たとえ貴方と結ばれなくても

深雪 了

結婚だけが結ばれる形じゃない

落合さんは、私が勤める会社の同僚だった。

同僚といっても、同じ部署じゃない。働いているフロアが一緒だというだけで、仕事で関わることはあまりなかった。

それでも、私は落合さんに惹かれずにはいられなかった。年齢は四十歳で私と十も離れているけど、中年、という感じはせず、むしろ充実した人生を送ってきた魅力が見た目と雰囲気に詰まっていた。

やや浅黒い肌は健康的で、運動をする習慣があるのか、適度に筋肉がついている。喋る時は、明るく爽やかに笑う。まさに理想の男性だった。


けれど、そんなに魅力的な人が独り身のはずもなく、私が入社してきた時には既に彼は左手に指輪を嵌めていた。相手は、うちの会社が入っているビルの別の会社の社員だった。それでも、私はつのる想いをかき消すことはできなかった。七年間、私は静かに想いを寄せ続けた。



その日は、落合さんと他数人の同僚とで、会社案内に使う写真の撮影をすることになった。おとなしい私は自分の顔が載るのは嫌だったけれど、どんな形であれ落合さんと一緒に写真が撮れるなら、と思い承諾した。

ビルの外に出て、建物を背景に並んで皆が笑顔をつくる。撮影者がシャッターを押す——その時だった。

けたたましいクラクションの音とともに、一台の車が猛スピードでこちらに向かって来た。なにかドライバーが運転を誤っているのは確かだった。危ない、すぐに逃げなきゃ——!

思ったのも束の間、轟音とともに車は一人の人間を跳ね飛ばした。跳ねられた人が地面に叩きつけられる。それはあろうことか——落合さんだった。


私の頭が真っ白になる。同時に目の前が真っ暗になる。噓でしょ。なんで落合さんが。落合さん、嫌だ、死なないで・・・!

道に伏せる彼は身じろぎもせず、その体からは赤いものがにじみ出ていた。それはどんどん広がって池のような形を作る。このままだと、本当に命が危ない。気を失いそうな世界のなかで、誰かが大声で救急に電話している声が聞こえた。


すぐに救急隊は到着した。騒ぎを聞きつけた同じビルの会社の人達や、近隣の人達が集まっている。その中に、落合さんの奥さんもいた。蒼白な顔をして落合さんに駆け寄ろうとしたけど、隊員に止められていた。


人びとの怒号が飛び交う中で意識を失いそうになったその時、「輸血が必要です!」「この中に、血液型がB型かO型の人はいませんか!!」という叫びを私の耳は捉えた。

私はすぐに、「O型です!」と手を挙げた。すると隊員に「ありがとうございます!」と言われ輸血をするべく落合さんの方へ導かれた。


顔を上げて野次馬の群れを見る。その中にいた落合さんの奥さんを見た。以前、落合さんが同僚と話しているのを聞いていた。「俺B型で、奥さんA型なんだ」と。


どう?奥さん。この状況で、あなたは落合さんを助けられない。落合さんの命を救うのは私。しかも落合さんの一部になって、一緒に生きていく。さんざん苦しい思いをしたけど、結婚なんて形じゃなくたって、一緒にいられる方法があったんだ。


落合さんの奥さんは変わらず青ざめている。私は振り返りざま、その奥さんに向かって薄笑みを浮かべた。彼女が私に気づく。丸い目が私を捉える。私の浮かべた表情をみた彼女は、はっとした顔色で私を凝視していた。













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たとえ貴方と結ばれなくても 深雪 了 @ryo_naoi

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