冤罪で全てを失った世界ランク1位の美少女ゲーマー、ゲームそっくりの人型兵器に乗り異世界を駆け抜ける!

吉武 止少@捨てられ社畜発売中!

第1話 世界女王の零落

「サササ。お前のやってきたことは同じe-として看過できない。ギルドウチを追放する」


 五年もの親交を重ね、家族と同じか、それよりも近い位置にいたはずのギルドマスターにそう宣告され、サササ――佐々木沙希ささきさきは言葉を失った。


「まさかサササがするなんて思いもしなかった」

「違っ――」

「言い訳は聞かない。他のギルドにも事の顛末は連絡済みだ。——引退しろ」


 ぶつり、とボイスチャットが切られる。

 同時にヘッドセットの画面に浮かぶのは「ブロックされました」の文字だ。


「待って……!」


 声は届かない。あらゆる連絡手段が絶たれていく。

 ギルドから強制脱退させられ、沙希の使っていたアバターが電子の街に弾きだされる。

 蒸気と金属に覆われた街だ。


「うおっ、あれサササじゃね?」

「マジ? 世界ランク1位の美少女ゲーマーだろ?」

「お前知らないの? あれ、八百長ふせいだったって話だぜ?」


 強化外骨格や銃火器で武装したプレイヤーたちが沙希のアバターを遠巻きに眺める。

 その視線に含まれているのは好奇——そして侮蔑だ。


「高ランクの奴らとヤリまくって勝ちを譲ってもらったらしいぜ」

「マジか。えげつねぇ……そこまでして勝ちたいのかよ。まだ学生だろ?」

「パパ活みたいなもんなんだろ。引くわ」

「うちのギルドに連絡入ってたし、他のトコも一緒だろ……終わりだな」

「ってことは今は単独ぼっち? 頼んだらヤらせてくれねーかな」

「せめてランク100位以内に入らないと無理っしょ」


 ケタケタと笑うアバターたちの声に、沙希は急いでキーボードを叩く。


「違うもん! 私はそんなことしてないっ! 全部断ってる!」


 外部の画像を取り込んでゲーム内に表示するのはメールやSNSでのやりとりのスクリーンショットだ。いっさいの黒塗りマスクをしていないそれをぶちまけるように表示していく。


「向こうがしつこく誘ってきたの! 私はちゃんと断ってる! 見てよ! 私は何もしてないっ!」


 沙希が表示するに風向きが変わるかと思ったところで、人混みアバターを押しのけて一人の男が現れる。

 他のアバターと違い、課金装備に身を包んだ男だ。


「悪あがきはやめとけよ」

「ッ! イザナギっ! アンタが皆に嘘を吹き込んだんでしょ!?」

「嘘? お前が俺に勝てなくて、大会優勝のために股ァ開いたことか?」

「まっ!? ふざけないで! 私はそんなことしてないっ! アンタが二人でオフしようとか付き合おうとか言い出しただけでしょ! 私は全部断った!」


 いきり立つ沙希にしかし、イザナギは余裕の笑みを崩さない。


「周りはそうは思わなかったみてーだけどな。もバラ撒いてやったし、もうお前はおしまいなんだよ」

「証拠の画像……? 何言ってるの!? 私は何もしてない! アンタと現実リアルで会ったことだってない!」

「最近の画像生成AIってのは便利だよなぁ。動画もいくつか作った……今頃お前の画像がオカズにされてるかもしれねーぞ?」

「……最ッ低!」

「うっせーよ。ちょっと可愛いからってチョーシ乗んなクソガキが。ボコボコにすっぞ」

「一度も私に勝ったことない癖に! 私に負けた腹いせ!? それとも振られた腹いせ!? どっちにしてもアンタなんて最低よッ!」

「ケッ! 俺を振ったことを一生後悔しやがれクソ女」


 沙希が涙目でモニターを睨む。

 沙希たちがプレイしていたのはたかがゲーム――ではない。総ユーザー100万人を超え、優勝賞金は億にも届くような大会が開かれるゲームだ。


 そして、そんなゲームでトップにまで上り詰めた人間が――仮に女子高生だとしても――そう簡単に折れるほど脆い心のはずがなかった。


「……今の会話、録音してるから。アンタにしつこくされたDMも画像だってある。警察にもいくし、各ギルドにも送り付ける。おしまいなのはアンタの方よ!」

「チッ……面倒クセェな」


 イザナギのアバターが空中に手を翳し、ポップアップされたウインドウを操作する。


のはルール違反だ。ほら、BANされちまえ」

「どの口で……! ふざけな――」


 いで、と叫んだ時には、運営の管理AIによって沙希のアバターが凍結され、強制ログアウトさせられていた。


『個人情報の漏洩が確認されたため、アカウントを凍結しました。この処置に疑問があるときは、下記アドレスより運営までご連絡ください』


 現実よりもずっと居心地が良かったはずの場所から弾きだされた沙希は、暗い部屋で茫然としていた。


 ヘッドセットに表示される無機質な文字は、どれほど待っていても変化はない。

 のろのろとした動きでヘッドセットを外す。

 正面に据え付けられたモニターに映る沙希は、何の力もないただの女子高生だった。


 肩口で切り揃えた艶やかな黒髪。

 細身ながらもしなやかな筋肉のついたシルエット。

 ぱっちりした二重に整った鼻梁。


 誰もが可愛いと断言するであろう容姿が、今は無性に妬ましかった。


「……あ」


 このままぼうっとしているわけにはいかない。

 気付いた沙希がのろのろとスマートフォンに手を伸ばし、そして固まった。


 運営に連絡?

 ——したところで、ギルドも信用も帰ってこない。


 ギルドの人間に連絡?

 ——私を信じてくれなかった人たちだ。話したところで、信じてもらえるとは思えない。


 警察に連絡?

 ——したところで、ネットにばら撒かれた画像は消えない。


 画像生成AIを使った偽物ではあるが、おそらくは大会で優勝した時の記念写真やインタビュー記事が元になっているはずだ。

 沙希の顔を元に生成されたそれがネット上——全世界の人々に晒されていると思うだけで、足が竦んだ。


 サキは事故で家族を亡くしていた。頼れる人間は、ギルドで親交を深めていた人たちのみ。


 だが、沙希のことを知っているはずのギルドの人間たちですら、サキを信じなかった。

 何も知らない人達がAI生成された画像を見たら、沙希をどんな人間だと思うか。


『頼んだらヤらせてくれねーかな』


 名前も知らないアバターの言葉が、脳裏にフラッシュバックした。 


「うぇっ……」


 胃の奥から、苦いものがこみ上げてきた。思わず口を押えるが、指の隙間から臭気を放つ液体が漏れる。

 身体をくの字に折り、意志に反した身体の動きに必死に耐える。


 消えてしまいたかった。


 何もかもを捨てて、沙希の事などに行きたかった。


 無意識にそう望んだところで暗い部屋の中に光がほとばしった。


 青白い光は床を、壁を、天井を――そして空中を走り、複雑な幾何学きかがく模様を描いた。


 終端同士が繋がり、文字とも図形ともつかない何かが完成する。

 同時に光は勢いを増し、目を焼くほど強烈なものになった。


 ――そして。


 光が収まった後には、誰もいない部屋だけだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る