アオゾラディストーション -俺が物語り、君が奏でる青春のコンチェルト-
橋塲 窮奇
第1話 歪んだ青
俺の青春は、清廉で鮮烈な音から始まった。
五月の下旬――鮮やかな夕陽が窓から差し込み、教室を照らしている。
人の気配はない。何故ならここは、空き教室だから。既に放課後で、外からは吹奏楽部が吹くトランペットの音色が響いている。
俺こと
今日は面倒なことに部活動の呼び出しがあって、視聴覚室や理科室など特別な用途を持つ教室が集まる特別棟に足を運んでいる次第だ。
今しがた、その部活動の用事が終わり、俺は帰ろうとしていた。
「……早く続き書かなくちゃな」
俺にとって、学校の用事はしがらみでしかなかった。
体育祭の練習とか、文化祭の準備とか、クソくらえって感じだ。そんなことに時間を使う余裕は、今の俺にはない。
足早に帰ろうとした、その時であった。
音が、した。
それは決して単なる物音などではなかった。
「誰かギターを弾いてるのか?」
ジャン、ジャーンジャン――という独特な音色。ギターの音色だとすぐ分かる。
さらに言えば、恐らくエレキギターの音だ。仮にアコースティックギターであれば、もう少し音に厚みがある。空洞に響いている感じがあるはずだ。
でも、今奏でられている旋律は、空間を駆け抜けるような軽快なものだった。
「……結構ハイテンポだな」
恐らくアンプに繋いだり、エフェクターを加えたりして歪みを生み出せば、心躍るメタリックな曲調になるはずだ。今は何もない、プレーンな状態だから軽やかで疾走感のあるものに聞こえる。
メタリックで、どこかゴシックの入った曲がどこからか聞こえてくる。
自然と足が動いていた。探るように、動いていた。
「いや、待てよ。この曲どこかで……」
聴いたことがある。否、聴いたことしかない曲だ。
俺の歩みは、走りに変わっていた。
ああそうだ、聴いたことあるはずだ。何せ俺は、いつもこの曲を聴いて――
やがて、辿り着く。特別棟の二階、その最奥。誰もいない、空き教室。
明確に旋律が聞こえてくる。扉の隙間から、流れ出ている。
俺は逸る気持ちで、扉の取っ手に手を掛ける。
——ガラガラッ‼
「その曲、
思わず、言葉が止まってしまう。
透き通った銀色のショートカットヘアと、青空のような澄んだ瞳の少女が涼し気な表情でギターを抱えていた。制服の上から灰色のパーカーを着ており、その雰囲気はストリート系のように軽快なものに思える一方で、どこか儚げな印象を覚える。
俺は彼女を知っていた。
名前は
普段は特に誰とも絡んでいる訳ではない、至って普通の女子だ。特に交流もないから、軽音部に所属しているかどうかは分からない。だが、普段からパーカーとヘッドホンをしているから、音楽に関心がありそうだとは何となく感じていた。
「……え、なに? てか、誰?」
今のは結構傷ついた。男にとって、女のマジトーンは相当キツイものがある。
クラスメイトの名前なんて、女子の方はそんなに覚えていないものなのか?
「あ、えっと俺、青海彼方。同じクラスなんだけど……」
「そうなの? ごめん、他人の名前覚えるの苦手だからさ」
「あのさ、今弾いてた曲って……paleの――」
「何、あんたpale知ってるの? 随分とまぁ、物好きだね」
「それはそっちも一緒だろ? 基本インストばっか出してるから、そこまで知られてるとは思えないけど」
「……別にいいじゃん、インストばっかでもさ」
「え?」
見ると、空峯は少し不機嫌そうに眉を顰め、口をとがらせていた。
何か気に障るような事を言ったか? 俺だってもっと有名になるような価値があるとは思っているし、そうなると思ってる。だけど、paleは活動を開始して一年くらいだ。まだマイナーと呼ばれても仕方ないとは思う。
「最近の音楽はさ、マンネリしてるんだよ。ボカロ曲も確かにいいけどさ、別に歌がなくたって曲が良ければいい訳で、それに需要はある。インストばっか出す作曲者だっていいじゃん! 違う?」
さっきまでの氷みたいな雰囲気から、炎のように情熱的な饒舌を見せる空峯に、俺はただ唖然とするしか出来なかった。
「違わないよ。俺だってpaleの曲が大好きでいつも聴いてるんだ、文句なんかあるはずないだろ! むしろ歌がない方が集中しやすいからな、助かってるんだよ」
「え……そ、そう……なんだ」
あれ、なんか急に黙り込んだ。
空峯は俺から目を逸らす。その耳はほんの少し赤らんでいた。照れている。
何でこいつが照れる必要があるんだ? 別に本人って訳でもあるまい……し――
「いや、待てよ? まさか……な」
俺はよく彼女の姿を観察する。
やはり一番気になるのは、あの青いストラトキャスターだ。俺はあのギターを知っている。確か……HISTORYの何とかって型名のやつだ。一度動画で目にした事がある。
その動画は――有名なアニソンのカバーだった。
手が小さくて、身体のラインも細かったから女性なんだろうなとは薄々思っていた。だが、今この実物を見て、確信した。
こいつが――
「なぁ、空峯。お前が……pale、なんじゃないか?」
「え、あ、え、と、そ、れ……っ」
焦っている。明らかに動揺しているのが見て取れる。
これはもう、肯定と見做しても問題ない反応だろう。
「隠すなよ。別にクラスメイトにバラす訳でもないし、約束するさ」
「…………」
しばし、空峯が俺を睨む。いや、単に仏頂面だからそう見えるだけで実際はただ見つめているだけなのかも知れないが。いずれにせよ、沈黙が流れる。
そして——空峯は溜息を吐いた。
「そうだよ、私が作曲家・paleだよ。まさか、自分の通う高校にファンがいるとは思わなかった。……リアルではバレたくなかったのにさ」
彼女の口から、確かに聞いた。
空峯心向こそが、ここ最近勢いを上げつつある同人音楽家・paleなのだ。
そんな衝撃の事実に俺は――ただ、感謝するしかなかった。
俺は空峯の方へと走り寄り、彼女の手を思い切り握る。
「え、なになになに⁉ こわっ! ちょ、急に何なのさ……っ!」
突然の接触に彼女は反射的に俺から逃れようとしていた。
当たり前の反応ではあるが、傷つく余裕は俺にはなかった。あったのは――
「神様……マジで、マージで‼ ありがとう、ございます……っ‼」
絶大な、感謝であった。
——こうして、俺は憧れの人と出会った。そして、決意した。
彼女と一緒に、何かを創りたいと――
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