降臨するトリとお雛様
長月瓦礫
降臨するトリとお雛様 前編
庭先にある木々が芽吹き、小さな花が咲いている。
時折、ふわりとただよう花の香りが心地よい。
肌寒い空の下、ふっくらとしたトリがえっちらおっちら飛んでいた。
行くあてもない、ただの気まぐれな旅だ。
トリはトリだ。名前のない茶色の鳥だ。
それ以外、何もない。
「小鳥さん、そこの可愛い小鳥さん」
神社の階段にずらりと並べられた、お雛様が手招きしている。
何段もある階段に飾られた大量の雛人形はまさに圧巻である。
「これはすごいですね。どこから声が聞こえたのか、よく探さないと」
「ほら、小鳥さん。こっちこっち」
綺麗に整えられた髪、幾つも重なった赤い着物、手の込んだ細かい装飾、傷をつけないようにトリはそっと降り立った。
「ごきげんよう、トリの降臨です。
あなた方を見ると春の訪れを感じますね」
「まあ、おしゃべりする鳥さんなのね。
私、初めて見たわ」
「トリも喋るお雛様は初めて見ました。
それで、トリに何かご用ですか」
隣にいるお内裏さまは見向きもしない。
下の段にいる他の人形たちはひっそりこちらを睨みつけている。
「あのねぇ、鳥さん。
ひとつ、頼みごとを聞いてほしいのだけれどね」
「はい、何でしょう」
「三丁目の小雪さんって女の子がいるんだけれどもね、その子のおうちに連れて行って欲しいの。あの子の家、貧しいみたいで私たちがいないみたいなのよ」
「それはなんとも可哀想ですね」
雛人形を見に来た客を覚えているらしい。
年に一回しか外に出ないのにマメだなあ。
「しかし、隣のお内裏さまは興味なさそうですね」
「そりゃ、鳥に話しかけられても困るしな」
むっつりと黙っていたお内裏さまがようやく口を開ける。
喋れるんだったら、喋ればいいのに。
「その子の家の事情に我々が首を突っ込んでも仕方がないと、毎年言っているだろう。なぜ、それが分からない」
「けれど、お祝いくらいしたって良いじゃありませんか。
子どもはみんな大きくなるし、それは喜ばしいことでしょう。
これも毎年、あなたに言っていますね」
ああ、終わらない口喧嘩が始まった。
しかも、結論が出なくて止まらないヤツだ。
毎年、同じやり取りをして飽きないのだろうか。
ひな壇を青年が呆れたような顔で見つめていた。
パタパタと青年の手にとまる。
「どうも、トリはトリです。今日は暖かいですねえ」
「そうだな。雛人形同士の喧嘩を見ることになるとは思わなかったが」
「みたいですねえ、残念ながら」
まだ言い争いを続けている。
他の人形たち見て見ぬふりをしている。
毎年のようにやっているからか、ついに見限られたらしい。
「学生さん、どうにかしてやってくれませんか。
さすがに不毛すぎるし、可哀想だし、見てられませんよ」
ふくふくとしたトリをじっと見て、眉を顰める。
「……幻覚じゃないのか?
そうなると、話がだいぶ変わってくるんだが」
学生はトリを両手で揉みはじめる。
ぬいぐるみの触り心地を確かめるように、強く握りつぶしたり、手を引っ張ったり、ぐしゃぐしゃと丸めた。
「ひどいじゃないですかぁ、トリは無害なトリなのに!」
「害はなくとも喋る鳥なんて見たことないんだよ」
「トリはトリですよぉ。こんなふうにされるとは思いませんでしたが」
「それは悪いことをしたな。
しかし、彼らが困っているようには見えないが」
「そりゃあ、口喧嘩だけ見てたら何も分かりやしませんよ」
トリはお雛様の話を聞かせる。
子どものために悩む人形のお話だ。
青年は安心したように息をついた。
「なるほど、あんなでも子ども好きなんだな」
「まあ、子どものための人形ですから」
これ以上、もみくちゃにされたら骨が折れる。
トリは青年の手から抜け出し、頭の上に乗る。
青年は何やら腕を組んで考えている。
「君は鳥だろう。その小雪さんとやらの家を知らないのか」
「トリはついさっきここに来たばかりで、何も知りませんです」
「なら、その子の様子を見に行ってくれ。俺は後から追いかける」
「えぇ、なんでトリがそんなことを」
「俺が行っても怪しまれるだけだろう。
頼むよ、何をするにしても時間がいるんだ」
話を断ったら焼き鳥にされそうだ。
あの容赦のない手つき、彼ならあっという間にさばいてしまうだろう。
「トリはトリなので、煮ても焼いても美味しくありません。
でも、痛いのはもっと嫌です」
「ありがとう。そいつは助かる」
「見てくるだけですよ。本当に」
トリは念を押して、空へ飛び立った。
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