夏休み編

第13話 聖華祭 前世回想

 ビュオォと風が吹き荒れ、乱れる髪をそっと片手で押さえる。ピンク、青、黄色、オレンジ等の色とりどりの花弁が快晴の空を覆いつくす。

 今日は、聖都リベルディアが一年に一度行う祭事、『聖華祭』だ。ワタシ達が信仰する聖母カルラ様の命日であり、魂をお迎えする日。聖都リベルディア周辺に群生するリベラルの花々も祝福するかのように空を舞い続けていた。

 宙に手のひらを伸ばすと、ピンクの花弁がヒラヒラと落ちる。少し楽しんだあとに空へ放つ。すぐに大量の花びらに囲まれ見えなくなってしまった。


 王城の最上階から眼下に広がる街並みを眺める。大きな通りは出店でいっぱいに埋め尽くされている。ワタシと同じくらいの年齢の女の子たちが、綺麗に着飾って楽しそうにおしゃべりしていた。


「…………はぁ」


 魔界から帰還して一か月が経った。体に異常は無く、休養を経て騎士団へと復帰を果たした。ただ一つ、異常を感じているところがあるとすれば……。ダリウスの事が頭から離れないこと。

 彼は、この美しい光景を知っているのだろうか。いまどこで何をしているんだろう。いつしか、視線は空で踊り続ける花びらではなく、奥に見える山のかなたに思いを馳せていた。


「ッ⁉」


 ハッと我に帰り、追い出すように頭を振る。


「あいつはワタシの敵。あいつは超えるべき存在っ」

「あの……。アリシア様?」


 自分に言い聞かせるようにブツブツとつぶやいていると後ろから控えめに声をかけられた。びっくりして振り返ると、騎士団副団長を務めるアルヴィスが立っていた。それも、かなり心配している様子だ。


「ア、アルヴィス? どうしたの?」

「下からアリシア様が見えたので気になってしまって。もしかして、本当は体調が優れないのでは⁉」

「本当に心配性ね。もう一か月経っているのよ?」

「なら、良いのですが……。あの、ご一緒してもよろしいですか?」

「えぇ、構わないわ」


 パッと表情を咲かせワタシの隣に駆けてくる。アルヴィスは、国民や団員から支持されており次期騎士団団長と期待されていた人物だ。ワタシが団長についても嫌味らしいことを一つも言わず、ワタシに付き従ってくれている。


「アリシア様が無事戻ってきてくれて安心しました」

「ワタシがいない間、騎士団をまとめてくれていたのよね? ありがとう」

「いえ! 副団長として当然の事をしたまでです!」

「ふふっ、それでもよ」


 過剰なくらいビシッと背筋を伸ばしたのが面白くて笑ってしまった。


「実は……僕も魔界に飛び込もうとしていたんですよねぇ……。団員に止められてしまいましたけど」

「え⁉ そんな無謀な事をしようとしていたの⁉」

「心配で気が気じゃなかったもので……」


 そんな事になっていたとは知りもしなかった。止めてくれた団員には感謝しなければならない。


「アルヴィス。やっぱりあなたが団長に相応しいわ。ワタシなんかよりもね」


 アルヴィスは、ワタシを見つめ返し、それから空を仰ぎ見る。何か考えるように顎に手を添える。


「僕は人の役に立つことは好きですが、人の上に立つ器では無いですからね。アリシア様以外に適任はいないです」

「そんなことは……」

「それに、もし、アリシア様の事を悪く言うような奴がいたら……。徹底的に矯正してみせます!」

「や、やめなさい! そんなこと!」

「アハハ、冗談ですよ」


 ワタシの心配をよそに、爽やかな笑みを見せる。


——ゴォォン……ゴォォン


 突然、教会の鐘の音が街中に響き渡る。


「なんの鐘かしら」

「今日は、鍛冶屋を営むアルザンが結婚式を挙げると本人が嬉しそうに話してくれましたよ」

「へぇ……」

「あとで祝福の品でも渡しに行ってきます。——あ、見てくださいよ! アリシア様!」


 そう言って教会の脇に静かに佇む小さな林を指さす。林の中にあるベンチに一組の男女が座っていた。男性が紅い花を一輪、女性に手渡していた。受け取った女性は男性に勢いよく抱きついた。


「紅いリベラルの花。意味は永遠の愛。そういえば、彼らも今日婚礼を挙げると言ってたな」

「彼らは?」

「商人をしているコルアですよ。以前話をしたとき、特別な結婚式にしたいって言ってたんですよ」

「たしかに、聖華祭に挙げる式は特別になるわね」

「彼らには何を渡そうか……。悩んじゃいますね」


 アルヴィスの交友関係の広さに脱帽する。それに比べてワタシは……。こんなんじゃ、期待されないのも納得だ。


「ところで……。アリシア様は、どういった結婚式が理想ですか?」

「…………へっ⁉ ワ、ワタシ⁉ 無い! 結婚願望なんて無い!」

「え? てっきり、女性は結婚の願望があるのかと」

「……ないわ。女として生きるにはもう遅い。ワタシが輝けるのは戦場だけ。それに、血で汚れた女を欲しいなんて言う人——」

「そんなことありませんっ!」


 ワタシの声に被せて、アルヴィスは叫ぶ。びっくりして肩が跳ねた。


「アリシア様は素敵な女性です。それに、全然遅くはない……と思います」

「……そう。なら、その言葉信じてみようかしら」

「はい。信じてください!」

「ありがとう。それじゃ、時間だから巡回に戻るわね」


 元気づけてもらったお礼を言って、巡回に戻るため歩き出す。最上階の半分を過ぎようとしたとき呼び止められた。


「あ、あの! アリシア様!」

「ん?」

「十八歳のお誕生日おめでとうございます」

「……ありがとう」

「そ、それで……、その、もし……アリシア様が……良ければ、なんですが」

「うん。なに?」


 何かを言いたげに、口を閉じたり開いたりと繰り返す。数分、その動作を繰り返した末に諦めたように笑った。


「巡回……頑張ってください」

「? えぇ」


 結局、何が言いたかったのか分からなかった。尋ねようと思ったけど、アルヴィスが背を向けてしまったので、そのまま最上階を後にした。

 今日が誕生日だったこと、すっかり忘れていた。父も戦場にいることが多かったし、母親もいない。自分も騎士として大成することばかり考えていたから、頭から零れ落ちていた。


——ダリウスは……おめでとうって言ってくれるかな。


 なんて考えながら、階段を下って行った。

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