邦栄市の裏社会事情
第30話 歪んだ大人の世界のヒーロー
「それでは今月の会合を始めます。先ずはⅮビッグワンから一言」
司会進行役のハートのキングに促されてⅮビッグワンが立ち上がった。
190cmの身長に堂々たる体躯を黒いスーツに黒いソフト帽に虹色のリボンの、キザな男は「よく集まってくれた、感謝するぜ」と言って黒いステッキを手にポーズを決めた。
そして、そのままダイアをステッキの先端で指して呟く様に囁いた。
「今回の件については、お前は何も悪くない。だが、責任者として名邦区のルートを任せていた配下にそれなりの罰は与えてもらう」
彼に隠し立ては通用しない。今回の事もあらかじめ独自のルートで背景を調べた後の判断だった。
「……はい……」
ダイアは短く返事をしながら処分を考えていた。
名邦区のルートを任せていたのはÐFR社の大陸耕作とその痴漢仲間数人だが、大陸耕作は逮捕されたので痴漢仲間を始末する事になるだろう。
4人組は、自分の失敗は棚に上げて他者の失敗は声高に吹聴する最悪の男達で、ブラック企業の上司向けの性格だったが、今の彼等は入って一年も立っていないペーペーだ。
「じゃあ俺が出張る事もないわけか……つまんねえな」
スペードがつまらなそうに呟く。
配下の暴走族やヤクザ崩れを使って大暴れする計画を立てて今回の会合に望んできたのに無駄になってしまったのだ。
凶暴さと残忍さでは他の追随を許さない、それがスペードという男だった。
「今回は暴れるのは私の上だけにしてよね♡」
ハートがスペードに色目を使った。
「それはねえ!」
スペードは断固たる意思を込めて言い捨てた。
実はスペードは10年前にハートとムフフな関係になった事がある。
ハートは魔改造の成果を試そうと、自らの姉を名乗って彼に近づいたのだ。
言葉巧みに酒で酔わせて、ラブホテルに連れ込み、アンナ事やコンナ事やソンナ事をヤリつくしてイイ感じになったのだ。
スペードにしたら正に若さゆえの過ちをピョーンと超えていた。
それが分かったのは(彼にしたら)1年ぶりにハートと再会した時である。
すべてを知ったスペードは、その日から一ヶ月間部屋から出なかった……
Ⅾビックワンが無理矢理自宅から引きずり出さなければ、今でも引き篭ったままだっただろう。
因みにハートに姉はいない。
それはさておき、そのハートは会合の司会進行役と報告事項と自らが集めた情報の伝達も担っていた。
集めた情報の伝達だけはハートに限らず、Ⅾビックワンを含む全ての幹部の義務でもあった。何処で情報が役に立つか分からないのだ。
新鮮な情報に飢えているのは事の良し悪し関わらず、上に立つ者の性だった。
「やっぱりスタミナが一番の売れ筋みたいね。お客さんは否定するけど精力絶倫の客が増えたって女の子達が悲鳴を挙げてるって報告が引っ切り無しに入っているし、本番の規制も考えていかなければならないわ」
ハートの意見を遮る様にスペードが発言した。
「それよりも港区周辺で暴れ回っていた不良外国人の一団を壊滅してから町がめっきり静かになりやがった。誰か火種の情報を隠しているじゃねえか?何でもいいから教えてくれよ。俺の手下共は女の柔肌だけでは抑えきれ無くなっているんだ」
スペードの半ば悲鳴に近い発言にクローバーが答えた。
「お前が先頭に立って暴れたいだけだろう。まあ、そんなお前にピッタシな話があるんだが、聞くか?」
クローバーの言葉にスペードは一瞬躊躇いの表情を浮かべた。
彼は違法カジノやビットコイン詐欺の総元締めで、モザイク無しのAVDVDやBDも取り扱っている。
スペードとダイアも一度AVの撮影現場を見学した事がある。
その時はクローバー自らが?のマークをあしらったマスクを着用して、AV女優を荒縄で縛って蠟燭責めや鞭打ち責めにするという物で、その道では至ってノーマルなスペードとダイアには到底ついていけない世界だった。
「お前たちもどうだ?(ハアハア)病み付きなるぞ。(ハアハア)鞭の使い方加減を調節して跡が残らない(ハアハア)コツを教えてやるぞ(ハアハア)」
?のマークをあしらったマスクを着用した以外は全裸でハアハア言いながらクローバーは誘い掛けた。
勿論二人は丁重に断ったが……
その時の事を思い出したのだ。
「そう構えるな。ちゃんとお前向けの任務だ」
そう言ってクローバーは話を続けた。
「カジノの客で『ライバルヒロインが多すぎる!!』のイベントスタッフがいるんだが、そいつの事務所に脅迫状が届いたんだ。それで俺に相談を持ち掛けてきてな」
「ほう!」
スペードの目が夜空のお星様の様に輝いた。
「それなら警察に通報した方がいいんじゃないか?俺たちに頼むと必ずスペードが血の雨を降らすと分かっているだろうに……」
ダイアが疑問を口にした。ここに居る5人の中では比較的常識人である。
「送り主が問題でな」
そう言って懐からメモを取り出して中身を確認しながら読み上げた。
「青少年の健全な成長を阻害するライトノベルから子どもを守る有害不健全8条指定悪書を焚書撲滅して美しい日本を取り戻す婦人委員会の過激派……なんだ」
誰ももう一度言ってくれと言わなかった……
「その団体に目を付けられたら金では解決できないし、警察に警備して貰うにしても一時的な解決にしかならないからな」
この団体は過激さで知られ、一部の過激派と名乗っているが団体そのものが凶悪な過激派といってよかった。
その極端な上に極端を重ねた思想と、過激の上に過激を重ねた行動で、元々持っていた市民団体の座も失ったが、活動は止まらなかった。
「なるほど……あのナンチャラいうあいつらが相手か……」
4人が一斉にⅮビックワンを見た。
「あの子が……あの子が……あの子が……あの子が……あの子が……途中で降板した原因になったあのナンチャラいうあいつらが相手か……スペード!ダイア!ハート!クローバー!」
4人が弾かれたように立ち上がった。
「貝を吹け、鼓を鳴らせ!いざ出陣の時来たれり!」
因みにビックワンの言う『あの子』とは毎週日曜日に放送している『戦国戦隊カラクリレンジャー』の姫君役の巨乳グラビアアイドルである。
彼は今でも戦隊物は欠かさず見ており、その知識量は並みのオタクの比ではなかった。
表向きは病気療養の為と公式ホームページに書いてあるが、実は彼の言うナンチャラいうあいつらが、子供向け番組にあんなフシダラなグラビアアイドルを出すなんてケシカランと電話を掛け続けて対応した職員をノイローゼにした挙句、巨乳グラビアアイドルを襲撃して、怪我を負わせていた。
そのことは4人も知っていたし、この事を聞いたら怒髪冠を衝くのは容易に想像がついた。しかし……
「ここには法螺貝も太鼓もありません」
ハートが冷静に突っ込んだ。
因みにビⅮックワンが言った「貝を吹け、鼓を鳴らせ!いざ出陣の時来たれり!」は『戦国戦隊カラクリレンジャー』の出陣の合図である。
「言ってみたかっただけだ、それよりも、ジョーカー!」
「「……」」
Ⅾビックワンが呼ぶと同時に名探偵サナンの真犯人のような黒ずくめの男女が現れた。 彼等はⅮビックワンが呼ぶと、何処に居ようと現れるありがちなチートキャラである。
「ナンチャラいうあいつらの所在をつかめ!」
「「……」」
二人は無言で頷くとかき消すようにいなくなった。
「クローバー、イベントは何時だ?」
「2週間後、邦栄パルスプラザです」
「南邦区か、郷山会のシマだな。よし、郷山会には俺が話をつける。皆はジョーカーからの情報が入り次第対応策を考えろ」
その日はそのまま女を呼んで乱痴気騒ぎとなった。
余談だがクローバーが?のマークをあしらったマスクを着用して出演しているAVDVDやBDは『?仮面の大冒険』としてシリーズ化されており、モザイクの入った通常版をSahara.conでまとめ買いすると?仮面のフィギュアが付いてくる。
*
「お久しぶりです、羽黒会長」
「うむ、君も壮健のようで何よりだ」
Ⅾビックワンこと早川壮吉は、郷山会の会長・羽黒丈二と彼の自宅の広々とした和室で向かい合って会見していた。
いつものキザっぷりはなりを潜め、全身に緊張感が漂っている。
それは羽黒も同じだった。
元々港区と周辺に持っていたシマを目の前の戦隊物かぶれがそのまま反社になったような、わけのわからない若造にゴッソリ奪われたのだ。それが8年前。
本来ならば、彼自らこの場で、チェーンソーでバラバラに切り刻んでその上でブレイクダンスを踊ってから肉片を海にばら撒いてもまだ足りない位なのだが、今この両者は共通の敵を抱えている為、敵の敵は味方の理論に基づいて、休戦協定を結んでいた。
わざわざ見通しの良いだだっ広くテーブルもない和室で、彼自らが会うのも休戦協定を破る意思がないとの意思表示だった。
*
両者の間にはピリリとした緊張感が漂っていた。
早川は運転手も付けず丸腰で郷山会の本部事務所に来ていた。
彼は羽黒が自分を狂おしいほど憎んでいるのは痛いほど分かっていたが、一方では彼が一次の感情で軽々しく動く人物ではないと分かっていたし、敢えて単独で来る事で他意がない事をアピールしていた。
Ⅾビックワンこと早川壮吉が率いる邦栄クライムは、新興団体で彼のカリスマ性で成り立っている。対する郷山会は古くから陰に陽に地元に影響力を持つ極道界の老舗で、例えこの場で羽黒を殺しても、若頭や若頭補佐が控えている。
早川をここで殺す事は、即ち邦栄クライムの壊滅を意味する。
羽黒を殺しても、郷山会は残るが弱体化は免れない。
どちらにしろ彼等の共通の敵にとって願ってもない事になる。
どちらもそれは分かっているので、それぞれの配下にもなるべく、いや絶対に諍いを起こすなと事あるごとに口を酸っぱくして言っている。
そういう訳で両者は息を吹きかければ届く距離で向かい合っている。
「今日こうやってお伺いしたのは、そちらのシマで外部勢力とかなり大きな喧嘩を行う事になりそうなので、先に一言お詫びをと思いましてね」
羽黒のこめかみがピクリと動いた。
「南邦区の邦栄パルスプラザで2週間後に行われる『ライバルヒロインが多すぎる!!』のイベント絡みか。それなら一般財団法人A県総合見本市会館の館長から儂の所に相談が来たぞ」
「え?」
早川は驚いて見せたが実はジョーカーから今朝方報告があった。
因みに早川はその時、昨夜世界一周と称して5大大陸の美女達と頑張ったあと、いぎた無く寝てた最中だった。
「青少年の(中略)の過激派から封書が届いたそうだ。あんな年頃の女の子が剣を振り回して闘う様なラノベのイベントを邦栄パルスプラザでやるとは何事だ!ってな。しかも、封書には血の付いたナイフが同封してあったらしい」
これも青少年の(中略)の過激派のやり口だった。
ナイフについてた血自体は犬か猫の物だが大抵はこれでビビりあがってイベントを中止してしまう。
強行すると半グレや違法滞在している不良外国人を大量に雇って会場で暴れさせたり、出演者やスタッフを闇討ちしたりした。
邦栄クライムも郷山会も表でイベント会社を設立して、邦栄市で行われるこの手のイベントの後押しをして資金源の一部としていた。
その意味では今回は珍しく互いの意見が一致して、青少年の(中略)の過激派に共同して対応する事になった。
「あいつ等に俺達の真の恐ろしさを思う存分味合わせてやりますよ。やりすぎて尚足りない位にね……」
「ああ、郷山会のシマで訳の分からない連中に好き放題させる訳にはいかないからな」
この後、食堂で一緒に昼食をとった。
メニューはイカスミスパゲッティだったが、差し向かいで目が笑っていない状態で食べていた二人に、味が殆ど分からなかったのは言うまでない。
*
そんな大人の事情など知る由もなく、剛司とエミリアは彼の家で『ライバルヒロインが多すぎる!!』のイベントでの合いの手コールの相談をしていた。
その後、二人は生まれたままの姿になってベットに雪崩れ込んだのは言うまでもない。
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