鋼鉄のサマー・イリュージョン
青い空。
砂浜を、一人の少女が歩いている。
「会いたい……」
小高い
「どなたに、で、ございますか?」
「あの
「しかし、
「
「……はっ」
「ああ……。まるで、さわやかな海風のようなひとだ……」
彼は小さなため息をついた。
●
自分の姿を『清らか』だの『さわやか』だのと思っている人間がいるとも知らず、
「あっつい……」
全身
スイカ三つを引きずるように、やっと目当てのビーチ・パラソルへたどり着く。六人分の
「ったく。人に買い出し
腰を下ろしたところで、
「カナちゃん
かなめはスイカをポンポンと
「ここ。……それにしても、ちょっと
「それなら心配はない」
恭子たちの後ろで、さっきから
「心配ないって、どういうこと?」
彼は手荷物の山に手を
「な……」
「
宗介は
かなめは、こめかみの
「その
宗介は
「あんたね……」
「……だが、こうして『盗難
かなめは彼の頭をはたき倒した。
……が、きょうは暑さとけだるさのためか、スイングの切れがいまいちだった。
「ヘリクツはやめなさい」
突っ込む声にも
「むう……」
「……だいたいね、あたしが引っかかったらどうする気だったの? 危ないじゃない」
「その点は
そう言って宗介は、手荷物の上に
「そんなので気付くわけないでしょっ!?」
「そうか。では、以後注意してくれ」
「ああっ、もう……」
そんな二人のやり取りなど気にもせずに、あくまで恭子はハイテンションで、
「じゃあ、さっそくスイカ割りしよ! ね、ねっ、カナちゃん」
「はいはい。よっこらしょ……っと」
かなめは手ごろな砂上に古新聞を
「じゃ、だれからやる? 相良くんは?」
「やってやって!
恭子たちは宗介の
「なにをするんだ?」
「スイカを割るの。ばしゃーん、と。
「それだけか。
「へえー、言うね。だったら、ほらほら、目隠し、目隠し! そしたら回す、回す!」
「むっ……」
恭子たちははしゃぎ立て、宗介の
「これくらいやってもいいよね。簡単なんでしょ? じゃあスタート!」
宗介はバットを引っさげ、スイカとはまったく見当違いの方角へと突き進んでいった。みんなの荷物が置いてある、ビーチ・パラソルの方だ。恭子たちは
一方でかなめは、喜ぶ恭子たちの
「やれやれ……」
どうも面白くない。
この砂浜に来てからというもの、宗介は恭子たちに引っ張り回されて、まったくかなめを気にかけていないのだ。彼女の水着姿にも、まるで
(けっこう
すべすべの
どかんっ!!
「…………っ!」
目隠しのままビーチ・パラソルまで歩いた宗介が、自分の
「
言いかけ、
全身、スイカまみれ。白の水着は見る影もない。流れるような黒髪には、スイカの皮がべったりとこびりついていた。
「…………」
気まずい
「……考えが
宗介はコメントした。
「だが、スイカは
その一言で
かなめはバットを
「最っっ低!」
Tシャツを引っつかむと、早足でその場を立ち去った。
その三〇分後。人通りの少ない
「ねえねえ、ちょっといい? キミさ、ひとり? どっか遊びに行かない?」
「消えなさい」
「……………………はい」
男は
「ふん……」
あんな風に飛び出して、恭子たちには悪いと思っていたが、宗介のそばにいるのが
あいつがああいう
水着姿を
だが、感情は
きのうの
そういう自分がひどく
(あたし、なにしに来たんだろ……)
そんな調子で、防波堤の上で
「お
かなめに声をかける者がいた。またか、とうんざりしながら振り向き、
「ったく、いい
おもわず声が
そこに立っていたのは、思い切り
「お茶でもいかがです」
謎の東洋人はずいっと進み出て、
「あ……あたし、そーいうの、ちょっと」
「そこを曲げて、ぜひ。
むんむんと
「は、ははは。変わった
「ならば問題ありません。私の
「は、はあ?」
男は
「ぜひ。貴女にお会いしたいと申しておりまして」
『ぷっ』とスイカの
「なかなか
肉厚のグルカ・ナイフでスイカを切り
「ああ。長いシャワーだ」
「うーん。ほかに理由があるんじゃない? やっぱり」
「どんな理由だ」
恭子は
「相良くん、ホントに分からないの?」
「む……」
宗介の
いちばんありそうなのは──
「やはり地雷か……?」
「頭のどこをどーいう風に使ったのか知らないけど……。違うでしょ。カナちゃんは、相良くんに
「そうそう」
「相良、お前が悪い」
他のメンツも口々に言う。
それなりに
「よし。では、そうしよう」
宗介はヨットパーカーに
岬の邸宅で──
『謎の東洋人』の案内で、かなめは白いリビングに通された。
「しばしお待ちを」
男は告げて、リビングを出ていった。
(これはホンモノの金持ちね……)
ここに来るまでの間、かなめは庭の広さに
ここまで来たら、自分を呼び付けた物好きなオッサンの顔くらいは見ておいても
五分ほど待っていると──
リビングの戸口に一人の少年が現れた。
年は一三、四歳くらいか。身ぎれいなワイシャツ姿で、
彼はティーセットの乗った
「あの……」
言った
「ああ、
なにかに
「うわあぁ~~~~っ!!」
ティーカップの
(な、なんなの、この子……?)
かなめは
「だ、
「は、はい。お……お見苦しいところをお見せしました」
少年はむくりと身を起こし、
「僕は
「はあ」
「このような形でお連れしたことを、どうかお
「……って、え? じゃあ、あなたが」
少年──日向柾民は顔を赤くして、小さくこくりとうなずいた。
お金持ちの病弱な
(へえー。本当にいるんだ、こーいうの)
かなめは
「い、いきなりの話で、ご
「ふむ。どうしようかなぁ……」
かなめの言葉に、柾民は
(おお。かわいいじゃない)
ちょっとたれ
どうせヒマなわけでもあるし──
「ん。いいよ。ごちそうになります」
かなめがにっこりと答えると、柾民の顔がぱっと晴れた。
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます。それじゃあ、ええと──」
「かなめ。千鳥かなめっていいます」
「かなめさん。ああ、なんて
「………………」
そのとき、
「なんだ?」
『
スピーカーから
(ソースケ?)
見間違えるはずもない。
『「千鳥かなめという
スピーカー
「お知り合いですか?」
「え? あいつは……」
『学校の友達』と言いかけて、かなめは思いとどまった。宗介となんか、口もききたくない……そう思ったとたん、
「あ、あいつは
深く考えもせずに、口からでまかせを言ってしまった。
「
「そう、凶悪な変態」
「なるほど。そのような
『かしこまりました』
柾民はインタフォンを切って、
「これでよし。さあ、かなめさん、こちらへ。
「え……? あ、うん」
すこし後ろ暗い気分を感じながら、かなめは柾民の後に続いた。
『そのような方はおりません』
「それはおかしい。もう一度
宗介はすらすらと説明した。見てないようで、しっかり見ているところが
だが返事はそっけないものだった。
『おりません。どうかお引き取りを』
近所の聞き込みで
「…………」
彼はそれ以上、あえて
(さて、どうするか……)
塀のあちこちに
(正面から
……などと考えているだけあって、すでに屋敷に乗り込むつもりでいる。
彼はぐるりと屋敷の周囲を歩いてから、
(とにかく、
「
恭子が
「そうだ」
宗介は
「
「でも、だって──」
「君が手伝う必要はない。アマチュアが付いてくれば、むしろ足手まといだ」
「いや、そーいうことじゃなくて。いくらなんでも、そんな、
宗介は装備をてきぱきと身に付けながら、
「
言いかけ、口ごもる。
はた目には冷静に見える宗介だったが、その実、心中は
かなめが監禁されている。
(いかん。いかんぞ……)
宗介の
三角
「くっ。
そんな彼を、恭子は冷ややかな横目で
「相良くん……。なんか、カナちゃんをダシにして、ものすごくエッチなコト考えてない?」
かなめに出された紅茶の香りは、
「うーん。おいしい」
「喜んでいただけて
柾民はにこにこしている。
「ほんと最高。
大きなガラス戸
(ソースケはどうしたかな……)
ふと、思い出す。いまごろは、ふたたび恭子たちのオモチャにされて、ほいほい遊んでいるのだろうが──
いや。あの宗介が、そうあっさりと引き下がるだろうか?
かなめがむっつり
「どうしました、かなめさん?」
「え? いや……」
「あの
「並の人間、ね……」
少なくとも、宗介が並のバカでないことだけは確かだった。
そこで部屋の戸口に、例の『
「なんだ? 鷲尾」
「
「変質者め。さっそく来たな……」
(やっぱり。あのバカ……)
宗介だ。何のつもりかは知らないが、どうあっても自分に用があるらしい。
かなめが頭を
「どうかご安心を。……
「運転手の鷲尾にはもうお会いになっていますね。背の高い方がコックの鮫島、低い方が庭師の豹堂と申します」
「はあ……」
三人の
「彼らは僕のボディーガードも
「うげぇっ……」
本来なら『まあ、
「うげえ?」
「え、いや……。あははは」
「? まあいいや。……では、鷲尾、鮫島、豹堂!」
『はっ』
「すみやかに
『ははっ!!』
召使いたちが
「いや、あの、実はね──」
「実は、なんです?」
『なんです?』
柾民とその召使いたちが、
「実はその……がんばってください」
などと、変な
『お
三人の召使いたちは
「
「そ、そうなの?」
「ええ。ほかの客には、いつもそっけないのですが。気合いが入ってますね」
「う、うう……」
ばっちりと、火に油を
(こうなったら……どうかあの三人が、
かなめは天に
身のすくむような
(むっ……)
断崖の中ほどを過ぎたあたりで、
「ひっひっひ。くたばれ、変態めっ!」
(変態。だれのことだ……?)
しゅぽんっ!
ずんぐり大きなグレネード
「ごがっ! う、うわああぁぁぃ……」
小男は前のめりに倒れ、崖から海へと
宗介は何事もなかったかのように、ふたたび崖を登りはじめた。
(待っていろ、千鳥……!)
かなめの落ち着かない
「
そう言われても全然安心できないのだが、彼女としては、無理に作り笑いでもしているしかなかった。
「そ……そういえば柾民くん、病気で
「いえ。いまはそれほど……。病気といっても、
「あ、それ知ってる。
柾民は少したじろぎながらも、
「ぼ、僕の場合は、
「ふーん。立ち入った
「そ、それは……。かなめさんだからお話ししますが……」
「うん」
『ゆーてみ、ゆーてみ』と
「僕には、六つ年上の
「そーなの」
「ええ。その従姉妹と僕は、
「はあ……」
「美しい女性でした。ところがその従姉妹が、二カ月ほど前……
柾民は言葉を
それを見て、かなめははっとした。
(
なぐさめの
「彼女は突然……交通事故で知り合った花屋の店員と、
「…………は?」
敷地内の松林を進んでいくと、宗介の眼前にひょろりと背の高い男が現れた。
「ホーホッホッホッ! ここまで来るとは、見上げた変態ですね。だが、この私を倒すことはできるかな?」
男は
「この長いリーチを生かした、ムチのような
しゅぽんっ!
宗介の
「ま、待て……こら……」
(待っていろ、千鳥……!)
「いきなり、駆け落ちですよ?」
「つい先日、彼女からオランダの
「…………はあ」
要するに、
「あのー。心因性の病気の理由って、もしかして、それだけ?」
かなめがたずねると、
「『それだけ』ですって!?」
柾民は力いっぱい
「僕はもっとも
「でも、五歳の時の
「それでも約束は約束ですっ! 彼女は僕を
「お、おいおい……」
そのキレ
「……も、
かなめは思い切りたじろぎながら、
「まあ、思い出すだけでムカつくことはだれにでもあるし。べ、別にいいんじゃないの?」
柾民はほっと胸をなで下ろした。
「そう言っていただけると助かります。ああ、やっぱりかなめさんは
一気に
宗介が邸内に
「ヒュウッ!!」
うなるヌンチャクを、宗介は二度、三度としのいだ。飛びすさって
しゅぽんっ!
「ふっ、
どぱぁんっ!!
男の
「どはっ!!」
倒れた男は、驚きに両目を見開いて、
「く……恐ろしい
だが、宗介は
「いや……。ついうっかり、訓練弾と間違えて実弾を使ってしまっただけだ」
「おのれ……
がっくりと
(待っていろ、千鳥……!)
「な、何事だ……?」
柾民は
(ああ、ダメだったか……)
かなめはテーブルに
「わ、鷲尾っ!!」
返事はない。
「鮫島っ!!」
応答なし。
「豹堂っ!?」
柾民はごくりと
「か、かなめさん。ここを動かないで」
「え?」
「僕だって武器は持ってるんです。これさえあれば……」
柾民はポケットから最終兵器を取り出した。
「ま、柾民くん!?
かなめがいろんな意味で青くなっていると、
「ここにいたか……」
宗介はガラスの破片を踏みつけて、一歩、また一歩と近付いてくる。かなめが止めるより早く、柾民は
「う、うわああぁぁぁぁ~~~~~っ!!」
宗介めがけて
「ふっ……」
宗介は腰から特大グルカナイフを引き抜き、
「そ、そんな……!」
うろたえる柾民。宗介は静かな声で、
「
牛の首でも一撃で
「──こういう武器を選べ」
おごそかに告げる。その宗介の
ごすっ!!
かなめの
「千鳥。痛いじゃないか」
「うるさいっ! エラそうなゴタク並べて、中学生を
「なにを言う。俺は君を助けに来たんだぞ」
「あーそう。
「それより、
「だから何の話よ、それは!? あたしは彼とお茶してたの! だから
二人のやりとりを見て
「かなめさん。これは……?
「あ、あのね。説明しようとは思ってたんだけど……その、本当は……友達なの……」
自分のついた
「ひどいや……」
「ご……ごめんなさい」
「貴女だけは違うと思っていたのに。けっきょく僕をからかってたんですね……」
「そ、そんなつもりは……」
「だってそうじゃないですか。貴女を助けようと張り切ってた僕を、内心であざ笑って!裏切り、
かなめはまったく
「最低だ……。信じていたのに。貴女は僕の
いきなり宗介の
「ソースケ!?」
「……なんだかよくわからんが、騙される
「う、ううっ……」
「
「そういう問題じゃ……って、あ」
宗介はかなめの手をひき、バルコニーの手すりに足をかけた。その先は、海に面した
「ちょっと、まさか飛び降りる気じゃ……」
彼はかなめの問いには答えず、
「だが──ナイフ一本で俺に立ち向かった
『え……?』と、柾民は顔を上げた。
「いまの貴様に
ばっ!
宗介はかなめを
「っっっきゃああぁぁぁ~~~~~!!」
自由落下に
痛む頭をさすりつつ、鷲尾は三階のリビングへと入っていった。柾民がバルコニーに
「柾民さま、ご
「あそこだよ……」
彼が指さした先、はるか
「鷲尾。たしかに僕は、
「は?」
「隙を見せずに気迫を見せろ、か。そうでなければ、愛する女性さえ守れないんだ。きっと……」
などと、わけの分からんうちに
「おわびの手紙くらい、送らないとね……」
宗介の腕に抱かれたまま、かなめは言った。二人は直径数メートルのバルーンにぶら下がり、
「なぜ
「だって、きっと落ち込んでるもん。あの
「そうなのか」
「そうよ。あたしだって……。ソースケは、そーいうのなかったの?」
「
「言うと思った。……ところでソースケ。なんだかんだ言って、けっきょく、あたしを助けに来たんだったよね?」
「そうだ」
「……心配してくれたんだ」
「ああ」
かなめはすこし
「ごめんね」
「
「うん。ふふ……」
かなめは彼の肩に
〈鋼鉄のサマー・イリュージョン おわり〉
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