第20話 迫る魔の手

 翌朝、携帯を開くと勉からLIMEが入っていた。


 ——『話がある。○○公園まで来てほしい』


 返信をして、家を出る。

 オレの足取りは軽かった。昨日の花火大会の出来事が未だにオレを満たしていた。幸せとは、こういう気分の事を言うんだろう。夢見心地な気分で思い出すだけでついニヤけてしまう。

 そうしていると小さな公園にたどり着いた。ブランコとシーソー、手入れのされていない砂場がポツンと寂しく佇んでいる。その奥にある木陰のベンチに勉が座っていた。


「……勉?」


 勉の周りの空気がひどく重たい。木陰にいるせいかと思ったが、どうやら違う。ベンチに浅く腰掛け前かがみになって指を組んでいる。その横顔はどこか思い詰めた表情をしていた。声をかけるか躊躇っていたら、勉がオレに気付いて顔を上げた。その憔悴しきった顔を見て思わず息を飲んだ。


「勉……? どうしたんだよ、その顔。それと、話って……?」

「…………あぁ、そのことだが……」


 また、地面に視線を落として考えるように片手で口元を隠す。クマを蓄えた目元がぼんやりと地面を眺めていた。

 しばらく、沈黙が続いたあとに勉が口を開いた。


「綺良々が誘拐されかけた」

「………………は?」

「そんな反応になるよな。現実感無いし、まさか身近でそんな事件に巻き込まれるなんて思わなかった」


 言葉が出なかった。

 後頭部を殴られたような衝撃に頭が真っ白になる。それでも勉は、続けて昨日の出来事をオレに話した。



 ————



 マズいな。綺良々とはぐれてしまった。水無瀬や東雲と鉢合わせたようにクラスメイトに見られる可能性を考えてしまった。俺との変な噂が立つのは綺良々のためにならない。

 こんな自分勝手な理由で、はぐれたら大変だからと差し伸べられた手を取らなかった。


「くそ! 全然LIMEが送信されない!」


 水無瀬に送ったLIMEが未だに送信中のままだった。ドオォォォォン、と花火が打ち上った音が聞こえたが、花火なんてどうでも良かった。人混みをかき分け、綺良々を必死に探した。気づいたら人気が無く、閑散とした入口の方まで来てしまっていた。


 ——『おいっ! まて! お前!』


 引き返そうとしたとき、誰かの怒号と言い争うような声が聞こえた。声の方に足を向けると二人の男性が取っ組み合いをしていた。その、足元には恐ろしいモノを見たかのように怯えた表情を張り付けた綺良々がへたり込んでいた。


「綺良々っ!」


 焦燥感に駆られて叫ぶと、綺良々は弾かれたように俺を見て縋る様に手を伸ばす。駆け寄ると俺の服を力いっぱい握って胸に顔を押し付けて泣き出した。


「つとむぅ! どうしよう! 急に知らない人がぁ……! うち、どうしよう……! はぐれて……つとむをさがしてたらぁ……!」

「分かった、わかったから! もう大丈夫だから落ち着け!」


 よく見ると綺麗に着飾っていた浴衣が乱れ、髪もグチャグチャになっていた。そんな綺良々を安心させるために必死に抱きしめた。


 ——『君! 早く警察に……あ、おい!』


 犯人と思わしき人間が男性を突き飛ばして走りだし、遅れて男性が追いかけていった。その後、追いかけた男性が戻ってきて『見失ってしまった』と、申し訳なさそうに頭を下げた。そして、綺良々を宥める俺に状況を話してくれた。

 誘拐犯が綺良々の口を塞ぎ強引に引っ張っていこうとしていた事。

 綺良々が必死に抵抗していた事。

 偶然、通りかかった自分が誘拐犯を取り押さえようとした事。


 その話を聞きながら、腕の中で可愛そうなくらいに震えている綺良々に視線を落とす。

 このときの俺は罪悪感と怒りで何も考えられなくなっていた。機械的にポッケから携帯を取り出し、水無瀬に——


 ——『みつかった』


 とだけ送っておいた。



 ————



「綺良々は部屋に閉じこもったまま、昨日のことを思い出して泣いてるよ。当たり前だ。怖かったに違いない」


 オレは、ただ聞いていることしか出来なかった。いや、聞いているはずなのに頭の中がぼんやりとしている。


「俺が悪いんだ」


 その言葉を聞いたとき、ハッとなり勉を見た。組んだ手には筋が浮かび、震えるほど固く握りしめられていた。


「綺良々を傷つけた。一生消えない傷をつけた。俺があのとき手を取っていれば……。そもそも花火大会に誘いさえしなければ……!」

「おい、おい! 別に……勉が悪いわけじゃないだろ! あんま…………自分を責めんなよ」

「責めるさ。大事にしなきゃいけない人を傷つけたんだぞ」


 顔を上げた勉は、見たことが無いぐらい険しい顔をしていた。その表情に気圧され後ずさりをしてしまった。


「綺良々には昔から迷惑をかけっぱなしなんだ。人付き合いが苦手な俺を気にして仲を取り持ってくれたり、一人にならないように俺の周りにいてくれたりな……」

「へぇ……」

「あいつだってモテるんだから彼氏の一人でも作って自分の学校生活を楽しめばいいのに。『勉が一人になっちゃうでしょ』って言って聞かないし……。もう、水無瀬tati

がいるのにな」


 勉は、自虐的に笑って見せた。


「小学生の時も中学生の時も……。あいつは俺のことを気にかけてくれていた。だから、貰ったものを少しずつ返したくて……。花火大会に誘ったのもそれが理由だ。なのに……ッ!」

「勉……」

「全部が裏目に出る。これが初めてじゃないんだ……。綺良々を悪く言うやつらと喧嘩だってしたこともある。けど、俺が行動したせいで何度も何度も綺良々に迷惑をかけてる……。それなのに、俺のことを見限ったりしないんだよ……あいつはッ」


 タガが外れたように冷静で理知的な勉から感情の濁流が溢れ出る。オレもようやく理解が追いついてきた。それに伴って、ムクリとオレの中の何かが首をもたげる。


 勉と勉が大事に想っている柳原が傷つけられた。もしかしたら、前と同じように過ごせなくなるかもしれない。オレの日常が壊された。許せない。絶対に許さない。何が何でも見つけ出して……この二人に手を出したことを後悔させて——


 ——コロシテヤル


「水無瀬?」

「………ん、あぁ、どうした」

「どうした、はこっちのセリフだ……ありがとな。怒ってくれて」


 勉は、優しく笑った。ゆっくりと立ち上がってオレの前まで歩いてくる。


「俺も誘拐犯が許せないし、いま俺の目の前にいたら迷わず殴り飛ばしてるよ。けど、綺良々はそんなこと望んでない。今の俺に出来ることは、あいつの傍にいてやることくらいだ」

「そうか……そう……だな」

「それに、俺が水無瀬にこの話をしたのはお前だって無関係じゃないからだ」

「………え? 俺?」

「東雲がいるだろ。俺と同じ思いをさせたくないから話した。だから……しっかり守れ。俺の二の舞になるなよ」


 オレの肩に手を乗せて、力強くまっすぐにオレの目を見る。


「あぁ……わかったよ。お前の気持ちは無駄にしない」

「よかった。じゃあ、俺は戻るよ」


 最後にポンと肩を叩くと、オレの横を通り抜けて、そのまま公園から出ていった。


「ふぅ……」


 雲一つない空を見上げてため息をつく。オレって……やっぱ未熟でガキだ。すぐ感情に飲まれる。その点、勉は大人だ。感情に飲まれず冷静に自分のできることを選んでいる。

 千織が傷つけられたら……オレは、どうなってしまうんだ? いや、余計な事は考えるな。何が何でも守る。きっと、それが、今のオレにできることだ。拳を握り締め、静かに決意を固めた。


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