第27話 薬の在処と恋、そしてスカスカの記者会見


 大半の生徒が予想した通り、授業は中止となり体育館に全校生徒が集められた。

 足利校長は自ら壇上に立ち、これまでの経緯を説明して自らの指導不足をわびて、どんな小さな事でも我々に相談してくれと改めて要請した。


 佐伯凜々花は無表情で足利校長の話を聞いていたが、内心では何を綺麗事と思っていた。

 その反面、もう自分が表面だけの綺麗事で済ませる事の出来ない世界に一歩ずつ足を踏み入れている事は承知しているし、だからといって彼の言葉を全否定する気もなかった。


 要は自分は自分、他人は他人と切り捨てているだけだったし、自分と似たような考えをもつ北島笑美子とは近親憎悪よりも、似た者同士として心の波長があった親友の関係を築いていた。


 だから彼女が心の中で密かに温めていた計画を昨日の内にSNSで話して、計画の共同実行者に引き込んだのだ。



 今日の授業もクラブ活動も中止になり、大半の生徒は帰っていった。


 凜々花は笑美子と共に学校の裏にある城に向かっていた。

 城と言ってもバブルの頃に、とある観光会社の肝いりで作られたコンクリートの模擬天守閣で、現在は強度不足という事で閉鎖されて立入禁止になっている。

 

 因みにここを作った観光会社はバブル崩壊後に潰れて社長は雲隠れした。


 邦栄高校が出来る前は、出城だった事は前に書いたが、5層の天守閣は出来た当時は物珍しさも手伝って来場者が多かったが、立入禁止になってからは朽ちるに任せていたうえ、地震もあって屋根瓦が落ちて怪我人が出てからは近づく者もいない。


 現在は完全に廃墟となって、取壊しも市の予算の都合で行われず、周囲に監視カメラも無いので何か隠すには打って付けの場所だった。


 凜々花がここに来たのは、前に小羽がこの城に入って、程無くして脱法ドラッグの束を持ち出すのを偶然見たためで、前々から目を付けていたのだ。

 

 城の片隅の、木が生い茂って外から見えない所でジャージに着替え、軍手をはめながら笑美子が、ふと頭に浮かんだ疑問を口にした。

「ねえ、何処に隠してあるか見当はついてるの?」

「幾つか見当は付けてるわ。因みにそこの隠し扉から城の中に入れるわよ」

 そう言って彼女は笑美子の後ろにある扉を指差した。


 扉には比較的新しいダイヤル式の小さい南京錠で塞がれていたが、凜々花は郷治から借りてきた大型のペンチで南京錠を切断して、城内に入った。


 外観を京都の伏見城に似せた城内は、昼間だというのに薄暗く、ガランとしてカビ臭かった。展示物を収めていたであろうガラスケースにはうっすらと埃がつもり、その埃もカビのような色に染まっていた。


 凜々花は笑美子を連れて1階の事務所後に向かった。

 事務所後にはカレンダーが掛けられていて、日付を見たら2003年だった。

 彼女達は置きっぱなしになっている書庫やロッカー、幾つかの事務机を一つ一つ開けていった。

 目指す物は一番奥の事務机の引き出しにあった。

 

「これだわ!」

「結構多いわね」

「二人なら全部持っていけそうね」

 二人は脱法ドラッグの束が入った袋を小分けにして、持って来たスクールバックに入れて事務所後からでた。


 来た道を通って城の片隅で着替えを済ませた二人は、何食わぬ顔でその場を離れた。周囲には誰もいなかったが、それでもさりげなくを装って周囲を見渡す。


 平和公園にある池のベンチに腰を下ろした所で凜々花と笑美子は、ハ~ッと息を吐き出した。何せどう取り繕おうが二人がした事は、れっきとした犯罪行為なのだ。


 しかし、二人には一種の爽快感があった。


 何せ二人のスクールバックには、やりようによっては、半年は遊んで暮らせる程の脱法ドラッグが詰まっているのだ。

 しかし、スタミナ以外の薬物には興味は無かったので、考えた末、ほとぼりが冷めるのを待って笑美子が読者モデルとして契約しているテニマツ事務所に売りさばく事にした。


 笑美子は容姿は勿論の事、Eカップの巨乳であり、172cmの長身だったので他に何人かいる読者モデルの中でも群をぬいた存在である。凜々花も彼女に誘われて読者モデルとして契約していた。

 しかし、このテニマツ事務所は裏で反グレと繋がっていて、薬物なら何でも取り扱ってた裏の顔も持っていたのだ。


 その一方で、事務所も専属のタレントも読者モデルに裏の顔を見せる事はなく、この事は皆知らなかった。北島笑美子を除いては……


 笑美子がそれを知ったのは、18歳の誕生日の数日後、20代のテニマツ事務所の専属タレントと一夜の関係になった時だった。

 彼は酒の勢いと、彼女と肉体関係になった気安さもあって、寝物語に聞きもしなかったのに、べらべらと事務所の秘密を喋り、そのまま寝てしまった。

 もっともタレントは深酒が祟って翌日にはその事を忘れてしまっていたが……


 それはともかく、取り敢えず方針も決まったので、二人は凜々花の家で休憩する事にした。凜々花は、とある小さなカフェテリアを一人暮らし用のマンションに改装した、こじゃれた所に住んでいた。


 凜々花の両親は彼女が幼い頃に交通事故で亡くなっていて、祖父母に預けられていた彼女は中学まで祖父母の下で育ち、高校生になった時に無理を言って一人暮らしを始めた。

 それが出来たのも、祖父母がこの辺の地主だった事も大きい。


 二人はここを薬の一時の隠し場所にして、スタミナは山分けにした。



 古田正信と相馬美杏は地元の駅の近くにある日本茶カフェ「森小路茶会」でお茶を飲んでいた。美杏好みの和モダンな雰囲気の店で、ここに越して依頼の常連客でもあった。

 彼女は、すっきりとした味わいの和紅茶をゆっくりと味わって飲んだ後、正信に向かってこう切り出した。


「……そういえば、今迄一度もこの周辺を見て回った事ってなかったよね?」

「どうした、急に?」

「平日で時間も余ってるから色々と見て回りたいなーって思って……」


 そういえば俺たちが住んでいる森小路区でデートした事はないな。交際を始めた頃は彼女がまだ情緒不安定だったので、近場で会うのは避けていたのだ。


 因みに森小路区は、邦栄市の東北部に位置し、東北端の東西谷山から西南に向かって丘陵地帯が広がる起伏にとんだ地形が特徴であり、第一次産業が盛んである。

 また、近年は住宅開発が進められ、邦栄市のベッドタウンとして発展途中でもある。


「じゃあどうする?どこか行きたい所とかあるのか?」

「そうね~」

 美杏はスマホで森小路区の地図情報を出して、思わぬ事を言い出した。


「貴方や榊のいた小学校が見たいな」

「え?」

「それから色々な場所を廻ろうよ」

「まあ、それでいいなら、お前が気のすむまで付き合うが……」

「じゃあ決まりね」

 

 駅から10分の所に、その小学校はあった。 

 周辺は住宅街と田んぼが無秩序に入り乱れた、典型的な片田舎の学校だったが美杏は物珍しそうに古びた校舎や、周辺の景色の散策をしていた。


 正信にとっては懐かしさや楽しさと同等の悔恨の詰まった因縁の学校でもある。

 そんな彼の煩悶に気付いたのか、美杏は近くの牛ヶ丘山の上にある展望台に行こうと言って来た。

 

 牛ヶ丘山展望台は森小路区が出来た頃からある、古ぼけた2階建ての展望台で平日は上る人もいない。昔は天気が良ければ名邦区や隣りの北邦区の一部を見渡せたが、駅前や区役所周辺の再開発が進んで高層マンションができつつあり、景観が失われつつある。

 

 展望台としては中途半端な所にあるが、それが幸いして小学生でも比較的楽に登れる、隠れた遊びスポットになっている。

「俺もよくここで遊んだものさ」……と正信は説明を締めくくった。


「ふ~ん、でも私はこっちの方がいいなぁ。東京だと街並みしか見えないから」

「そんなもんか?」

「そんなもんよ」

「あ、左を見てみろ」

 正信が左を指差した。

「?」

 彼が指差した方向には何もなかった。

「何が……」

 美杏は言葉を最後まで続ける事が出来なかった、いや余りにも幼稚な罠に引っかかったと悟ったからだった。

 彼は「バカがみる~♪」……と笑いながら歌っていた。


 彼女は恥ずかしさからか、黙って下を向いてしまった。

「冗談だよ、冗談」

 正信は、まだ笑いながら言った。美杏はまだ下を向いている。

「……冗談だって言ってるだろ」

 美杏はまだ下を向いている。

「なあ、悪かったよ」

 美杏はまだ下を向いている。

 正信は流石に心配になって彼女に近付いた。


 途端、美杏は彼に抱き着いてそのままキスをした。余りの早業に正信は呆然とする他なかった。

「お返しよ」

 そう言って彼女はいたずらっぽく笑った。



 一階の自動販売機でコーヒーを2本買って来た正信は2階のベンチで美杏と西に傾き始めた太陽を見ていた。

「何か恥ずかしいね、こういうのって」

「俺も恥ずかしい。今更だけどキスしたのって今日が初めてだし」

「お互いにね」

「実を言うと何と無くこうゆうシチュエーションに憧れていたのよ。日茶生女子学園じゃ絶対に味わえないから」

「俺もだ。難を言えばキスはもう少し雰囲気を作りたかったがな」

 それからしばらく何と無く会話が途切れた。

 そして、どちらかとなくにじり寄り、自然と互いの唇を重ね合わせた。

 コーヒーの味がした。



 他校の生徒が、ある者は押込み強盗に、またある者は健康的な恋愛に励んでいる時、碧陵高校では先生共が記者会見の準備に追われていた。

 校長の松倉宏行は記者会見の原稿の最終チェックをしていた。


 自分の舌に自分自身の未来、この学校の先生達の未来、特にあらゆるコネを使って手に入れた碧陵高校を禅譲するために、これまたあらゆるコネを使って教師にした息子・宏一の為に、あらん限りの熱弁を振るうつもりだった。 



「6人の加害者とされる生徒の未来、3人の教師の未来、5人の邦栄高校の生徒の未来、それを1人の被害者とされる生徒が奪ったんですよ、子供は基本的に失敗する存在です。そうやって成長して、それをしっかり乗り越えていかなきゃいけない、なのに彼等は虐めの加害者という不名誉で身に覚えのない誹りと共にその機会を永遠にうしなったんです。何故当校の教育方針の所為にされなくてはならないんですか?これは教育行政をないがしろにしていた日本人全体の責任でもあるんです。これを放っておいて将来の日本のためになりますか?もう一度、頭を冷やして冷静に考えてみて下さい。そして(いい加減無駄に長いので省略)」


 顔に汗の玉を浮かべて、一気に喋ってゼエゼエと息を切らした松倉宏行校長の熱弁は、誰の耳にも届かなかった。


 いや、正確には聞こえていたが、途中でほぼ無視された。


 語彙が多いだけで中身の無い見苦しい言い訳。

 それが記者会見に出席した記者一同の共通した認識だった。


 その一方で同席していた教頭の寺沢伸二や学年主任の黒石義二は、合間合間に手が割れんばかりの拍手をして場を盛り上げようとしていたが、逆にその態度が出席者の記者からドン引きされていた。

 

 余りにも一方的な言い訳と、虚飾に満ちた中身がスカスカの言い分、3時間にも及んだ記者会見に例外なく皆がいい加減ウンザリした頃に、やっと終わった。


 やり切ったという自己満足と、息子の松倉宏一をはじめとする教師連中の称賛の嵐に包まれて校長室に帰った松倉宏行校長を待っていたのは、逮捕状を手にした岩下警部と30名の捜査員だった。


「松倉宏一他13名を背任罪、不同意わいせつ罪、不同意性交等罪、性的姿態撮影処罰法違反容疑、その他諸々で逮捕します。なお、あなた達は黙秘権が……」

 松倉宏行校長は岩下警部の言葉を遠い世界からの世迷い事の様に呆然と聞いていた。


 呆然とした松倉宏行校長以下教師連中は手錠を掛けられて、エアコンが故障中で効いてない護送車に乗せられて名邦署に連行されたのだった。



「なんかさぁ、碧高で教師が大量逮捕されたみたいよ」

「ふ~ん……」

 凜々花は笑美子の言葉に生返事返し、布団を被った。

 笑美子はそんな彼女を横目で見つつ、テレビに目を向けた。

 テレビでは繰り返し碧高の門前や、逮捕された教師が護送車で運ばれる姿が映し出されていた。


 二人共、生まれたままの姿で一つのベットに寝転んでいた。

 部屋には凜々花と笑美子の愛し合った女の匂いが漂っている。


 はじめは好奇心から、男がいなくてもスタミナを飲んだら女相手でも欲情するかどうか試してみたいと凜々花が言い出したからだった。

 結果は効果覿面、一日中愛し合っていた。


 それからしばらく笑美子は何と無く惰性でテレビを見ていたが、欠伸をしてテレビも消さずに寝てしまった。






 








 






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