降臨するトリと終わる世界旅行

長月瓦礫

降臨するトリと終わる世界旅行


『ほう、そんなことがあったんですねえ』


千度姿を変えるトリの主人、今はダークスーツの女性に姿を変えていた。

山のように積まれたお菓子に湯気がのぼる一杯のコーヒー、人間には理解できない言葉を発し、トリから話を聞いていた。


それは行くあてもない、ただの気まぐれな旅だった。


トリはトリだ。名前のない茶色の鳥だ。

それ以外、何もない。何もないはずだった。


世界を一通り見て回ったトリは、天下無双でもしたかのような得意げな気分だった。

いろんな物を見て、非常に有意義な時間を過ごせた。


『様々な世界や時代をわたり、あなたは自我を得た。

旅に出る前の自分と比べて、どうですか』


『どうでしょうかねえ。トリはトリです。

トリの降臨といっては、人間の前に姿を現しました』


世界は広かった。天気は不安定で人間も移り変わる。

いろんなところに行って、時間を超えた。


『ご主人様が人間が気に入る理由が分かった気がします。

優しい人間も優しくない人間も、とにかくいっぱいいましたから』


トリを可愛がったりバケモノ扱いされたり、人間は様々な表情でトリを出迎えた。なんだかんだ楽しい旅路だった。

ここにいるだけでは決して分からなかった。


『トリは旅を終えたので、元の仕事に戻らないといけませんね。

何すればいいですか? ダンスでもしましょうか?』


小躍りするトリを見ながら、主人は輪っかの空いたお菓子をひたすらに食べている。トリは旅をしたけれど、そんなお菓子は見たことなかった。


『そうですねえ……いえ、戻らなくて結構です』


トリはお菓子の穴をのぞく。向こう側が見える。

主人の顔が見える。この姿も千の姿のうちの一つだ。


『引き続き、人間観察をお願いします』


『それはどういうことでしょう?』


『自我を持ったあなたが経験を積み、成長する過程を観察したいと思いまして』


『ご主人様がトリを観察するんですか?』


不思議な話だ。自分の眷属を観察対象とする日が来るなんて思いもしなかった。

我が主人は人間以外に興味を持たないのだとばかり思っていた。


『そう、おもしろいでしょう。悪くない提案だと思いますが』


トリたちは主に使える種族だから、自我が芽生えることは絶対になかった。

トリはトリであることに気づいたトリは、異端そのものだ。


『トリが自我を持ったことで、仲間たちを裏切ってしまったんですね。

この際ですから、ご主人様の羽毛布団になります』


『それはそれは、寝心地が大変悪そうですね』


顔が同じトリの仲間たちを思い出す。

みんな一生懸命、働いていた。

トリも同じように尽くしていたけれど、トリはひと際小さかった。


『ですから、かつての仲間達はいないものと思ったほうがいいでしょうね』


『悲しいですね。みんなといるのも悪くなかったのに』


トリはしょんぼりとお菓子の穴をのぞく。

皿の底が見える。気づけば、お菓子は残り1個になっていた。


『これ、こんなにおいしいんですか』


『そりゃあ、我が社の血と涙の結晶ですから』


『人間たちの血と涙から生まれてできたのですか。

はあ、穴を開けるなんて変なことを考えますね」


『こういうのも悪くありませんよ。

今度、友達を連れてきてはどうでしょう。喜ぶと思いますよ』


『友達ですか。そういえば、トリはいろんな約束をしたんです。

飼いたいという人間もいれば、一緒に旅をするという人間もトリを描く人間も。

とにかく、いろいろいました』


昨日のことのように思い出せる。

トリを楽しく受け入れてくれた人間たち、今頃何をしているだろうか。


『それでは、今度は人間を連れてきます。なんだか楽しみです』


『それはよかった。いつでも待っていますよ』


トリは店の玄関まで歩き、主人に頭を下げた。

次会えるのはいつになるか、分からない。


『いってらっしゃい』


『いってきまーす』


トリは飛び立ち、次の世界へ向かった。

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