2025年2月21日 05:08 編集済
何かと何かを繋ぎ過ぎることは自滅の道への応援コメント
接着剤を使用する時点で無理があるのでしょうね。かつて沖縄を旅した際、堅固な石垣には接着剤をまったく使用していないという話を聞きました。大きくなり過ぎた建造物を維持するためだけに、様々な仕事があるとすれば、世界はなんと矛盾だらけなのでしょう。
作者からの返信
そのように思います。無理が、たくさんあると思います。なるほど「沖縄」という言葉の本質的意味すなわちイデア、その海の中に、野生性を感じることが、私自信多々あったのですが、ヤマシタ アキヒロさんがおっしゃる石垣の例は、その野生性の一部分だったのかもしれません。似たような例を挙げさせていただくと、「宮大工」というのは、釘を(ほとんど)使いません。加工してはいるものの、木という自然発生的な材料を用いている点においては、人間が本来備えている野生性の範疇にあるように思います。鳥だって細長い植物で巣を作ることですし。ですが釘を作る、つまりは冶金となると、鉱石を取ってきて、特定の金属を抽出し、それをさらに鋳造するのですから、極めて化学的で文明レベルが高い営みと言えるように思います。肯定的に捉えるならば、自然と文明の中間でうまくバランスをとっている、とも言えるのでしょうが、巨大建築の第一歩には変わりありません。もちろん、作中でも断り書きを示しました通り、「人間が文明を放棄できるなら、という虚妄」これが大前提であり、単なる仮定ですので、私も生きる文明人である限りは、石垣の巨大建築も、法隆寺のような立派な木造建築も、否定する気はありません。いずれも素晴らしく、技術を備えた方達もそこに住む人々も、尊いです。
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何かと何かを繋ぎ過ぎることは自滅の道への応援コメント
接着剤を使用する時点で無理があるのでしょうね。
かつて沖縄を旅した際、堅固な石垣には接着剤をまったく使用していないという話を聞きました。
大きくなり過ぎた建造物を維持するためだけに、様々な仕事があるとすれば、世界はなんと矛盾だらけなのでしょう。
作者からの返信
そのように思います。無理が、たくさんあると思います。
なるほど「沖縄」という言葉の本質的意味すなわちイデア、その海の中に、野生性を感じることが、私自信多々あったのですが、ヤマシタ アキヒロさんがおっしゃる石垣の例は、その野生性の一部分だったのかもしれません。
似たような例を挙げさせていただくと、「宮大工」というのは、釘を(ほとんど)使いません。加工してはいるものの、木という自然発生的な材料を用いている点においては、人間が本来備えている野生性の範疇にあるように思います。鳥だって細長い植物で巣を作ることですし。ですが釘を作る、つまりは冶金となると、鉱石を取ってきて、特定の金属を抽出し、それをさらに鋳造するのですから、極めて化学的で文明レベルが高い営みと言えるように思います。肯定的に捉えるならば、自然と文明の中間でうまくバランスをとっている、とも言えるのでしょうが、巨大建築の第一歩には変わりありません。
もちろん、作中でも断り書きを示しました通り、「人間が文明を放棄できるなら、という虚妄」これが大前提であり、単なる仮定ですので、私も生きる文明人である限りは、石垣の巨大建築も、法隆寺のような立派な木造建築も、否定する気はありません。いずれも素晴らしく、技術を備えた方達もそこに住む人々も、尊いです。