9話 ほかほか!ふわとろオムレツ①
「まず、王都で起こったことを説明する。前聖女様が崩御され、次聖女様を召喚しようとしたところ、召喚に失敗した」
「なんですって!?でも、問題なく『核』は動作しているわよ?」
「それはな、うちの村だけだったらしい」
「……どういうこと?ここは王都からも離れているのに?」
あまり話にはついていけないが、リッタ夫人がガタンと勢いよく立ち上がったところを見ると、只事ではないようだ。
ここでの知識は少し料理をしながら教えてもらっただけしかないが、それでも、聖女はライフラインの役割も担っていたようだし、地球で言うと、電気とか、水道とか、ガスが止まるようなものだろう。
天災でない限り、地球ではそんなことは起こり得ないが、こういう話を聞くと、人1人によって生活が支えられているのだな、と思う。
それより、ここは村だったんだな、と今更ながら思った。
オンドクルのお裾分けの時に、たくさんの人が来ていたから、てっきり町だと勘違いしていた。
「聖女様の召喚に失敗した時、次聖女様の召喚には1日かかる。そのために、国一帯の魔力が一時的にダウンしたようだ。王都も、大変なことになっていたし、帰ってくる道中の町や村も、後始末で大変そうだった」
「だから、どうしてうちの村だけ」
「それについては、後で俺の中の仮説を話す。とりあえず、次の日には次聖女様の召喚に成功して、魔力も復活したということだ」
「そうだったのね……大変だったわね、お疲れ様」
「いや、本当に大変だったのは神殿のやつらだろう。召喚した時、一冊の本しか魔法陣に現れなかったんだからな」
「本?何かの魔導書かしら?」
「いや、それが、見た事もない言語で書かれているらしい。しかも、その中には絵が描かれていて、とても美味しそうな料理があったそうだ。しかも、それはこのリブヘンブルグでは見たことがないようなもの、らしい」
「ということは、誤って聖女様でなく、その本を召喚してしまったのかしら?」
なんだか、嫌な予感がする。
ヘールさんが本の話をし始めた時から、チラチラとこちらを見てくるのも気になる。
私が、この世界に来る前は本屋に寄っていたのだ。
お気に入りの料理家さんたちのレシピ本をたくさん買って、本屋を出た時、本来はそこにいるべきでないトラックが目の前にいて。
そこで私の記憶は途切れて、次はこのセントラル家のベッドの上だったのだが。
まあ、まさかそんなことはないだろう……
「それも考えられるが、王都では、聖女様の所持品だけが召喚されてしまったのでは、という噂で持ちきりになっている」
「じゃあ、本来召喚されるはずだった聖女様はどこに行ったの?」
「さあな。異世界に取り残されたままかもしれんし、こっちに来ている可能性だってある。そこで、だ。俺がたてた仮説はこうだ。チヒロさんが、本来召喚されるはずだったセイジョサマなんじゃねえかって」
「なっ……!?チヒロさんはワッチカの子じゃなくて……!?」
薄々、こうやって矛先が向けられるだろうと思っていた。
ヘールさんが、村長さんとの話し合いから帰ってきてから、なんだか値踏みするような目つきで見てきたからだ。
例え、私がその聖女だったとして、本来の役目を果たすために、王都に行かなければならないのか。
聖女として、その『核』とやらを生み出し続けるために、塔の上に幽閉されないといけないのか。
そんなのは、まっぴらごめんだ。私は、自分で決めた道を歩きたい。
「なあ、チヒロさん、実際のところどうなんだ?聖女様がご不在の時でも、この村は魔力で満ちていたってんだ。それに、チヒロさんが作ってくれたサラダにプリン。これは、俺らが知らなかった料理だ。召喚された本っていうのは、チヒロさんさんのものなんじゃねえか?」
「……そんなことを言われても、よくわかりません。ただ、1つ伺いたいことがあります。もし、私が仮に聖女だったとして、セントラル家として、どう対応しますか?」
「そうだな……もう、次聖女様は召喚されて、平穏に魔力も満ちた状態だから、王都に突き出すだなんてことはしないな。それに、新たに召喚された聖女様はまだリベラルよりも幼い子だというし、寿命的にもチヒロさんの方が短いと思うしな」
「それを聞いて、安心しました。そうですね、私も勝手に自分で打ち立てただけの仮説ですが、ここは私にとって異世界だと思っています」
「やっぱり……か。最期の記憶は残っているか?聖女様は、よくそれで苦しむことがあると聞いている」
「そうですね……多分、私は元の世界で死にました。いいえ、死んでいないとおかしい状況だったと思います。なんだか、客観視できすぎていて自分でも怖いですが、その記憶がヘールさんの言う最期の記憶なのだと思います」
私が聖女だったとしても、突き出すことはしない、そう約束してくれたヘールさんの目には決意の光が見られた。
やっぱり、私を匿うことはリスクがあることなのだろう。
セントラル家にこれ以上迷惑をかけないよう、はやくこの世界のことを頭に入れて、独り立ちせねば。
ヘールさんが決意してくれたのと同じように、私も決意を固める。
「そんな……元はといえ、聖女様をうちに匿っていただなんて。たくさん失礼をしてしまい、申し訳ございません、チヒロ様」
「リッタさん!!!やめてください、頭をあげてください。私も、まだ自分が聖女として召喚されただなんて、信じきれていません。今までのように接してください……!」
「……わかったわ。ごめんなさいね、ワッチカの子だなんて勘違いしてしまって」
「その、気になっていたのですが、ワッチカとはこの世界にある国なんですか?」
「あっ、そうよね、この世界のことは何も知らないものね。私たちがいる大陸の東の先にある、変わった国で有名なところよ。そこは、魔力がないの。その代わり、とっても料理が美味しいと聞くわ。だから、ワッチカの子かしら?と思っていたのよ」
「そうだったんですね。また、この世界のこと、たくさん教えてください。この世界で生きていくために、勉強頑張ります」
「ええ!ぜひ!私でよければ、いくらだって!でも、本当にチヒロさんは帰るところがないということなのね。歳は親子というには近いかもしれないけれど、家族と思って私たちを頼ってちょうだい」
「そんな!いいんですか!」
「もちろんだ!ちょうど、リベラルに兄妹が欲しいと思っていたんだ。ぜひ、俺たちを家族と思ってほしい」
「え!チヒロ、お姉ちゃんになってくれるの!この家にずっと住んでくれるの!」
「わ、私でよければぜひ!改めて、よろしくお願いします!」
もう何度目かわからない、セントラル一家の優しさに触れた時の気持ち。
ふわふわとして、じんわりと心が暖かくなる。
私の料理でも、こうなってくれたらいいな、そう思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます