた。


莉愛に案内されて教室に戻ったあたしは、沸騰した脳で莉愛に話しかけた。

「あのー、スピスピのオーディションってどうやったら受かるんですか?」

「……とにかく頑張れ!」

美貌の幽霊はアドバイスが少し雑だった。

ちなみに、莉愛はスピスピのメンバーである。

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