『双月のヴェール ~秘密の誓いと運命の花~』

ソコニ

第1章「名門の娘と月の巫女」




プロローグ「双月の夜に」


二つの月が重なる夜、世界は大きく歪む。


空気が凍りつくような静寂が訪れ、古の魔法が息づく聖なる場所では、時が止まったように見える。地下深くに眠る禁忌の魔導科学は目覚め、そして運命の歯車が、新たな1ページを刻み始める。


帝国暦989年。魔法文明が徐々にその輝きを失い、新たな科学技術が台頭してきた時代だった。錬金術に代わって蒸気機関が力を持ち始め、古き魔導の叡智は、日に日にその影を薄めていった。


帝都エルミナスの大聖堂では、歯車と蒸気管が這う柱の間を、銀髪の少女が静かに歩いていた。真夜中の祈りを終えた巫女の姿。儀式用の白い衣には、古代の紋様が刻まれている。


月光がステンドグラスを通り抜け、幻想的な光の帯となって床に映る。少女は立ち止まり、天窓の向こうに浮かぶ二つの月を見上げた。


大きな蒼月と、小さな紅月。


古の予言では、二つの月は世界の均衡を司る存在とされている。その二つが重なる時、世界は大きな転換点を迎えるという。


少女の胸元の水晶が、かすかに青く光った。その瞬間、大聖堂の地下深くから、機械仕掛けの時計の音が響き始める。通常とは異なる不規則な音色が、何かの予兆のように鳴り続けた。


「もうすぐ、なのですね」


少女は誰に語りかけるでもなく、静かにつぶやいた。その声には、諦めと希望が交錯していた。


大聖堂の外では、蒸気機関の動力で動く路面電車が走り、工場群の煙突からは白い煙が立ち昇っている。街のいたるところで、歯車の軋む音が鳴り、新しい時代の息吹が満ちていた。


そんな科学技術の進歩の中で、古い魔法の痕跡は確実に薄れつつあった。錬金術師たちは研究所で実験に没頭し、魔導具は博物館の展示品となり、古い予言は民話として語られるようになっていた。


しかし、この世界にはまだ、人知の及ばない神秘が残されている。


二つの月の導きにより、やがて世界は大きく動き出す。魔法と科学の境界が揺らぎ、新たな力が目覚め、そして運命に導かれた少女たちの物語が始まろうとしていた。


大聖堂の鐘楼では、魔導式自動時計が深夜零時を告げている。その音が鳴り止むと同時に、二つの月の光が重なり、世界は一瞬、青い輝きに包まれた。


全ては、その夜に始まったのだ。


魔法が消えゆく世界で、科学が台頭する時代に、古の予言が目覚め、運命に導かれた少女たちの物語が幕を開ける。


それは、愛と革命の物語。

二つの月が照らす、魂の輝きの記録。


大聖堂に残された巫女の足跡が、かすかに青く光を放っている。明日という日が、新たな運命の始まりとなることを、誰も予想してはいなかった。







第1話「追放」


朝もやの立ち込めるヴァレンティア伯爵家の館。重厚な扉の向こうから、静かな物音が聞こえていた。


「お嬢様、もうお時間でございます」


召使いの声に、アイリス・ヴァレンティアは深いため息をついた。まだ夜明け前。窓の外では、街灯の魔導灯が青白い光を放っている。新しい機械式の照明に切り替わる前の、最後の魔法の名残だった。


「ええ、分かっています」


鏡に映る自分の姿を最後に確認する。琥珀色の瞳と金色の長い髪。完璧に整えられた貴族の装いは、これから向かう場所にはそぐわないかもしれない。それでも、ヴァレンティア家の誇りだけは、最後まで守り通すつもりだった。


アイリスは化粧台の引き出しを開け、母の形見の指輪を取り出した。中央に埋め込まれた青い宝石は、かつて魔法の力を宿していたという。今では単なる装飾品だと言われているが、手に取ると不思議と心が落ち着く。


「お嬢様、本当にこのままで」


老執事のヘンリーが、心配そうな目で見つめている。彼は30年以上、この館で働いてきた。アイリスの母が、まだ若き令嬢だった頃から仕えてきた、家族同然の存在だった。


「ええ、これが私の決意です」


アイリスは微笑んで答えた。突然の婚約破棄。そして、辺境の修道院への追放。表向きは、敬虔な信仰心を深めるための「修行」とされている。しかし、それが口実に過ぎないことは、誰の目にも明らかだった。


「帝都を遠く離れた修道院とはいえ、名門シュタインベルグ家との婚約破棄の真相を、きっと見つけられるはず」


アイリスは静かに呟いた。三ヶ月前、突如として通告された婚約破棄。シュタインベルグ家からの一方的な通告だったが、その背後には帝国からの圧力があったという噂も囁かれている。


「でも、まだ17歳のお嬢様を、あのような場所へ...」


執事の声が震えていた。アイリスの父は帝都に残るというのに、なぜ娘だけがこのような運命を辿らねばならないのか。館の使用人たちの間でも、様々な憶測が飛び交っていた。


「ヘンリー」


アイリスは静かに執事の言葉を遮った。


「私は、逃げも諦めもしません。必ず、真実を見つけ出してみせます」


その声には、年齢以上の覚悟が滲んでいた。ヴァレンティア家の跡取りとして完璧な教育を受け、誰もが将来を嘱望していた彼女が、なぜこのような運命を辿ることになったのか。その真相は、まだ闇の中に隠されていた。


窓の外で、霧が晴れ始めている。馬車の用意を告げる音が、静かな朝の館に響いた。新式の蒸気自動車ではなく、伝統的な馬車での旅立ち。それもまた、表向きは「修行」という建前を保つための演出なのだろう。


「行きましょう」


アイリスは背筋を伸ばし、颯爽と部屋を出た。廊下では従者たちが深々と頭を下げる。その表情には、悲しみと申し訳なさが混ざっていた。主の娘をこのような形で送り出すことへの、痛切な後ろめたさ。


「皆さん、本当にありがとう。これまでのご奉仕、心より感謝申し上げます」


アイリスは一人一人に丁寧な挨拶を返した。それは単なる礼儀ではない。館で過ごした日々への、心からの感謝の言葉だった。


玄関に向かう廊下の壁には、代々のヴァレンティア家当主の肖像画が並ぶ。最後の曲がり角で、アイリスは立ち止まった。


「母上」


10年前に亡くなった母の肖像画に、最後の別れを告げる。優雅な微笑みを湛えた母の姿は、まるで今にも語りかけてきそうだった。母もまた、この館を去る時、同じような思いだったのだろうか。


(きっと、あの修道院には何かある。そして私は、それを見つけ出してみせます)


アイリスは固く誓った。彼女はまだ知らない。その決意が、やがて世界の運命すら揺るがす物語の始まりとなることを。


朝もやの向こうで、青白い月がまだ空に残っていた。もう一つの月は、水平線の果てに沈もうとしている。二つの月が織りなす神秘的な光が、旅立ちの時を静かに見守っていた。


玄関に並べられた荷物は、驚くほど少なかった。必要最小限の衣類と、数冊の思い出の書物。そして、母の形見の指輪。これから始まる新しい人生に、アイリスが持って行くことを許されたものは、それだけだった。


「では、参りましょう」


アイリスは最後に館を振り返った。朝日に照らされ始めた白亜の建物が、まるで絵画のように美しい。この光景を、しっかりと心に刻み付ける。


「お嬢様、どうかお気をつけて」


ヘンリーの声が、静かに響いた。アイリスは頷き、凛として馬車に乗り込んだ。


扉が閉まり、車輪が動き出す。これが、新たな物語の始まりとなることを、誰も予想してはいなかった。







第2話「黄昏の道程」


馬車は帝都の石畳を走り抜け、郊外へと向かっていた。窓の外には、時代の変遷を物語る景色が流れていく。


新型の蒸気機関を誇る工場群が立ち並ぶ一方で、古の魔導師たちが建てた尖塔は今や博物館となっていた。かつて魔法の力で空を舞ったという飛行艇は、今では蒸気エンジンを搭載して航路を行き交う。


「東方のサン・ミューレル修道院まで、およそ三日の道程でございます」


御者が告げる。アイリスは黙って頷いた。その修道院は、古くから双月信仰の聖地として知られる場所。しかし近年は、その厳格な戒律から、懲罰的な「更生施設」としての噂も囁かれていた。


馬車が大通りから外れると、突如として轟音が響き渡る。線路の上を、巨大な蒸気機関車が疾走していた。黒煙を上げながら走り去る鉄の巨人に、アイリスは複雑な思いを抱く。


「魔法が消えゆく時代」


父がよくそう語っていた言葉を、アイリスは思い出していた。しかし、本当に魔法は消えゆくのだろうか。母の形見の指輪が、かすかに温もりを帯びる。


街道に出ると、景色は一変した。舗装された道路は次第に土の道となり、近代化の波から取り残されたような田園風景が広がっていく。時折、壊れた魔導灯が道端に佇んでいた。


「お嬢様、そろそろ休憩を」


付き添いの侍女メアリーが声をかける。アイリスが頷くと、馬車は小さな宿場町へと入っていった。


宿場町の広場では、行商人たちが露店を並べている。魔導具の修理を請け負う職人の傍らでは、新式の機械仕掛けの時計を売る商人が声を張り上げていた。


「見てくださいこの正確さ! もう魔法の力なんて必要ありません!」


その声に、老魔導師が悲しげな表情を浮かべる。アイリスは思わず足を止めた。


「職人さん、この指輪を見ていただけますか?」


母の形見の指輪を取り出すと、老魔導師の目が輝いた。


「これは...セレスティアル・サファイア。かつては強い魔力を宿していた宝石です」


魔導師は懐かしむように指輪を眺めた。


「今でも、温かみを感じることがあるのです」


アイリスの言葉に、老人は意味ありげな表情を浮かべた。


「魔法は消えてはいない。ただ、眠っているだけです。そして時として、相応しい者の前で目覚めることがある」


老人の言葉は、どこか予言めいていた。返された指輪は、確かにいつもより暖かく感じられた。


休憩を終えて再び馬車に乗り込むと、空模様が怪しくなってきた。遠雷が轟く中、御者が馬を急かす。


「嵐の前に、できるだけ進んでおきましょう」


しかし天候は急速に悪化していった。灰色の雲が覆い被さり、突風が馬車を揺さぶる。御者が必死に馬を制御する中、道端の古い石碑が目に入った。


「サン・ミューレル修道院領」


風雨が強まる中、ようやく一行は修道院の門前に辿り着いた。雨に煙る景色の中、巨大な建物が威圧的な存在感を放っている。


古い石造りの壁には、蒸気管が這うように取り付けられていた。近代化の波は、この聖域にも及んでいたのだ。だがその姿は、どこか不自然で、まるで古い魔法の力と新しい科学の力が、互いを牽制するかのようだった。


「ようこそ、ヴァレンティア令嬢」


門が開くと、厳かな声が響いた。嵐の合間に、一瞬だけ双月の光が差し込む。


アイリスは深く息を吸い、背筋を伸ばした。これが新しい生活の始まり。そして、きっと何かの終わりでもある。


「お待ちしておりました」


黒衣の修道女が、静かに出迎えた。その瞳の奥に、アイリスは何か計算するような冷たさを感じ取っていた。






第3話「月光の巫女」


「これがあなたの部屋です」


黒衣の修道女が、小さな木製の扉を開いた。石造りの壁に囲まれた質素な部屋。窓際には古びた机が一つ、ベッドは修行者用の固いものだった。アイリスが今まで過ごしてきた環境とは、あまりにも異なっている。


「日課表です。明日からこれに従って生活していただきます」


渡された羊皮紙には、びっしりと時間割が記されていた。夜明け前の祈りに始まり、夜の祈りで終わる厳格な日程。その合間には、修道院の維持に必要な労働が組み込まれている。


「本日はご到着が遅くなりましたので、夕食後すぐに就寝となります」


そう告げると、修道女は静かに部屋を出て行った。残されたアイリスは、重いため息をつく。


「まるで、牢獄のよう」


しかし、そんな言葉を口にした直後、不思議な音が聞こえてきた。


かすかな歌声。


どこからともなく響いてくる澄んだ声に、アイリスは思わず耳を傾けた。古い祈りの言葉を紡ぐその歌声には、魔法のような力が宿っているかのようだった。


(これは...)


興味をそそられたアイリスは、音の源を探して部屋を出た。薄暗い廊下を、歌声を頼りに進んでいく。


修道院の内部は迷路のように入り組んでいた。天井から垂れ下がった蒸気管が、まるで生き物のように這っている。その先では、古い魔導灯が青白い光を放っていた。


歌声は次第に大きくなっていく。そして、ある扉の前で止まった。


中庭に面した小さな礼拝堂。扉の隙間から、月明かりが漏れていた。


そっと覗き込むと、息を呑むような光景が広がっていた。


祭壇の前で、一人の少女が祈りを捧げている。銀白の髪が、月光に輝いていた。


儚げな美しさを持つ少女。純白の巫女装束には、古代の紋様が刻まれている。その姿は、まるで月光から生まれた精霊のようだった。


(綺麗...)


アイリスは思わず見惚れてしまう。と、その瞬間。


「誰...?」


少女が振り返った。淡い青紫の瞳が、月明かりに揺らめく。


「申し訳ありません。歌声に惹かれて...」


アイリスは慌てて謝罪しようとしたが、少女は静かに首を横に振った。


「大丈夫です。ただ...誰かに聞かれるのは、初めてでした」


その声には、どこか寂しげな響きがあった。


「私はアイリス・ヴァレンティア。本日、この修道院に来たばかりです」


「ルナ...私の名前は、ルナ・ノクターンです」


少女は、そっと微笑んだ。その表情には、人を寄せ付けない孤独さと、どこか安堵のような感情が混ざっていた。


その時、遠くで鐘の音が鳴り響く。


「あ...もう、この時間」


ルナは慌てたように立ち上がった。純白の装束が、月明かりに揺れる。


「また、お会いできますか?」


アイリスは思わず声をかけていた。ルナは一瞬躊躇したように見えたが、かすかに頷いた。


「でも...気をつけてください。ここでは、私と話をするのは...」


言葉の続きを告げることなく、ルナは静かに礼拝堂を後にした。その姿が闇に溶けるように消えていく。


後には、かすかな歌声の余韻と、何かが始まろうとしている予感だけが残された。


アイリスは自室に戻りながら、先ほどの出会いを思い返していた。ルナ・ノクターン。その名前を繰り返し心の中で呟く。


窓の外では、双月が重なろうとしていた。その青い光が、アイリスの持つ指輪に反射して、不思議な輝きを放っている。


(きっと、これは偶然じゃない)


母の形見の指輪が、かすかに温もりを帯びた。それは、まるで何かの予兆のようだった。


アイリスはまだ知らない。この出会いが、やがて世界を揺るがす物語の始まりとなることを。そして、その夜の祈りが、二人の運命を永遠に結びつける最初の糸となることを。




第4話「不穏な気配」


夜明け前の鐘の音が、修道院に響き渡る。


アイリスは既に目覚めていた。昨夜の出会いが、まるで夢のように思える。しかし、確かにあの銀髪の少女は実在した。ルナ・ノクターン。その名を思い出すだけで、胸が高鳴る。


「おはようございます、ヴァレンティア様」


黒衣の修道女が現れ、簡素な修行着を差し出した。アイリスは無言で受け取る。着替えを済ませ、他の修行者たちと共に朝の祈りへと向かう。


大聖堂は、薄暗い朝もやに包まれていた。天井から垂れ下がる蒸気管が、不規則な音を立てている。古い魔導灯は、今朝は妙に明るく輝いているように見えた。


祈りの間、アイリスは周囲を観察していた。整然と並ぶ修行者たち。しかし、ルナの姿はそこにはない。


「今日から、あなたにも労働が割り当てられます」


祈りの後、セラフィナ院長が告げた。50歳前後の女性。厳格な表情の下に、何か重いものを抱えているような影が見える。


「図書館の整理をお願いします。古い文書の目録作成です」


その言葉に、アイリスは内心で微笑んだ。図書館なら、きっと何かの手がかりが見つかるはずだ。


しかし、案内された図書館は期待を裏切るものだった。


「これが...図書館?」


埃まみれの書架が、薄暗い空間に並んでいる。大半は教典や祈祷書。古い文書は確かに多いが、それらは厳重に施錠された書架の中にあった。


「鍵は、私が管理しています」


案内役の修道女が告げる。アイリスは表情を変えずに頷いた。


作業は単調だった。しかし、アイリスの目は休まることなく周囲を観察していた。書架の配置、扉の位置、修道女たちの動き。そして、不自然な壁の形状。


(この図書館、どこか様子がおかしい)


昼食の時間。アイリスは他の修行者たちと共に、質素な食事を取った。会話は許されていない。しかし、その沈黙の中にも、何か異様な緊張が漂っていた。


「あの方は、どなたですか?」


食後、アイリスは案内役の修道女に尋ねた。窓の外で、白い装束の人影が通り過ぎるのを見かけたのだ。


「気にしてはいけません」


修道女の声が、わずかに震えた。


「特別な...お方です」


それ以上の説明はなかった。しかし、その反応自体が多くを語っていた。


午後の作業中、アイリスは「偶然」を装って、図書館の様々な場所を歩き回った。特に、不自然な壁の周辺を重点的に。


そして、発見した。


古い魔導灯の台座の下に、かすかな隙間。そこから、冷たい風が漏れていた。


「地下に、何かある」


確信めいた思いが、胸の中で膨らむ。同時に、母の形見の指輪が、わずかに温もりを帯びた。


夕暮れ時、図書館での作業を終えたアイリスは、自室に戻る途中で、不思議な光景を目にした。


中庭に面した廊下で、ルナが一人、窓辺に佇んでいた。夕陽に照らされた銀髪が、まるで炎のように輝いている。


「ルナさん...」


声をかけようとした瞬間、ルナの背後に黒い影が現れた。セラフィナ院長だった。


「戻りなさい」


その声には、慈愛と威圧が混ざっていた。ルナは何も言わず、うつむいて立ち去っていく。


院長の視線が、アイリスに向けられた。


「余計なことには、手を出さないことです」


警告とも忠告ともつかない言葉。しかし、アイリスの決意は、むしろ強まっていた。


夜の祈りを終え、自室に戻ったアイリスは、今日発見したことを整理していた。図書館の秘密の通路。ルナを取り巻く不可解な状況。そして、セラフィナ院長の態度。


(全て、何かに繋がっているはず)


窓の外では、双月が輝いていた。その光を受けて、指輪のサファイアが青く明滅する。


まるで、何かを告げようとしているかのように。





第5話「秘密の図書館」


深夜の図書館は、別の顔を持っていた。


月明かりが高窓から差し込み、書架の影を長く伸ばしている。アイリスは息を殺して、昼間に見つけた魔導灯の台座に近づいた。


(やはり)


台座の下から、かすかな光が漏れている。アイリスが手をかざすと、母の形見の指輪が青く輝きだした。


「まさか...」


試しに指輪を台座の窪みに近づけると、カチリという小さな音が響いた。同時に、背後の書架がゆっくりと動き出す。


「魔法の鍵...」


アイリスは目を見開いた。科学技術が台頭する時代に、まだこのような古式の魔法仕掛けが使われているとは。


現れた通路は、地下へと続いていた。階段を降りると、そこには想像を超える光景が広がっていた。


「こんな場所が...」


古の魔法文明の遺産とも言うべき、巨大な地下図書館。天井まで届く書架には、魔導書や古文書が並んでいる。その合間を、不思議な光を放つ魔導灯が浮遊していた。


「双月の巫女、その歴史と...」


手に取った本の表紙を読み上げかけた時、背後で物音がした。


アイリスは急いで陰に隠れる。足音が近づいてくる。そして...


「アイリスさん...?」


月光のような銀髪が、闇の中で輝いた。


「ルナさん」


二人は、思わず見つめ合った。


「あなたも、この場所を」


ルナの声には、驚きと共に安堵の色が混ざっていた。


「ええ。この修道院には、たくさんの謎がある。そして、あなたもその一つ」


アイリスの率直な言葉に、ルナは一瞬たじろいだ。しかし、すぐに静かな決意の表情を浮かべた。


「見せたいものがあります。ついてきてください」


ルナは奥へと歩き出した。アイリスは迷うことなく、その後を追う。


地下図書館の最深部。そこには、巨大な星図が壁一面に描かれていた。その中心には、二つの月が描かれている。


「これが、双月の巫女の...」


ルナの言葉は途中で途切れた。代わりに、彼女の胸元の水晶が、青く光り始める。


「ルナさん?」


その瞬間、星図全体が淡い光を放ちだした。同時に、アイリスの指輪も強く輝き始める。


「この反応は...」


二人の持つ魔法の力が、呼応するように光を放つ。その幻想的な光景の中で、ルナが静かに語り始めた。


「私は、この修道院で生まれ育ちました。そして、双月の巫女として...特別な運命を背負わされているのです」


その声には、深い孤独と諦めが滲んでいた。


「特別な運命」


アイリスは、その言葉を静かに反芻した。腕に鳥肌が立つのを感じる。直感的に、それが単なる修行以上の、重大な意味を持つことを悟った。


「誰にも話してはいけなかった。でも、アイリスさんには...」


ルナの言葉が途切れた時、遠くで物音が聞こえた。二人は反射的に身を隠す。


「誰かが来ます。早く」


ルナに導かれ、二人は別の通路から地上へと戻った。それは小さな礼拝堂の裏側に繋がっていた。


「また、会えますか?」


別れ際、アイリスは思わず尋ねていた。


「...真夜中の礼拝堂で」


ルナはそっと頷き、月光の中へ消えていった。


自室に戻ったアイリスは、今夜の出来事を整理していた。地下図書館の発見。星図の神秘的な反応。そして、ルナの告白。


(私に話そうとした真実は、一体...)


窓の外では、双月が重なろうとしていた。その光は、まるで二人の運命を予言するかのように、青く輝いている。


指輪のサファイアが、かつてない強さで温もりを放っていた。







第6話「約束の夜」


真夜中の礼拝堂は、静寂に包まれていた。


月明かりがステンドグラスを通り抜け、床に幻想的な模様を描いている。アイリスは息を殺して、約束の場所へと足を進めた。


昼間の修道院は、相変わらず厳格な規律に支配されている。図書館での作業中も、黒衣の修道女たちの監視は緩むことがなかった。それでも、アイリスは地下図書館で見つけた古文書の断片を、確実に記憶に刻んでいた。


「来てくださったのですね」


振り返ると、ルナが月光の中に立っていた。純白の巫女装束が、闇夜に浮かび上がる。


「約束だもの」


アイリスは微笑んで答えた。その表情には、これまでにない柔らかさが宿っていた。


「見つけたの。双月の巫女についての記述を」


アイリスの言葉に、ルナの表情が僅かに翳る。


「それは...」


「古い予言があるのね。双月が重なる時、巫女の力が世界の運命を変えるという」


月光の中で、ルナの銀髪が揺れた。その瞳に、深い苦悩の色が浮かぶ。


「その通りです。でも、それは...」


突然、廊下に足音が響いた。二人は反射的に身を隠す。巡回の修道女が通り過ぎるのを、固唾を呑んで待った。


「ここでは危険です。来てください」


ルナはアイリスの手を取り、礼拝堂の奥へと導いた。祭壇の裏には小さな扉があり、それは狭い螺旋階段へと続いていた。


「この場所なら」


案内された先は、小さな塔の一室。そこからは修道院の中庭が一望できた。


「私の...お気に入りの場所です」


ルナの声には、珍しく温かみがあった。


「ここで毎晩、双月を観測するのです」


窓辺には古い望遠鏡が据えられ、その周りには星図や観測記録が散らばっていた。それは単なる趣味以上の、何か重要な意味を持つ作業のようだった。


「記録を取っているの?」


「はい。双月の運行には、特別な意味が...」


その時、ルナの胸元の水晶が突如として青く輝きだした。同時に、アイリスの指輪も反応する。


「また、この現象」


前回の地下図書館での出来事を思い出す。二人の持つ魔法の力が、互いに呼応するかのような反応。


「私たちの力には、何か関係が」


ルナが言葉を続けようとした時、塔全体が僅かに震動した。


「これは...」


窓の外を見ると、修道院の地下から不自然な光が漏れていた。その瞬間、ルナの表情が強張る。


「もう、その時間」


「ルナさん?」


「行かなければ...儀式の」


言葉の続きを告げることなく、ルナは立ち上がった。その動作には、何か切迫したものが感じられた。


「また、来てもいいですか?」


アイリスの問いに、ルナは僅かに躊躇した後、小さく頷いた。


「でも、気をつけて。誰にも気付かれてはいけません」


その警告には、単なる規律以上の、切実な響きがあった。


自室に戻ったアイリスは、今夜見聞きしたことを整理していた。双月の予言。ルナの観測。そして、地下での不可解な儀式。


(全ては繋がっているはず)


窓から覗く双月は、いつもより近づいて見えた。その光を受けて、指輪のサファイアが青く明滅する。


まるで、迫り来る運命を予感させるかのように。


アイリスはまだ知らない。この夜の出来事が、想像を超える真実への第一歩となることを。そして、その真実が、二人の運命を永遠に変えてしまうことを。







第7話「儀式の影」


その日の夕刻、図書館での作業中にアイリスは異変に気付いた。


普段は静かな地下から、低い振動が伝わってくる。机の上の古文書が、かすかに震えていた。


(また、あの振動)


昨夜、ルナが慌てて去った時と同じような。アイリスは周囲を確認する。監視の修道女たちの様子が、どこかそわそわしていた。


「本日の作業は、ここまでです」


いつもより早い終了の告知。他の修行者たちは言われるまま、静かに図書館を後にしていく。


(チャンス)


アイリスは、意図的に古文書の整理に手間取るそぶりを見せた。やがて図書館には誰もいなくなる。


素早く魔導灯の台座に近づき、指輪をかざす。扉が開くと、地下からは確かに物音が聞こえてきた。


「行ってみましょう」


階段を降りる足音を消しながら、アイリスは地下図書館の奥へと進んでいった。振動は次第に大きくなり、どこからともなく歌声が聞こえ始める。


(この声は...ルナさん?)


星図の間を過ぎ、さらに奥へ。そこには、これまで気付かなかった通路があった。


通路の先で、青い光が揺らめいている。アイリスは壁に身を寄せ、そっと先を窺った。


「...!」


目の前に広がっていたのは、巨大な儀式の間だった。


古代の魔法陣が床一面に刻まれ、その中心には祭壇が据えられている。天井からは無数の蒸気管が垂れ下がり、まるで生きた蛇のように脈動していた。


祭壇の上で、ルナが祈りを捧げていた。純白の装束が、魔法陣の光を受けて幻想的に輝いている。その歌声は、この世のものとは思えないほど澄んでいた。


周囲には黒衣の修道女たちが円陣を組み、詠唱を捧げている。その中心に、セラフィナ院長の姿があった。


「力の覚醒まで、あと僅か」


院長の言葉が、冷たく響く。


その瞬間、ルナの胸元の水晶が強く明滅し始めた。同時に、アイリスの指輪も反応する。


(危ない!)


アイリスは急いで指輪を握りしめた。その光が、自分の存在を露見させるところだった。


「痛っ...」


しかし、指輪が突如として熱を持ち始める。その熱は、まるで何かを訴えかけるかのようだった。


儀式の間では、ルナの周りの魔法陣が次第に輝きを増していく。その光は、彼女の体から何かを引き出そうとしているかのように見えた。


「くっ...」


苦痛に顔を歪めるルナ。その姿に、アイリスは思わず身を乗り出しそうになる。


「耐えなさい。これも全て、定められた運命」


セラフィナの声は、どこか悲しげだった。


(運命...?)


アイリスの中で、不穏な予感が膨らむ。これは単なる儀式ではない。もっと重大な、そして残酷な意味を持つものではないのか。


突然、ルナが崩れ落ちそうになった。修道女たちが慌てて支える。


「本日は、ここまで」


セラフィナの声で、儀式は終了となった。魔法陣の光が徐々に薄れていく。


ルナは力なく祭壇から降ろされ、修道女たちに支えられながら部屋を出ていった。その蒼白な表情に、アイリスは胸が締め付けられる思いだった。


(あれは、拷問に近い)


アイリスは陰に隠れたまま、全てが静寂に戻るのを待った。やがて、儀式の間から全員が去っていく。


残されたのは、消えかけた魔法陣の余韻と、重苦しい空気だけ。


「ルナさん...」


アイリスは固く拳を握りしめていた。彼女の運命を定めているもの、その正体は一体何なのか。そして、この残酷な儀式の目的とは。


(必ず、真相を)


自室に戻る途中、アイリスは決意を新たにしていた。同時に、この発見が自分とルナの関係を、取り返しのつかない方向へ導くことになるとも、予感していた。


窓の外では、双月が不吉な光を放っている。まるで、迫り来る試練を暗示するかのように。






第8話「心の裂け目」


その夜、アイリスは落ち着かない気持ちを抱えたまま、約束の場所である塔の小部屋へと向かっていた。


石段を上る足取りが、いつもより重い。儀式での光景が、まだ生々しく脳裏に焼き付いている。


「ルナさん...」


小部屋のドアを開けると、月明かりの中にルナの姿があった。儀式の時よりは幾分血色が戻っているものの、その表情には深い疲労の色が残されていた。


「来てくださったのですね」


ルナの声には、かすかな安堵が混ざっていた。しかし、アイリスはもう取り繕うことはできなかった。


「見ました。地下での儀式を」


その言葉に、ルナの体が僅かに震える。


「まさか...どうして」


「図書館から、秘密の通路を」


言葉を続けようとして、アイリスは息を呑んだ。月光に照らされたルナの腕に、儀式の痕跡と思われる青い痣が浮かんでいたのだ。


「その傷...」


思わず手を伸ばすと、ルナは慌てて腕を隠した。


「大丈夫です。これは...」


「大丈夫なはずがない!」


抑えていた感情が、堰を切ったように溢れ出す。


「あれは拷問です。なぜ、そんな残酷な...」


「これが、私の運命なのです」


ルナの声は、悲しいほど静かだった。


「双月の巫女として生まれた者は、その力を捧げなければならない。それが、古よりの定め」


「定めだなんて...」


アイリスは強く握り締めた拳を震わせていた。そんな彼女の様子に、ルナは戸惑いの表情を浮かべる。


「どうして、そこまで...」


「どうしてって...」


アイリスは一歩、ルナに近づいた。


「見過ごせるはずがない。大切な人が、目の前で苦しんでいるのに」


その言葉に、ルナの瞳が大きく揺れた。


「大切な...」


「ええ。私にとって、あなたは」


その時、突然二人の持つ魔力が反応し始めた。ルナの水晶とアイリスの指輪が、これまで以上の強い光を放つ。


「また、この現象」


しかし今回は、光と共に不思議な感覚が二人を包み込んだ。まるで、互いの心が直接触れ合うような。


「あなたの、痛みが...」


アイリスには分かった。ルナが背負う重圧、孤独、そして深い諦めの感情が。


一方のルナも、アイリスの強い感情を感じ取っていた。彼女の憤り、優しさ、そして何より、自分への深い想い。


「アイリスさん...」


ルナの声が震えている。瞳に、涙が光った。


「私は...私は...」


アイリスは迷うことなく、ルナを抱きしめた。


「もう、一人じゃない」


その言葉と共に、ルナの心の堰が決壊する。長年封じ込めてきた感情が、溢れ出した。


「怖いの...とても怖いの」


震える声で、ルナは初めて本心を吐露した。


「儀式の度に、何かが壊れていく気がして。でも、逃げ出すことも」


「私が守る」


アイリスの声は、強い決意に満ちていた。


「きっと方法はある。だから...」


その時、遠くで鐘の音が鳴り響いた。二人は慌てて体を離す。


「もう、こんな時間」


別れを惜しむように、ルナがアイリスの袖を掴む。その仕草には、幼い子供のような愛らしさがあった。


「また、来てもいいですか?」


「ええ、必ず」


二人は固く約束を交わした。その瞬間、遠くの空で、双月が重なるように見えた。


それは、運命の歯車が大きく動き出す前触れだった。




第9話「揺れる天秤」


地下図書館の奥深く、アイリスは古文書に目を通していた。


「双月の儀式...生贄の巫女...」


文字を追うごとに、彼女の表情は硬くなっていく。ルナを待ち受ける運命の残酷さが、少しずつ明らかになっていた。


(こんなこと、許されるはずがない)


古文書を元の場所に戻そうとした時、背後で物音がした。


「誰?」


振り返ると、そこにはルナが立っていた。儀式の傷跡は、まだ完全には消えていない。


「やはり、ここにいらしたのですね」


「ルナさん...足跡を辿って?」


ルナは小さく頷いた。二人の魔力が共鳴して以来、互いの存在を感じ取れるようになっていた。


「見つけてしまったのですね。真実を」


ルナの声には、諦めと安堵が混ざっていた。


「この予言の書に書かれていること、本当なの?」


アイリスの問いに、ルナは静かに目を閉じた。


「ええ。双月が完全に重なる時、巫女は己の全てを捧げ...」


「命を捧げるだなんて、そんな!」


アイリスの声が、図書館に響き渡る。


「だから逃げて。私が手伝う」


「それは...できません」


ルナは悲しげに首を振った。


「私が逃げれば、次の巫女が選ばれる。また誰かが、この運命を背負わされることに」


その言葉に、アイリスは一瞬言葉を失う。ルナの優しさと強さが、胸を締め付けた。


「でも、このまま...」


話が続く前に、突然の振動が二人を襲った。地下深くから、異様な唸りが聞こえてくる。


「また儀式?」


「違います。これは...」


ルナの表情が、強い不安の色を帯びる。


「力が...不安定になっているのです」


その瞬間、ルナの胸元の水晶が激しく明滅し始めた。アイリスの指輪も強く反応する。


「くっ...」


苦痛に顔を歪めるルナを、アイリスは咄嗟に支えた。


「大丈夫?」


「はい。でも...これは警告です」


「警告?」


「双月の接近と共に、封印された力が目覚めようとしている。このままでは...」


言葉の続きを待つまでもなく、アイリスには理解できた。儀式には、単なる伝統以上の、切実な理由があったのだ。


「他に方法が...必ずあるはず」


アイリスは必死に思考を巡らせる。そこに、新たな足音が近づいてきた。


「誰かが来ます」


二人は急いで陰に隠れる。黒衣の修道女たちが、古文書の棚を確認していく。


「近いうちに、帝国からの査察が」


「儀式の準備は予定通り進めねば」


修道女たちの会話が、断片的に聞こえてくる。


「帝国が...関係しているの?」


ルナの表情が、さらに暗く沈む。


「そう、全ては帝国の...」


足音が近づき、ルナは言葉を切った。しばらくの緊張の後、修道女たちは立ち去っていく。


「ルナさん、話して。全てを」


「...明日の夜、塔で」


ルナはそれだけを告げ、闇の中へ消えていった。


アイリスは、さらに複雑化する謎に眉を寄せる。しかし同時に、確かな手応えも感じていた。


(真相が見えてきた。そして...)


窓から差し込む月光が、青く明滅する。時が迫っているという予感が、重く心に圧し掛かっていた。




第10話「真実の時」


その夜、塔の小部屋に集まった二人の前で、全ての真実が明かされようとしていた。


窓の外では双月が接近し、その光が普段より強く部屋を照らしている。アイリスは、ルナの決意に満ちた表情に見入っていた。


「話します。全てを」


ルナの声には、微かな震えが混ざっていた。


「双月の巫女の真の役割は、世界の歪みを押し留めること。古代より受け継がれてきた、私たちの使命です」


「世界の...歪み?」


「ええ。かつて人類は、強大な魔法の力を持っていました。しかし、その力は次第に制御を失い、世界を滅びの淵まで追いやった」


ルナは窓辺に立ち、遠くを見つめる。


「その時、最初の巫女が現れ、暴走する力を自らの身体に封じ込めた。そして、その魂は双月と共に永遠の眠りにつき...」


「それが、伝説の始まり」


アイリスが呟くように言葉を継ぐ。古文書で読んだ記述が、現実として目の前で語られている。


「でも、封印は完全ではなかった。世代を超えて、力は少しずつ漏れ出す。それを防ぐために、新たな巫女が必要とされる」


「そして今度は、あなたが」


ルナは静かに頷いた。その瞳に、強い覚悟の色が宿る。


「双月が重なる時、封印は最も不安定になる。その時、新たな巫女の魂で封印を強化しなければ...」


言葉の続きを待つまでもなかった。世界は、再び破滅の危機に瀕することになる。


「だから帝国は...」


「ええ。帝国は古来より、この秘密を守ってきました。そして、儀式の執行を監視している」


その時、ルナの胸元の水晶が突如として強く輝き出した。同時に、激しい痛みが彼女を襲う。


「ルナさん!」


アイリスが駆け寄ると、自身の指輪も青く明滅し始めた。しかし今回は、その光が以前とは違う色を帯びている。


「この反応は...」


ルナが驚きの表情を浮かべる。


「私たちの力が、共鳴を超えて...融合しようとしている?」


その瞬間、二人の周りに不思議な光の渦が生まれた。アイリスの指輪とルナの水晶が放つ光が交わり、幻想的な模様を描き出す。


「こんなこと、記録には」


ルナの言葉が途切れる中、アイリスの心に確信が芽生えていた。


「これが答えなのかもしれない」


「え?」


「魂を捧げて封印を強化する。それが唯一の方法だと、誰が決めたの?」


アイリスの声が力強く響く。


「私たちの力には、きっと別の可能性がある。だって...」


その時、突然の足音が二人を襲った。扉が開かれ、そこにはセラフィナ院長の姿があった。


「やはり、ここにいましたか」


厳しい声が、部屋に響く。その背後には、数人の修道女の姿も見える。


「お二人とも、分かっているはず。これは、避けられない運命」


しかし、アイリスはもう迷わなかった。


「運命なんて、私が変えてみせます」


その言葉と共に、指輪が強く輝きを放つ。


ルナの水晶も呼応するように光を放ち、二人の周りにバリアのような光の壁が形成される。


「アイリスさん...」


不安と希望が交錯するルナの表情に、アイリスは優しく微笑みかけた。


「信じて。私たちなら、きっと」


窓の外で、双月が重なろうとしていた。世界の運命を賭けた戦いが、今始まろうとしている。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る