第31話 狂人の倫理

 彼等彼女達がおかしくなったのは、テレビで特にネクラとかロリコンとか呼ばれてタレントにいじられる様な若者が、幼女を次々と殺すという殺人事件を犯した時であったかもしれない。


 昼のワイドショーや近所の小さなコミュニティが主な情報源だったバブルの時代、彼等彼女達はマスゴミの編集した写真週刊誌や種々の週刊誌の自称専門家や、チョットかじっただけの自称ルポライターの無責任で的外れな批判を鵜吞みにして、自分の子供達に必要以上の品行方正を課し、自らの家庭を崩壊させた。


 彼等『青少年の健全な成長を阻害するライトノベルから子どもを守る有害不健全8条指定悪書を焚書撲滅して美しい日本を取り戻す婦人委員会の過激派』は、その中でも特に先鋭かつ過激な連中の吹き溜まりだった。

 ある意味では純粋で真っ直ぐな性格だったが、その一方で他者の吹く笛の根に容易く乗りやすい信念の欠片も無い輩だった。


 そしてそれだけに、あらゆる手段を厭わなかったので、裏ルートで手に入れた『腹腹時計』を参考にして自家製の爆弾で爆破騒ぎを起こすなど朝飯前だった。

 いずれも未遂に終わったが『オタの町』秋葉原やハロウィンで盛り上がる渋谷を大量に作った手製爆弾で吹き飛ばそうとした事さえあった。


 理由は社会改良主義を完遂するため……と逮捕にこぎつけたいずれも当時60代のメンバーは異口同音に言ったが、要は自分たちが気に入らないから纏めて吹き飛ばしてやる、という事だった。

「オタク趣味やハロウィンとかいう外人の祭りにかまける暇があったら、ビートルズを聞いて反戦運動をやるべきなんだ!資本主義の走狗共め!この義挙を妨げた事を一生後悔するぞ!覚えておけー!」

 この身勝手極まる主張は取調べに当たった刑事達に徒労感を与えただけだった。

 

因みに未遂に終わったのは内ゲバの相手からの密告だったが、密告者は顔を潰された状態で死体になって発見されたとか……


 それはさておき、『青少年の(中略)の過激派』が当面敵視している『ライバルヒロインが多すぎる!!』がどのようなストーリーか紹介しておこう。



 ドラゴンやハーピーが宙を舞い、エルフやドワーフ、ホビットが王国を作り、人はヒュームとして同じ様に王国を作って存在し、オーガやコボルト、ゴブリンやオークがこれらの領域を侵す中世戦国時代。

 

 とある小王国に武芸に優れた16歳になる金髪碧眼美少女の姫君がいた。

 彼女は戦いとなったら自分の背丈程もあるミスリル銀の長剣を自由自在に操り、ライオンと見紛う謎の従者を連れて、軍の先頭をきって敵陣の中に突っ込んで自分の住まう小王国を守ってきた。


 その強さは周辺の諸国をとうして、遠く東方諸国にも響き渡っていた。

 噂を聞いた傭兵集団や周辺の国々、東方諸国の腕自慢が姫君に挑戦したが、ことごとく返り討ちに合った。

 そんな中、そんな自国の不甲斐ない男共を見かねた各国の信仰する戦神いくさがみが、それぞれが見込んだ娘達に自らの加護を与えて姫君の元へ送り出した。


 ここに戦神まで巻き込んだ少女たちによるハルマゲドンが勃発した!



 このあらすじだけ見たら、よくある中世ファンタジー物だが、主な登場人物の大半が14歳~18歳の女の子で、コロシアムみたいな競技場で闘うというストーリー展開がケシカランと難癖を突けてきたのだ。


『青少年の(中略)の過激派』は投書やインターネットで、自らの身勝手で正気を疑われる主張を展開した。

「未成年の女の子達をコロシアムで試合させる何たる破廉恥なライトノベルをアニメにするとは何事だ!直ちに放送を中止しろ!我々は国民を代表して言ってるんだ!もし我々の要求を受け入れられないなら、最終的かつ不可逆的な手段に訴える!」


 勿論テレビ局は警察に通報して放送はそのまま続けた。

 そればかりか、インターネットやリアル世界でもオタク達は勿論、普通の一般人からもそっぽを向かれて完全に孤立した。


 彼等はそれでもなお自分達が間違っていると認めようとしなかった。

 意地になっているとかではなく、他責思考が強すぎるのだ。

 自分達が全てにおいて正しいと思っている反面、自分自身の責任は軽視し、逆に被害者意識はアホ程強いので他人の責任は重視する。

 むしろ今まで曲がりなりにも活動を続けてこれたこと自体が悪い意味での奇跡だった。



 そして、内ゲバに次ぐ内ゲバで勝ち残った一派が今活動しているが、中心メンバーは10人を切っており、それを郷山会や邦栄クライムの目が届かない隣りの県で雇った半グレや暴走族で水増ししている。

 しかもパワーを自分達が独自に築いた裏ルートで大量に入手しており、『ライバルヒロインが多すぎる!!』のイベント突入前に配布する弁当に混ぜる準備も済ませていた。

 しかし、今中心にいる連中を叩けば『青少年の(中略)の過激派』は完全に壊滅する。


 ジョーカーはこれらを調べ上げてⅮビックワンに報告していた。


 Ⅾビックワンを通してジョーカーからの報告を聞いた4人はそれぞれの反応を示した。

「そんな水増し人数など物の数でじゃねえ」

 スペードがコンバットナイフを弄びつつ言った。

「しかし、数自体はそのまま力になる。人数によっては侮れないパワーになるぞ」

 ダイアがそう言ってチェス盤の駒を動かす。

 スペードは反論しなかった。彼の言ってる事は至極当然だし、ダイアがあらゆる手立てを考え抜いてスペードが現場で形にする過程で不測の事態に対応する。

そうやって郷山会との抗争に勝ち抜いて来たのだ。


「ソープやスナックにも客の言動に注意する要に行っとかないとね……」

 ハートがそう言ってシーシャ(水タバコ)を吸いながらけだるそうに呟いた。

「彼等が雇った半グレや暴走族にいい女はいないのか?」

 クラブが見当違いな事をいった。

「いい女なら~ここにいるじゃあない~」

 ハートがそう言ってクラブに寄りかかる。

「いないなら工作員を見繕って弁当屋に潜り込ませて、襲撃前に使い物にならなくする事もできるが?」

 クラブはハートが吸っていたシーシャを受け取りながらそう提案したが、スペードが即座に反対した。

「それだと邦栄クライムの恐ろしさが外に示せないじゃないか。やっぱり目に見える暴力が必要だ。前の抗争みたいに郷山会に対する牽制にもなるしよ」

「それは半分はハートのおかげだろ?」


 郷山会と抗争してた時は彼等二人も最前線で戦っていて、特にハートは手製の唐辛子爆弾を「いいわね!いくわよ!」の掛け声と共にそこら中に投げつけて、敵にも味方にも甚大な被害を与えるなど、しょっちゅうだった。

 抗争が比較的早く終わったのも半分はハートのせいと言っても言い過ぎではない。

 因みにハート手製の唐辛子爆弾の被害を一番受けたのは、いつも最前線で戦っていたスペードだった。


 ハートの唐辛子爆弾は、世界一辛いといわれているキャロライナ・リーパーの数倍辛いという、どうやって作ったのか分からない代物を原材料に使っていて、スペードが溜まり兼ねて使用を辞めるよう言ってもどこ吹く風だった。


 それはともかく、今迄黙って聞いていたⅮビックワンが勢い良く立ち上がった。

 4人に緊張が走る。

 そして彼はそのまま部屋をでた。

「トイレ」と言う言葉を残して……


* 


『青少年の健全な成長を阻害するライトノベルから子どもを守る有害不健全8条指定悪書を焚書撲滅して美しい日本を取り戻す婦人委員会の過激派』を結成して30数年……結成当時のメンバーは皆いなくなった。


 味方だった各種の評論家やテレビ局は商業主義に堕して、私達の諫めも聞かずに低俗なアニメを垂れ流し、オタクと呼ばれる輩にこびている。

 

 家族はついていけないと言って子供たちを連れて離婚した。

 何故分からない?アニメなどいい歳をした大人の見るものじゃないし、アニメやゲームの音楽など聴くに堪えない。

 

 芥川賞の小説を読んでクラシックの音楽を聴き、欧米やギリシャの哲学に触れ、ビートルズの音楽を流しながら反戦運動を行う。

それこそが真に美しい日本人のあり方だ!


 その信念の元、時には内ゲバを繰り返して当初の志を貫いてきた。


 だがその信念が余りにも高尚だった為に、一部の人にしか受け入れられなかった事は認めざるを得ないし、いつの間にか中心メンバーは皆還暦を迎えてしまった。


 不本意だが、伝手を頼って雇い入れた半グレや暴走族を頼らざるを得ない。

 彼等の前ではイヤそうな顔を見せてはいけない、当面は大事な駒だから……



「いい歳をして子供向け番組ばっかり見て!」

 これが両親の決まり文句だった。

 スーパー戦隊シリーズ、仮面ライダーシリーズ、ガンダム、戦闘美少女系魔法少女もの、これらにハマっていた。

 

 体格だけ見たら中学生で180㎝を超えていて運動神経も良かったので、高校生になった頃は運動部に入らないかと誘われた事もあった。

 しかし運動部系の3年生は神・2年生は庶民・1年生は奴隷の文化がどうにも肌に合わなかったので、結局帰宅部でとうした。

 バスケットボールをやっていた父親は情けないと嘆いたが、気にならなかった。


 その頃はアニメのキャラクターに恋する真正のオタクだったし、勉強は出来る方だったので東京の大学への進学は決まっていた。

 しかし、学校に行っている間に両親が俺のコレクションを自宅の庭に持ち込んだドラム缶の中に放り込んだ挙句に火をかけて燃やしてしまった。

「大学生になるんだからいい加減に卒業しなさい」というのが彼らの言い分だった。

 因みに近所の人が火事と勘違いして消防車と警察が駆けつける騒ぎとなって両親はこっぴどく怒られたとか……


 学校から帰って全てを知った俺は、その日から何も言わず、何も喋らず、ただ淡々とアルバイトに精を出し、卒業式から帰ったその足で家出した。

 本来の名を捨て、早川壮吉と名乗って邦栄市に流れ着き、その過程で知り合った仲間たちと共に港区に拠点を構えた。


 そして今、港区は完全に邦栄クライムの支配下にある。

 今後の勢力拡大の下地を南邦区に作っておくのも今回の目的だし、あのナンチャラいうあいつらを完全に叩き潰せる絶交の機会だ。


 よし、決めた!


 トイレで出したモノを流しながらある決意を固めたⅮビックワンは4人の元に戻った。

「今回は俺が前線で指揮を執る。スペードとダイアは俺と共に来い。ハートとクラブは港区で不測の事態に備えろ。スペード!配下の兵隊は動員できるだけ大勢連れていく。ダイアはあらゆる状況に耐用出来る様にするんだ。あのナンチャラいうあいつらに俺たちの手で引導を渡してやるぞ!」


「「「「おーっ!」」」」

 


 港区で邦栄クライムの面々が盛り上がっていた時、榊麗香はエミリアから彼女視点でとんでもない依頼を持ち掛けられた。

 例の『ライバルヒロインが多すぎる!!』のイベントでコスプレをしてくれと持ち掛けられたのだ。


 主人公のメアリーに挑む最果ての島国・大和の姫君・菊子のコスプレをやってくれと、わざとらしい涙目で頼み込むエミリアの勢いに押されて、思わず「うん」と返事した自分にちょっとだけイヤになった麗香だった。




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