エミともけ

芽福

第1話 変態高校生、襲来

「ねぇ。ねぇねぇ」


 最悪だ。


「聞こえてますよね。いいかげん反応してくださいよ。親愛なる円月エミさん」


 新学期早々、ストーカー被害に遭った。


「どうして無視するんですか?安心してください。僕は貴方とお話したいだけなのです」


 やや判断に困る高さの声だが、たぶん男だ。


 ……安心できるかぁ!


 と内心で叫ぶ。少なくとも、聞き覚えのある声ではない。こちらが気が付いてから、おおよそ10分。話しかけられてからおおよそ3分。


 山奥にある俺の自宅から、地方の中心都市の神室町までは距離があり、まず誰かと通学路が被ることはない。


 にも関わらず。


魍魎高校もうりょうこうこうってこっちで合ってますよね?いやぁ。ワクワクしますね、高校生活!」


 突如あらわれたコイツは、一方的に会話を続けている。山地が終わり、少しずつ住宅が増えてきても尚、ソイツの追跡は止む気配がない。


 俺が早足になろうが、走ろうが止まろうが、常に3メートル程度の距離を保ちつつ、妙にハキハキした発声でずーーーーーっと一方的に喋るその様子は、不審者以外の何物でもない。


「………」


 交差点で立ち止まると、凸面鏡が目に付く。そこに、俺の後ろにいる男の正体が映る。


 ベージュのVネックのセーターに、紺色のズボンとネクタイ。俺と同じ、魍魎高校の男性制服を身に纏っている。学生用の大きな肩掛けカバンに、全ての荷物を詰めているようだ。


 背格好は……中肉中背な俺とよく似ている。いや、俺よりやや小さいくらいか?


 発言からして、俺の一個下の一年生なのだろうか。最近近くに越してきた?


 いや。それなら、こちらが認知している可能性が高い。よほど酔狂でなければ、こんな住みにくい場所に新居を構えたりはしないだろう。


 顔は……こちらからはよく見えないが、茶色がかった、やや長めの髪の毛が目立つ。丁寧にクシ入れされた髪の毛のすき間から、黒い瞳がのぞいている。


「……」


 なんかこう、もっと変質者然とした背格好なのかと思ったが、見たところ常識的な見た目をした高校生だ。それが余計に不気味さを加速させる。なんだ?昔の知り合い?

 

 人間の知り合いだとしたら、施設関係の人?


 いや。それなら流石に判るはず、だよな…。


 もう埒が明かない。意を決して、話しかけてみる。


「…あの」


「あっ!!やっと反応してくれましたね!!円月エミさん」


 こちらが振り返ると、鏡越しではない男の姿が目に映る。はっきりと顔が見えた。


 正直、かなり整った顔だ。芸能人に混じってても遜色がない感じ。どちらかと言うとかわいい寄りだが、声と違ってはっきりと男と判る顔立ちはしている。


「もう名前はいいよ。誰です?何処かでお会いしたことありましたっけ」


 ヤケにニコニコしているソイツは手を背中で組んで、少しずつこちらに歩み寄りながら、舐めるように俺の全身を眺めている。


「いえ。これが初めてでしょうね…貴方にとっては」


「は?」


「ふふ。面白い顔をしますね。ね?円月エミさん」


 なんでコイツ執拗にフルネームで!


「さっきからそのフルネーム呼び何なんですか?なんか…気味が悪いんでやめてもらえます!?」


 男はわざとらしく顎に手を当て、目線を斜め上にやって思案のポーズを取る。俺は既に、コイツのことが嫌いになってきていた。


「えぇ。こまったなぁ〜…じゃあ、エミ」


「俺の名前を馴れ馴れしく呼ぶなぁ!!!」


「ええ!?どのみち駄目じゃないですか!」


 こちらが激情をあらわにしたことに全くひるむ様子もなく、里野もけは距離を詰めてくる。あっという間に、こちらの肩に手が届くくらいにまで迫ってきていた。


「まあまあ!落ち着いてください。せっかくの男前が台無しです、よ?」


 ポン。


 ナチュラルに肩に手を置いて、ニコニコしているソイツの手を振り払い、睨みつける。


 コイツ、心底気持ち悪い!


「……あの。せめて名前くらい教えてもらってもいいですか?知り合いなのかもしれませんが、俺、貴方のこと何も覚えて無くて」


「おっと!!僕ともあろうものが…失礼しました。僕の名前は里野もけ。最近神室町に越してきた者です。君と同じ、いや、お揃いの服を身にまとい、今年から魍魎高校に通う者です」


 ああ。やっぱ一年生ね。一個下……、一個下。


 やっぱり、脳内検索に引っかからない。


「ああっ…遂に、あのエミさんが僕の名前を覚えてくださった」


 恍惚の表情を浮かべ始めた変質者、もとい里野もけは神に祈る聖職者みたいなポーズで地面に膝をつき、上目遣いでこちらを見つめる。


 もう、耐えられないレベルできしょい。


 最悪だ………なんでこんな事に。


「成績優秀。文武両道。眉目秀麗!魍魎高校の産んだ最高傑作と名高い貴方の大脳皮質のシワのその一つに、これから僕が住み着くのですね。フフっ……考えるだけで興奮してきました」


 言葉選びがいちいちネチョネチョしている点もそうだが、なんか小学生の学習発表会じみた大袈裟な演技との相乗効果により、一つのことが確信に変わる。コイツ、関わっちゃいけないタイプのヒトだ。


「ああっ!!制服の上からでもわかります。その肉体美!…部活にも所属せず、日々の通学とバイトで鍛え上げられた、無駄のない筋肉が全身に!」


「おお、ちょい。待て待て待て待て待て待て」


「なんです?」


「なんです?じゃぁないよ。なんでそこまで俺の個人情報を知ってる!?いや、そもそもの話、会ったことすらない俺の事をなぜそこまで詳しく?眉目秀麗かどうかはさておき、成績優秀、文武両道なのは否定しないし…」


「素晴らしい。自己評価も高い、と…。流石は僕の見初めたヒトです。ほら」


 スッ、パシャ。


 ポケットから突如出現したスマホが光る。

 

 あまりにも常識と常軌を逸脱した行動に脳の処理が追いつかなかったが、数秒を置いて理解する。


 コイツ俺を撮影しやがったんだ!


「あのな、里野とか言ったか」


「ハイ!!」


「元気いいなオイ。じゃなくて!肖像権って知ってるかな?」


「そりゃあ、知ってますとも。誰かに見せるわけじゃなく、僕のコレクションなんですから良いじゃないですか」


「はぁ!?」


「あなたの写真、あらゆる角度からのご尊顔を1000枚以上は持ってます。ああ…もうストレージはギチギチ。素晴らしい芸術作品に全身を満たされて、スマホのSDカードもさぞかし幸せなことでしょう」


「はぁああ!!??おい、ちょっ…、お前スマホ貸せ!」


「な、なんですヒトのものを勝手に!!」


「お前こそ人の顔勝手に写してんじゃねーー!!」


 勢いで奪ったそのままに、フォルダを閲覧する。


 うわぁ、本当だ。上から下までびっしり、俺の写真じゃん。


「去年の魍魎学園祭………そこまではまぁ、ギリギリ判る。外部からも人が来るし………でもこれは?」


「ああ、それはですね〜。昨年11/28日貴方が数学の授業で窓から空を眺めている時ですね。いやぁ!!普段はキリッとしている顔が眠気でやや崩れて、とろんとした瞼が最高ですね」


「いやいやいやいやいや!!これどうやっていつ撮ったの!!??おかしくない!?ねぇ!!」


「ドローンを買って飛ばしました」


「!!??!?!?」


「ちなみにこれは貴方がトイレで本読んでる時の写真です」


「!!??!?!??!?!?!?」


「これは普通にカメラを仕掛けておきました。いやぁ………やや芸が無いですが被写体の美しさを考えればどうということは………ん?」


「携帯を貸せ………警察に電話する……スマホの電話ボタンは何処だぁああああ!」


「やだなぁ。言ったでしょ?これは僕のコレクションだと」


「他人に譲渡するかどうかはんてどうだって良いよぉ!多重に犯罪を重ねておいてよく言う、ええい大人しくお縄につけぃ!」


「まっ、待ってよ!良いですか?俺は貴方に伝えたいことがあって貴方に近づいたんです!!せめて通報はそれからでも良いんじゃないですか!?」


──────


 あとから振り返ってみれば、何故俺は、里野もけの話を聞いたのだろうか。


 異常事態でねじ切れた頭のネジが、1周回って返答の余地を与えてしまったのだろう。


「……聞いてやる。何だ」


 サラリと携帯を俺から奪い返した里野もけは、正面に立って、やや前かがみの姿勢からこちらをあざとく見上げる。もう、なんか気持ち悪いとかそういう領域を超えて俺は明鏡止水の心で次の言葉を待つ。


「ここまでしたのには理由があるのです。円月エミさん」


 すぅっ、と息を吸った次の瞬間、里野の口から放たれた言葉。その台詞は俺の耳に焼き付いて、離れなくなった。




──俺はこの日を、生涯忘れることは無いだろう。




「ずっと前から好きでした。僕と付き合ってください!」







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