8話 ぱりぱり!スプラウト春巻き③

「じゃあ、まずはスープから作ろうか」


 私は手早く食材を並べ、慣れた手つきで持ってきた籠からナイフを取り出した。

 ヘイズさんが椅子に腰掛けたまま、興味深そうにこちらを見ている。

 テスラさんも台に肘をつきながら、じっと様子を窺っていた。


「スープって、何を入れるんだ?」

「今日もキャベツをベースにするよ。スプラウトは仕上げに入れるから、まずは基本のスープを作るね」

「おお!前に作ってくれたあれか!もう一度食べたいと思ってたんじゃ」

「へへ、そう思ってもらってよかった!」


 キャベツをざくざくと大きめに切る。

 玉ねぎも薄くスライスし、人参は少し小さめの短冊切りに。

 スープに入れたときに口当たりがよくなるようにと説明すると、ヘイズさんが感心したようにになるほどのぉと頷いた。


「それで、肉は?」


 テスラさんが興味津々で覗き込んでくる。


「今日はオンドクルの薄切りを少しだけ入れる。スープの旨味を引き出すのにね」


 鍋にオイルをひいて、薄くスライスしたオンドクルを炒める。

 じゅわっと香ばしい匂いが立ち上り、すぐに玉ねぎを投入。

 木べらで炒めながら、キャベツと人参も加えていく。


「うーん!いい香りだな……!」

「まだまだこれからだよ」


 野菜がしんなりしてきたところで、水をたっぷりと加える。

 じゅわわわ、と水が一気に蒸発し水蒸気がもうもうと立ち込めた。

 オンドクルの出汁と野菜の甘みが溶け出し、じっくり煮込めば優しい味わいになるはずだ。


「ヘイズさん、塩と胡椒を少し取ってもらえますか?」

「おお、これかの?はあ、ソントウルの名産まで使うんじゃの」

「ありがとうございます!そうなんですよ、少し入れるだけでピリッと味が締まるんです」


 火を少し弱め、煮込んでいる間に春巻きの準備に取りかかる。


「春巻きって何を包むんだ?」

「今日はスプラウトと、少しのチーズ、それにじゃがいもを入れるよ」

「じゃがいも? それはまた意外な組み合わせだな」

「うん。ほくほくのじゃがいもとチーズのコクに、スプラウトのシャキシャキ感が合わさると、すっごく美味しいんだよ」


 まずはじゃがいもを茹でる。

 竹串がすっと通るくらいまで柔らかくなったら、熱いうちにもりもりと潰していく。

 そこにチーズを加えて、さらに混ぜ合わせた。


「おぉ、なめらかになってきたな!」

「うん。でも、ここにスプラウトを加えるのは最後。食感が残るようにね」


 冷めないうちに、昨日仕込んでおいた なんちゃって春巻きの皮を広げる。

 薄い生地は、ほんのりと焼き色がついていて、触ると少し弾力がある。


「うん、昨日より馴染んでるね。これなら、ちゃんと巻けそう!」


 私は軽く指で弾きながら、満足げに頷いた。

 春巻きの皮っぽいものは、案外簡単に作れた。

 オーツ麦を粉にして、水と塩を加えてこね、薄く伸ばして鉄板でじっくり焼く。

 これだけで、クレープのような薄焼きパンもとい、なんちゃって春巻きの皮が完成した。

 最初はすぐに破れてしまったけど、生地の水分量を少し増やして、鉄板の温度を低めにしたら、なめらかでしなやかな仕上がりになった。

 おかげで、巻いたときに破れにくくなり、具材をしっかり包み込める。


「さて、巻いていこう!」


 私は焼き上げた生地を一枚手に取り、中央にじゃがいものペーストをのせた。

 ペーストはしっとりとなめらかで、ほんのりバターのようなコクがある。

 その上に しゃきしゃきのスプラウトをふんわりと乗せ、くるりと巻いた。


「……これ、巻き加減が案外むずかしいんじゃな」


 ちらちらと様子を見ていたヘイズさんが、ずいと興味深そうに覗き込んでくる。


「はい、具材を入れすぎると破れちゃうし、少なすぎても物足りないし……このバランスが大事なんですよね」


 生地の端を水で湿らせ、しっかりと閉じる。

 手のひらでころんと転がして形を整え、さらにもう一本。


「ほうほう……見てると簡単そうじゃが、実際にやるとなると難しそうじゃな」

「試してみます?」

「いや、わしは食べる専門でええ」

「ふふ、それはもう、おいしく作らないとですね!」

「これ、俺にも巻けるか?」

「もちろん!やってみる?」

「お、やるやる!」


 テスラさんが興味津々で春巻きの皮を手に取り、不器用ながらも巻いていく。

 少し形がいびつなのもご愛嬌だ。


「なかなか上手じゃない!」

「ほんとか? お世辞じゃないか?」

「はは、ちとテスラのは形が曲がっとるな!」

「ふふ、まぁまぁ。でも、これで立派な春巻きだよ!」


 包み終えた春巻きを、こんがりと揚げる準備をする。

 鍋に油を張り、じっくりと熱していく。


「油は一気に温度を上げるよりも、じっくり中火で温めたほうがいいんだよ」

「へぇ、なんでだ?」

「急に高温にすると、外だけ焦げちゃって中がうまく火が通らないからね」


 ほどよく温まったところで、春巻きをそっと入れる。

 じゅわっという音とともに、春巻きの表面が黄金色に色づいていく。


「おお~! いい色になってきたな!」

「うん、もう少しで完成!」


 菜箸で転がしながら、まんべんなく揚げる。

 しばらくすると、春巻きがパリッと仕上がった。


「うおぉ、うまそう……!」


 取り出して油を切り、皿に盛り付ける。

 と同時に、先ほどのスープもとりわけ、2人の前にそっと置いた。


「お待たせしました、スプラウトの春巻きと、スプラウトのキャベツスープです!」

「ほぉ、どれどれ……」


 ヘイズさんがスープを一口飲む。

 すると、目を細めてゆっくりと頷いた。


「……こりゃあ、うまいのぉ……」

「ほんと!? よかった!」


 テスラさんも、揚げたての春巻きを手に取る。

 サクリ、と期待通りの音が響く。


「うわ、めちゃくちゃパリパリじゃん! しかも……おおっ、中のじゃがいもがほくほくで、チーズがとろっとして、スプラウトのシャキシャキ感が最高だ……!!」

「でしょ! こういう組み合わせ、なかなかないでしょ?まさか肉が入ってないだなんて思わないじゃない?」

「やばい、もう一本食べていい?」

「もちろん!」


 そんな風に盛り上がっていたところに、ふと誰かがキッチンの方を覗き込んでいる気配を感じた。

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