領外地の風習

Kei

領外地の風習

私が出羽の山地を旅したときの話だ。

雪の降る中を獣道に迷ってしまい、日も落ちて途方に暮れていたところ、ある集落に辿りついた。


私は最初に目に入った家の戸をドンドン叩いた。中から老人が顔を出した。

心身ともに冷え切っていた私はなり振り構わず一晩泊めてほしいと頼んだ。無作法な態度だったにも関わらず、老人は快く家に入れてくれた。


老人が振る舞ってくれた煮汁は非常に美味く、体が芯から温まった。


「助かりました… 有り難うございます」


心に余裕を取り戻した私は丁重に礼を述べ、旅をしていることやここまでの道中について話した。ひととおり話した後、この集落について尋ねた。老人によると、ここは相当に古い土地で、いつから集落があったのかもわからないという。また老人は七十になり、この歳までここを出たこともないということだった。

話を聞いているうちに夜が更けていった。私は老人とともに座敷に寝ころんだ。


横になってしばらく経ったとき、家の外から音が聞こえてきた。


ザク ザク


雪を踏むような音が次第に近づいてきた。


ザザッ ザッ ザザ ザ…


足音のようだった。ひとり、もしくは一匹ではない。


ズ  ズ  ズ


別の音がした。少しして、再び足音が聞こえてきた。今度は次第に小さくなっていった。私は目を閉じて眠った。


旅先で緊張が解けることはない。翌朝早くに目が覚めた私は外に出てみた。すでに雪は止んでいたが、辺りに人や動物の足跡はなかった。家の周りを歩いて戻ってきたとき、戸の下に杭が刺さっていることに気づいた。昨夕訪れた際にはなかったものだ。杭は赤く塗られており、不気味だった。


家に入り、老人に杭について聞いてみたところ、老人はしばらく黙り、それから無表情に一言「お役でな」と言った。


私は「お役」とは何なのか気になったが、それ以上は聞かなかった。老人が作ってくれた粥を食べ、親切にしてもらった礼を述べて発った。しばらく歩いて振り返ると、戸の前に立つ老人の姿が小さく見えた。杭もまた赤い点として目立っていた。


不思議なことに、集落には他の人の姿が全くみえなかった。山中で畑を耕し狩りを生業とするなら当然朝は早いはずだ。しかし誰もいないかのように静かだった。

他にも奇妙なことに気が付いた。集落の所々に石柱が立っている。これまで訪れた村では見たことのない光景だった。


私はそれから山を越えて夕方には宿場に辿り着いた。


ある宿の囲炉裏で温まりながら、朝のことを思い出していた。宿の主人に、この辺りの土地には赤い杭にまつわる風習があるのか尋ねた。


主人は私の声が聞こえなかったのか、何も答えなかった。


少し間があって、同じように囲炉裏で温まっていた男がぽつりと言った。


「シルシのことじゃあないか、それは」


「え、なんと...」私は聞き返した。


「ムラの存続と繁栄を願う儀式に人柱を立てる。確か、その人柱に選ばれたシルシが赤い杭だとか」


「まさか、」


「山地には稀にな、天領からも私領からも漏れた土地があるのだ。そこに取り残された集落にそんな風習があったらしい」


「・・・・」


「ずっと昔に聞いた話だ。実際にそんなことをしていたのかもわからん。しかしあんた、赤い杭なんてどこで聞いたんだ」


私は息が止まった。

奇妙な集落、老人の家の前に突き立てられた赤い杭——


私は宿を飛び出し、夜道を駆け戻った。

しかし暗闇に方向を見失ったのか、通ってきた道に戻ることはできなかった。

夜通し彷徨い続けたが、結局あの集落を見つけることはできなかった。



・・・・・


もう何十年も前のことだ。


あの時、私はなぜ集落に戻ろうとしたのか。そしてもし戻れていたら、どうしていただろうか。今でも考える。

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領外地の風習 Kei @Keitlyn

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