決定権

岸亜里沙

決定権

僕は外食をすると、いつもメニューとにらめっこだ。

数あるメニューの中から、自分の食べたいものを見つけるのに、何十分とかかる。

子供の頃からそうだった。

別にアレルギーがあり、それを気にして悩んでいるとかじゃない。

僕はどんなものを食べても美味しく感じるし、嫌いな食材は何一つとして無かった。

友達は、僕があまりにもメニューを選ぶのに時間がかかるので、今じゃほとんど僕を誘わない。

だから僕はいつも一人で外食をする。

まあ、その方が気楽でいいし。


これはこの前、出張先で立ち寄ったラーメン屋での話だ。

凄く年季の入った看板を背負い、ひっそりと佇むそのお店は、何世代も続く老舗のようだった。

「へい、いらっしゃい」

僕が暖簾のれんをくぐると、年老いた店の主人がこちらを見て、威勢のいい声をあげる。

カウンター席に座りメニューを探す。

しかしどこにもメニューが書かれていなかった。

「あの、メニューは?」

僕は店の主人にたずねる。

「うちは正油ラーメンしか置いてねえよ」

そう言って店の主人は笑う。

まさかこの令和の時代に、正油ラーメン一択のラーメン屋が生き残っていたのかと思うと感慨深かったが、僕は急に悩んできた。

何に悩んだのかといえば、悩みがない事に悩んだのだ。

せめて正油ラーメンと味噌ラーメンがあれば、そこで悩むことは出来たが、このお店は正油ラーメン一択で悩むポイントがない。

楽でいいのかもしれないが、僕はメニューを見て悩みたかった。


僕は何も注文をせず、そのお店をあとにした。

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決定権 岸亜里沙 @kishiarisa

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