スピカとデネボラ

和邇メイカ

スピカとデネボラ

 二十一歳の春、夏の大三角と冬の大三角はわかる、と言う大学の同期に、気まぐれに春の大三角を教えてみた。

 スピカ、デネボラ、アルクトゥルス。地味だけど、冬の残り風を受け、春の芽吹きを待ちながら夜空を見上げるにはぴったりの一等星、二等星たちだ。

 彼は星の名前を一回ずつ繰り返すと、こちらを見て無愛想に頷いた。

 それまでも、それからも、ずっと一緒に居たけれど、それ以降星の話はしなかった。


 卒業後、そんなに久しぶりでもないような調子で会う約束を取り付ける。

 くだらない話をしながら向かった先は、学生のころ行った科学館の最上階にある小さなプラネタリウムだ。客入りはまばら。

 まだ薄明るい部屋で椅子のリクライニングを倒し、上映開始を待ちながらふと聞いてみた。


「春の大三角、覚えてる?」

 そこで自分が、三つの星のうち二つしか覚えていないことに気づく。


 スピカ。スピッツの曲にあるから覚えてる。


 デネボラ。夏の大三角に似た名前の星があるから覚えてる。


 あと一つは……。


「アルクトゥルス」

 そうだ、アルクトゥルス。えっ?


 右側に座る彼を見ると、眠そうな顔でなにも映されていないスクリーンを見上げている。

「アルクトゥルス。君が、一番難しくて覚えにくいって言ったから」


「あと二つは?」


「忘れた。どうせ君が覚えてるでしょ」

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スピカとデネボラ 和邇メイカ @buri-saba

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