青井さん

 一週間後、私は青井さんに初めて会った。


 私が使っているシェアキッチンの最寄駅の改札前で待ち合わせをしたのだ。青井さんは人通りの多い駅前の喧騒の中で、私に向かってまっすぐ歩いて来た。まるで私を知っているようだった。


「青井七瀬です」


 ひょろっと背が高い青井さんは思ったよりも若く、二十代に見えた。ふわっとして癖のある黒髪の短髪だが、やや長い前髪が目にかかる。


 重そうに目を半分ほど隠してしまう目蓋。そんな眠そうな目の下には濃い隈だ。この隈がなければスマートで整った顔立ちと言える。隈のせいで印象が悪い。


 黒いウインドブレーカーのチャックを顎元まで引き上げた彼は両手をポケットにつっこんで猫背気味。顔色も青白くあまり健康そうには見えなかった。


 私は明るく告げた。


「は、はじめまして、西谷心葉です!いつもお買い上げありがとうございます!」

「はい、こちらこそいつも助かってます」


 猫背でも私を見下ろすほど背が高い青井さんは淡々と言葉を発する。重そうな目蓋をした目だが、眼光は鋭い。


 それにしても反応が薄い。とてもいつも助かっていますという顔ではない。真顔だ。表情筋があまりお仕事しないタイプなのか。


「それであの、事件を解いてくれるって……本当ですか?」


 ネットショップを経由して知り合った、顔も知らない、いわば得体の知れない知り合いだ。初対面なので人通りの多い場所を選んだ。オフ会では警戒も大事。とネットの記事を読んで感心して参考にした。


 青井さんがこくりと頷くと黒髪がふわりと揺れた。


「本業は探偵ですが、幽霊事件を解くのは私のライフワークです。この世に幽霊事件なんて、ありえませんから」


 強い意志がこもった言葉のように聞こえた。私のイメージする探偵というのは論理に基づいて推理をしたりする仕事だ。現実派の頂点とも言える。


 こういう人に、私には幽霊が視えるなんて言っても信じないのはわかる。まあ誰にも言わないのだが。


 実はもう、青井さんの後ろに男の子が憑いているのが私には視えていた。


 男の子、と言っても中学生くらいで青井さんの胸くらいの身長がある。金髪で青い目をしている。外国人だろう。


 だが、私は彼を視界に入れないようにする。金髪幽霊少年に、私が視える人だと悟られたくなかった。


 青井さんが腰を屈めて、私の顔を凝視する。見透かされるような眼力が強い。


「心葉さんの力になれると思います。すでに映像を確認していて推測は立っているので、あとは現場を見れば終わりです」

「え、終わり?」

「はい、確認だけです。シェアキッチンの現場を見せてもらえますか」


 私が目をぱちくりする間、青井さんは私を凝視して瞬き一つしなかった。真顔怖い。


 青井さんと共にシェアキッチンへと向かった。比較的新しい駅前ビルのワンフロアを使ったシェアキッチンだ。フロア入口にある受付には事前に連絡を入れていたので、いつも私が使っているキッチンスペースをすぐに見せてもらえた。


「動画と同じ場所ですね」


 ピカピカのステンレスキッチンを前にした青井さんの、半分目蓋を閉じたような目に確認される。


「このキッチン以外を使ったことないです!」


 きっちり元気に返事をしていないと青井さんの陰気な感じに引きずられてしまう。真顔から何も読み取れないのが辛い。


 青井さんはこつこつ足音を立てながらキッチンを隅から隅まで歩く。キッチンの側に置いたステンレスの作業台の周りをくるりと回って、天井を見上げて立ち止まった。監視カメラと天井を交互にじっと見つめる彼の目の下の隈が目立つ。一体何を考えているのだろうか。


 私もきょろきょろと青井さんに憑いていた金髪少年を探す。


 彼はふわふわ浮いてキッチンから出て行った。遊びに行ったのだろうか。幽霊は基本的に特定の人に憑いているのだが、自由に移動もできる。青井さんから声がかかった。


「直近で、このエアコンの掃除を行ったのがいつか知っていますか」

「エアコンの掃除?」


 青井さんはじっと天井を見上げ、天井に埋め込み型のエアコンが二台並んでいるのを凝視している。私は首を捻った。


「たしか、三週間前かな?掃除したてですよって言われたような……」

「掃除の次の日に撮られたのが、あの幽霊動画ではないですか」


 青井さんは長い足でこつこつ歩いて、キッチンの壁にあるエアコンのスイッチを入れた。


「そうです……けど、どうしてそんなことわかるんですか」

「エアコンの掃除をしたあとに、ひょろっとホコリが後から出てくる現象がよくあります」

「ホコリ?それが動画に映っていた白い影の正体ってことですか?」

「そうだと思っています」


 青井さんは作業台の側に移動して、ひょろっと長い手を上に持ち上げた。もう片方の手にはスマホだ。


「何してるんですか」

「エアコンの風を手で確認しています。風向自動運転にした場合、風がどれくらいに一度の頻度で、同じ場所に風を送ってくるか調べます。のんびりしたエアコンだと思いますよ。おそらく7分おきです」


 どうしてそんなことわかるんだ、が私の頭の中で渋滞している。スマホで時間を計っているらしい。


「私がこれを調べている間に、ここの受付で聞いてきて欲しいことがあるのですが」


 私は青井さんの指示を受けて、シェアキッチンの受付にあることを問い合わせに向かった。


 シャアキッチンの受付には青井さんに憑いている金髪少年がいた。ここにお出かけだったのか。受付の女性の前でふわふわ浮かんでいて、彼はにこやかに微笑む。


「僕が生きてたら、お姉さんをカフェに誘ったのになぁ~」


 幽霊少年の独り言が聞こえてくる。身体があれば受付に佇む綺麗で品のあるお姉さんをナンパしたかったらしい。


 彼は外国人特有の鼻筋が通った目鼻立ちでありながら、目が丸くて大きくて愛らしい。さらさらの金髪は短く整っていて爽やかだ。まだ少年のあどけさが残る彼は存命ならモテた部類だろう。


 私のことはナンパしてくれなかったので、綺麗なお姉さん枠に当てはまらなかったのかもしれない。幽霊に興味なんて持ってもらえなくていいんだけど!


 私は金髪少年をスルーして用事を済ませ、青井さんの元に戻る。青井さんはもうエアコンのスイッチを切るところだった。検証は済んだようだ。


「どうでしたか」

「掃除の人が覚えてました!エアコンから伸びていたひょろっと長いホコリを取ったって!」

「はい、解決です。ホコリが出たのはシェアキッチンの管理不足。心葉さんの責任ではありません。しかも映像にそのホコリが映っているということは大福の中にそのホコリが混入したこともありません。衛生面に問題はなし」


 青井さんは黒のウインドブレーカーのポケットに両手を突っ込んだまま、どんどん話を進めていく。


「動画で白い影、つまりホコリが映るのは7分おき。ここのエアコンも7分おきに風が回ります。エアコンの風に揺らされてエアコンからぶら下がるホコリが何度も画面に映りこんだ。白く見えるのは光の反射です。以上です」

「すご……!」


 あっという間に白い影の正体が暴かれ、きちんと証拠も揃った。私は拍手して彼の推理を称賛した。本職の探偵さんは頭の回転が速い。しかし心葉にはもう一つ不可解なことがあった。


「白い影はわかりましたけど、同じタイミングで私の大福を食べた人がお腹が痛くなったっていうのは……?」

「それは簡単です。私にも経験がありますので」

「え!」

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