献身的な隣人
ウォンバットのデカケツ
献身的な隣人
ざわつく民衆を前に、我が研究所の長である博士が登壇した。思えばこの研究機関を立ち上げたのも博士と私からだった。迫る外敵から身を守るために、よりよい生活のために、選ばれし種を繁栄させるために、研究機関を設立した。
「我々には安心できるコミュニティが必要である」
「皆様には一家に一台、いや我々全員をサポートしてくれる愛情深く優秀で献身的な隣人が寄り添ってくれる、そんな未来が用意されてもいいはずだ」
博士の熱を帯びたプレゼンテーションは民衆の期待を膨らませた。長年、助手として働いていたが努力がついに実を結んだことに目頭が熱くなった。
「我々の生活はこの発明をもって一変するだろう」
「一度は想像したことがあるだろう。食事の用意、敷地内の清掃、身の回りの世話、そして最終的には労働も我々の代わりとなってこなしてくれる。そんな夢にみた生活が訪れるのです」
博士はこの5年以内に、成果を出すと民衆に約束した。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * *
「いやー、しっかり皆さんの心を掴んでいましたね。これで我が研究所の評価も鰻のぼりですよ」
「うなぎ、うなぎ……今晩は鰻だな」
「ちょっとー、緊張が解けて知能指数下がってますって」
登壇しているときとは打って変わって、普段通りのどこか抜けている博士に戻っていた。こういう時に助手として私が支えないといけない。
「先ほどのプレゼンの一部について聞きたいことがあるのですが、労働力の確保については頷けるのですが愛情という表現に疑問があります。具体的に博士にはどういうヴィジョンが見えているのでしょうか」
「うーむ。そうだなぁ、助手クンは”上位存在”という言葉を聞いたことがあるかい」
「あー、古き神々とか外宇宙の神みたいな創作物では……」
「うむ。それを作ってヨシヨシしてもらいたくて研究を始めた」
博士は清々しいほどに、あっさりと答えた。
「は!? さっきの感動的なプレゼンは何だったんですか。私は何年間もあなたといたのに、そんな研究理由初めて聞きましたよ」
あまりの衝撃に声を荒げてしまったが、当の本人はどこ吹く風というか少し照れている。
「いやー。上位存在にヨシヨシしてもらいたいだろ。全てを包み込むような愛を一身に受けたいだろ」
博士の異常な愛情、とまではいかないが不純な理由に付きあわされた事に憤慨して私は研究所を去った。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * *
研究所を去って5年の月日が経った。現役を引退した私は、病床に臥せていた。なんとなく分かるが、もう余命は幾ばくもない。
寝たきりになってから、ずっとあの日のことを考えていた。博士と袂を分かち、研究所を去った日のこと。
「博士はきっと寂しかったんだ。孤独を埋めるためにあんな研究を始めたんだ。そして、私はあの時受け入れるべきだった、今では深くそう思いますよ。私が博士の全てを受け入れる上位存在となるべきだったんです」
思ってもいないことが口の端から漏れる。いや、少しは思うところがあるのかもしれない。
どうしても最後に見た博士の照れている顔が忘れられない。また会いたい。
「ここにいたのか、助手クン」
願いに応えるかのように幻聴が聞こえてきた。
「探したぞ、まったく助手クンは手がかかるな」
「え、博士……なぜここに……どうして」
「いや、研究成果は最初に君に見てほしくてね」
博士は相変わらず飄々としていて思わずこちらの気が弛んでしまうオーラを醸し出していた。
「でも、私はいきなり研究所を去って、研究にも支障をきたしてしまったのに……」
「まぁまぁ、大変だったが5年も前の話だ。それに君は今でも私の助手だよ」
「博士……」
博士の深い愛にあてられて、視界が歪む。ポロポロと大粒の涙を流しながら話を戻す。
「それで、研究成果というのは?」
「入ってきなさい。アダム、イヴ」
「あぁ、あなたは天才だ。毛が生えてないのが見慣れませんが、我々より強く賢く逞しく見える」
「そうだ、これらは感情を有し、数を増やしていき遠い将来で我々の生活を豊かにしてくれる。ただ、どうにも改善できない問題点もあってな」
「問題点ですか、それは遠い将来という言葉が関係しているのでは?」
「流石、我が助手だ。アダムもイヴも寿命が長くてな我々の数倍は余裕で生きると想定している。それ故に、ながーい目で成果を見る必要がある」
アダムとイヴと呼ばれた”上位存在”は博士を撫でている。博士の夢は叶ったんですね。私も同じくらい嬉しかった。
「しかし、こんなにヨシヨシがいいものだとは……」
――こうして上位存在”人類”が誕生し、我々”猫”は未来でその恩恵を受けている。
献身的な隣人 ウォンバットのデカケツ @osushimogumogu
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