第32話 郷山会の現状


 郷山会の会長、羽黒丈二は先代である父親から後を譲られ今年で55歳になる。

 

 彼の立ち位置は偉大な創業者から数えて3代目といった所で、「三代続けば末代続く」を心の中で家訓として先代の時代に急激に増えたシマの維持管理に心を砕く日々を続けている。


 郷山会は元々邦栄市の北部方面に割拠していた先先代の羽黒組長が、同じ様に一本独鈷でやっていた周りの組を吸収して立ち上げた会で、バブル景気真っ盛りの時に、邦栄市に拠点を築こうとした外部勢力を排除する事が目的だった。


 昔気質のやくざ者だった先先代は、外からやって来た不動産業者とつるんだ地上げ屋や、他の暴力団と文字通り血で血を洗う抗争を繰り広げた。

 不動産業者やそれとつるんだ銀行が、手を変え品を変え先先代を懐柔しようとしたが全てが無駄だった。


 同時に当時2次団体の組長を務めていた先代と郷山会の幹部達にも調略の手が伸びたが、同じ様に無駄だった。

 先代は当時バブル経済が何時までも続かないと冷静に、いや冷徹に見抜いていた数少ない一人だった。だから同年代の子供達がバブルに浮かれて遊び惚ける中、息子達には必要以上の贅沢はさせなかったし、実践的な人の使い方を、時には抗争現場に直接連れていって徹底的に教え込んだ。


 その一方で独学で経済学や経営学、株の運用管理を学び取り、バブル崩壊後のどさくさに紛れて、潰れた会社を何社も買い上げて邦栄市の表社会にも強固な根を張った経済ヤクザとして邦栄市全体をシマにした大組織として裏社会での地位を不動の物とした。


 そんな父親の下で次男の英次は表の仕事である羽黒建設を継ぎ、三男の隆は芸能事務所を開いて結婚相手の山城を名乗り、テニマツ事務所を運営している。

 そして丈二は郷山会を受け継いだ。


 それからしばらくは、表面上は平穏な日々が続き丈二は一女一男に恵まれた。

 その平穏が破られたのは港区に、ある半グレ組織が台頭してからである。

 当時20代前半の若者で構成されたその組織は、港区で縦横無尽に暴れまわり、港区を任せていた若衆だけでは手に負えなくなっていった。


 丈二にとっては自分の代になってから初の抗争である。

「獅子は兎を狩る時も全力を尽くす!」

 こう言って持てる若衆の3分の2を動員して自らが先頭に立って港区の半グレ組織・邦栄クライムのアジトに攻め込んだ。


 郷山会という大組織の長としては軽率の誹りを免れないが、港区の邦栄クライムは徹底的の上に徹底的を重ねて叩き潰して郷山会の支配力を回復する必要もあった。

 というのも東からは関東最大の利根川組、西からは関西最大の木曽川組という、いずれも武闘派で鳴らした両組がお互いのシマを広げようと、その拠点とすべく邦栄市を虎視眈々と狙っていたのだ。


 結果から言うとこの襲撃は双方グダグダのままで、死者はおろか負傷者すら出ずに短期間で終わった。

 しかし、目と鼻をやられた者は双方に多数出た、というよりほぼ全員がやられた。

 当時アジト使っていた港の倉庫の中で、郷山会の奇襲に驚いてパニックに陥ったハートが作り置きの唐辛子爆弾をそこら中に投げつけて敵も味方も乱闘どころではなくなったのだ。


 経緯はどうあれ、アジトから這い出る様に出てきた郷山会の面々は、先頭を切って突入した羽黒丈二以下70名を超え、外で待機していた50名の後詰部隊に抱えられて退却した。

 まともにやっていれば当時30人もいなかった邦栄クライムは早々に壊滅して海の藻屑なっていただろう。


 その様は利根川組と木曽川組が個別に放ったスパイによって報告され、この事件は10人の半グレに500人の郷山会のヤクザが完膚なきまでにやられてしまったと、話を盛大に盛られて裏社会に盛大に喧伝された。


 結局これが契機となって、邦栄市に残存していた郷山会に敵対していたヤクザや暴走族、半グレなどが邦栄クライムに合流して、一気に港区全体から郷山会の支配を駆逐した大勢力となった。


 しかし、依然として港区以外では郷山会の支配力は強く、むしろ強化していた。

これは羽黒丈二が港区を完全に放棄して、逆に隣接した川中区と南邦区に港区から引き上げた組員を合流させた事と、港区の夜の治安を敢えて悪化させて邦栄クライムの評判をガタ落ちにする作戦に出たからである。



 羽黒丈二は先先代のような理想と現実を同時に進行させる力は無く、先代のようなシマを強引に広げる馬力も無かったが、それだけに人事には気を使い、単なるイエスマンは徹底的に排除して、自分に欠けていると感じた物を持っている者を若頭や執行部に選んだ。


 若頭には金比羅山組の近田歳実(としみ)。

 6人いる執行部には、

 妙高山組の土橋聡(さとし)

 三峰山組の斎藤勇(いさみ)

 権現山組の浅野晶(あきら)

 迫間山組の石田洋一(よういち)

 北山組の福永一成(かずなり)

 英彦山組の森下孝(たかし)


 この体制は今時点で自他共に認める鉄壁の布陣だった。

 特に港区に隣接した川中区の迫間山組の石田洋一と、南邦区の英彦山組の森下孝は郷山会きっての暴れん坊将軍と暴れん坊将軍Ⅱと呼ばれている。

 これは石田洋一が執行部では一番年上の62歳で、先先代の頃からの古株なのに対して森下孝は35歳と執行部では一番年下だったからである。


 もっとも森下はこの呼ばれ方に思いっ切り不満だった。

 どうせなら『郷山会の昇り竜』と呼んで欲しいと思っていたが、叔父貴の石田が郷山会の暴れん坊将軍と呼ばれていて、彼の下で極道修行をしていた森下も自然とその影響を受けたため、暴れん坊将軍Ⅱの呼び名が定着したのだ。


 それはそれとして、彼は邦栄クライムのⅮビックワンに、敵対心と共に一種の好意をもっていた。極道としては敵対心を、趣味の分野では好意を。


 極道としての敵対心は、元々郷山会で港区のシマを任されていた本田賢二郎を、Ⅾビックワンが極道として使い物にならなくしてしまったのだ。

 邦栄クライムとの抗争が終盤に入ったある日、本田は本部を訪れていきなり「引退させて頂きます」と言って盃を返すと、その足で高野山に登って坊主になってしまったのだ。

 当時本田賢二郎の下で若衆見習いだった森下はどうすることもできず、迫間山組に引き取られた。

 石田洋一曰く、本田賢二郎は元々極道としては線が細かったとの事だったが、森下にとってはやさぐれてた自分を拾ってくれた恩義のある人だった。


 敬意の方では、森下もⅮビックワン同様にスーパー戦隊シリーズオタクだった。

出会ったのは全くの偶然だった。



 さかのぼること8年前……


 場末の古びた映画館で『昔の戦隊シリーズ十連発シリーズ』という企画物を、地元の子供達に混じって目を輝かせて観ていたら、ふと背筋が濡れタオルを押し付けられた様にヒヤッとした。

 それは普通の人ではなく、極道者でないと分からない感触だった。

 彼は思わず横を向いた。

 だが、視線を向けた先には彼と同じ様に目を輝かせて、スクリーンに映る秘密戦隊ゴレンジャーを見ている同年代の男がいた。

 それが森下にとって憎むべきⅮビックワンこと早川壮吉だった。


 場所柄、ここで騒ぎを起こす訳には行かないと思った森下は映画が終わった後を見計らって早川に声を掛けた。


 早川は映画館の売店で買ったネーポンを飲んでいた。

 立ったまま右手でネーポンを一気に飲んで、左手は腰に充てて小指をあげる所に昭和の匂いを感じさせる。

 一気飲みしてぷは~っと息を吐きながら空瓶を上にあげる。

 昭和の匂いここに極まれり。


「楽しい時間の後ですまんが、顔を貸してもらおうか?」

「ほ~俺が誰だか知っているようだな。さっきから殺気がビンビンに伝わってきたぜ。で、俺に何の用だい?」

「本田賢二郎……この名を忘れたとは言わねえよな?」

「ああ……」

「お前がどう思ってるか知らんが、俺にとっては大恩ある親父なんだ。お前も坊主にして高野山に送ってやるぜ」

「なるほど、元本田組の若いのか……それなら俺の相手をする権利はあるな」

 早川は空瓶を近くの空瓶置場に入れると森下の後について映画館を後にした。



 映画館の裏は空き地だった。

 忘れられた様に大きめの土管が3本重なっておいてある。

 その空き地で2人の男が上着をぬいで向かい合っている。

 一人は黒のワイシャツの早川、もう一人は赤のワイシャツの森下。

 そして二人の只ならぬ気配を感じ取って、ついてきて土管の影に隠れて見ている子供達……舞台は整った。


「鉄人仮面テムジン将軍頑張れー!」

「日輪仮面頑張れー!」

 誰も正義のヒーローに例えないあたり、子供達なりに人をよく見ている。

 しかし、森下がアカレンジャーではなく、日輪仮面と呼ばれた事で一気にトーンダウンした。

 何せ日輪仮面は黒十字軍の幹部の中でも圧倒的にダメダメな奴だったためである。

 何せ……人望皆無、威厳皆無、卑怯上等、すぐ逃げる、挙句の果てにアカレンジャーの猛反撃を食らって爆死という最後を遂げて、映画館の子供達の笑いを買っていたのだ。


 そんな怪人に例えるなんて子供って残酷……


 それに対して鉄人仮面テムジン将軍は配下と鉄の絆で結ばれていて、誇り高い性格で、指揮能力に長け、本人の戦闘力も高い上に最期まで黒十字軍の為に戦った誇り高き死に様は、総統からも称賛されたという敵幹部には勿体無い程の男だった。


 本格的に戦う前から、子供達の声援に思わぬダメージを受けてその場に崩れ落ちた森下に歩み寄った早川は彼の肩を叩いて「強くなってもう一度挑んで来い」と言ってネーポンを差し出したのだった。


 そんな二人に子供達は乱闘が見れなかった事を内心で惜しみつつも、惜しみない拍手を送ったのだった。



 それから8年がたち、森下は極道として己の内面を鍛え上げ、『郷山会の昇竜』……もとい暴れん坊将軍Ⅱとして南邦区の英彦山組を任される程の大抜擢を受けたのだった。

 そして羽黒丈二直々の命を受けて邦栄クライムと共同戦線を張っている。


 ここはハートが運営している喫茶店の一つで、港区にあり、川を挟んだ境目にある南邦区を一望できる展望台の一階にある。

「まさかお前と一緒に戦う日が来るとはな」

「まあ、奴らが雇った半グレや暴走族は俺たちに任せろ。会場の警備は任せたぞ」

「ああ、任せろ。後は手筈通りにな」


 3日後に迫った『ライバルヒロインが多すぎる!!』のイベントに備えて最終調整を済ませた両者は、共にイカスミスパゲッティを頼んだ。

 互いに敵同士であり、一次的に味方同士であり、趣味仲間でもある両者は、この時ばかりはスーパー戦隊シリーズの話で盛り上がったのだった。


 因みに郷山会は表の顔で地本の警備会社を運営していて、各区に郷山会の組とは別で事務所を構えている。

 警官の旧制服を模して濃緑色に染めた制服が特徴で、基本的には堅気の人間を多く採用しているが、今回の様に武装集団が絡んでくると、各組の荒事専門の組員が制服を着用して警備に当たる。



 同じ頃、榊麗香はエミリアに剣道部の稽古を無理矢理サボらされて、新新栄町にあるコスプレショップで衣装合わせをやっていた。

何故か神谷司と相馬美杏もついて来てスマホで写真を撮りまくっていた。


「刀は竹光なのね。何か物足りないなぁ」

 稽古を無理矢理サボらされて不満タラタラだった麗香は、衣装を身に付けるにつれて顔つきがキリリと引き締まってきた。

 和洋折衷な赤で統一された衣装は所々に薄い金属を使った割と本格的な作りで、肌の露出も余り無かったので意外と気に入ったようだった。


 対するエミリアの衣装も、本格的な西洋甲冑を女性用に打ち直したと言う設定の下、女性的なラインが強調されたデザインで、薄金で作りこんであった。

 それに自分の背丈程もあるミスリル銀の長剣という設定の長剣を持った姿はジャンヌ・ダルクもかくやという凛々しさを醸し出していた。

 因みに自分の背丈程もある長剣はPUゴム製で柔軟性があり、壊れにくい材料で作ってあるとか。


「んまぁ~二人とも似合ってるわぁ~」

細い口髭を生やしたコスプレショップの店長が感嘆の声を上げた。

『ライバルヒロインが多すぎる!!』の衣装を作った人で、会場で一緒にここの宣伝活動を大々的にやるという条件でタダで衣装を貸してくれた上に、報酬までくれるとゆう条件に、渋々ながら麗香も受け入れた。

 要は短期バイトである。


 因みに彼はゲイである。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

それぞれの恋模様と災難 クスノキ @mog3a3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画