3話 異世界にやってきた!?③
「チヒロさんは、なるべく座って休んでいたほうがいいわね」
そう言って、リッタ夫人は優しく毛布を肩にかけてくれる。
でも、私はもうすっかり元気だし、じっとしてるほうが落ち着かない。
「……あ、私の実家は料理屋だったんです! 私も料理が好きなので、良ければお手伝いさせてください!」
「まあ! それは助かるわ! でも……」
リッタ夫人が、少し申し訳なさそうに眉を寄せた。
「たぶん、あなたの知っている料理とは少し違うと思うのよね」
「え? どういうことですか?」
「ここでは、野菜がほとんど手に入らないの」
「野菜が……手に入らない?」
思わず聞き返してしまう。
そんなこと、あるの?
「そうね……説明すると長くなっちゃうけど、まずね、この国の土地自体が農業に向いていないのよ」
リッタ夫人はそう言うと、壁にかかった地図を指差した。
そこには、リブヘンブルグ王国と書かれた文字。
「この国はね、卵みたいな形をした盆地なの。北と西には険しい山があるでしょう?」
「あ、本当だ……」
「ここに溜まった水が一気に流れ落ちるから、昔から土砂崩れが多くてね。農地を作ろうとしても、すぐに流されちゃうのよ」
「そんな……」
「だから、仕方なく東側で細々と栽培を続けていたんだけど、東は鉱石が採れる地域でもあるから、農業より採掘のほうが優先されるようになっていったの」
そうか……。
つまり、育てられないのではなく、育てる余裕がなかったってことなのか。
「でも、昔は頑張ってたのよ。堤防を作ったり、水を引いたり……だけど、今は魔法があるでしょう?」
「……魔法?」
「ええ。魔法で光も水も作れるから、わざわざ苦労して農業をする必要がなくなったの」
リッタ夫人はそう言うと、少し寂しそうに笑った。
「この国の食事はね、基本的に肉がメインよ。野菜は市場に並ぶこともほとんどなくて……あるとしても高級品ね」
「そ、そんな……」
魔法が発展したことで、逆に失われた文化があるなんて……。
「それにね、成長魔法を使った野菜はあまり美味しくないのよ」
「え?」
「無理やり早く育てるから、味が落ちるの。美味しくできるのは、特別な『スキル』を持った人だけ。私もね、一応スキルは持ってるんだけど……やっぱり、自然に育てた野菜には敵わないわね」
成長魔法……スキル……。
まだまだ分からないことばかりだ。
「それに、聖女様のおかげで私たちは便利に過ごさせてもらっているわ」
「どういうことですか?」
「『魔法の核』が各家庭に配布されているの。これのおかげで、水、熱、光が満足に使えているのよ。核たちは聖女様に繋がっているわ」
「つまり、ライフライン的な……」
「ライフライン?は知らない言葉だけれど、私たちの生活にはなくてはならないものね」
なんとも利己的な聖女の使い方に私は辟易としたがリッタ夫人の口ぶり的に特に違和感を持たないようにされている感じがした。
とはいえ、やはり異常なこの世界に順応できるのかと不安に思う。
「……大丈夫?顔色が悪いわ。やっぱりまだ体は本調子じゃないのなら無理に手伝ってもらわなくてもいいのよ」
「えっ!? い、いえ! ちょっと驚いただけで……!」
私は慌てて首を振る。
「じゃあ、さっそく料理をしましょう!」
「まぁ……ふふっ、チヒロさんって、意外と前向きなのね」
リッタ夫人は、くすっと笑った。
「でもね、本当に無理はしないでね? ちょっとでも辛くなったら、すぐに言うのよ?」
「はい!」
私は元気よく返事をして、エプロンを受け取った。
そうだ、料理を作れば、この世界のことももっと分かるはず!
私は気持ちを切り替え、台所へと向かった――。
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