第26話 閑話休題


 時間を弘明と司が襲われた日の前日に遡る。


 3年E組の佐伯凜々花は真っ直ぐ家に帰らずに、少し離れた駅のロッカーにあらかじめ置いてあった私服に着替えて最近知り合った大学生、増田郷治の下宿先にいた。


 凜々花と郷治は、彼女が同じチアリーディング部で仲のいい北島笑美子と共にOGの誘いを受けて参加した、とある大学の開催したダンスパーティーで出会った時に意気投合して付き合いを始めた。

 

 一緒に参加した北島笑美子も他の大学生と良い中になったが、程無く分かれたとか……

 

「ふーっ……」

 凜々花と郷治は繋がったまま余韻に浸っていた。凜々花が上である。

「流石に2時間もやりっぱなしはきついぜ」

「あら、私はまだまだ平気よ」

 郷治は彼女の意外な持久力に驚いた。


 彼は大学の陸上部で長距離走の選手だったが、凜々花はチアリーディングの活動も一種の長距離走と前にいった事がある。

『あれ』のお陰ということ差し引いても大した物である。

 こっちの方でなく長距離走の選手としても充分通用するだろう。

 もっとも彼女にその気があればの話だが……


 そんなこと考えていたら、凜々花と繋がっている下の方が、ムクムクと元気を取り戻した。

「下の方は正直ね」

 彼女はそう言ってそのまま第二ラウンドに突入した……



「ん……」

 凜々花は目を覚ました。

 近くの時計を見たら翌日の13時を少し回った所だった。


 頑張りすぎた為か、ありとあらゆる匂いが、さして広くない部屋の中に漂って独特の据えた匂いを漂わせている。

 空気清浄機は動いていたが全く役に立っていなかった。

 隣を見ると郷治がまだいぎたなく眠っている。


 凜々花は空気を入れ替えようと、生まれたままの姿でベランダに向かい窓を開けた。

 ベランダの向こう側は雑木林なので覗かれる心配もない。


 入り込んだ風が肌に心地良い。


 しばし風に当ったのち、カーテンを閉めて自分のスマホをみる。

 北島笑美子からメールが来ていた。

 曰く『今日は急遽全校集会になったよ!何か事件があったみたい』と書いてあった。

 元から休むつもりだったから特に気にしてなかった。


 凜々花は汗を始めとした諸々の汁にまみれた身体を洗う為にシャワーを浴びた。

 特に股の間は念入りに洗う。

 大量の突撃一番の後始末も忘れない。


 風呂場から出ると郷治が起き出してテレビを見ていた。

「何か面白い番組でもやってるの?」

 凜々花はバスタオルで体を隠す事もせず、化粧水を付けながら聞いた。


「君の学校の生徒が5人程殺されたらしい。その前には碧陵高校で生徒10人、教師3人が殺されたそうだ」

「えっ!うそ!ホントに?」

 危うく手に持った化粧水の瓶を落としそうになった。

「俺たちはたった2日で浦島太郎になったみたいだな」


 郷治は冗談とも本気ともつかぬ事を言い、周りを見渡した。

 不完全ながら、ある程度周りと突撃一番が綺麗に片付けられ、空気が入れ替えられてるのを見て、やっぱり女は違うなと妙に感心した。


「そう言えば脱法ドラッグの販売組織は邦栄高校にもあるんだろ?わざわざ俺を透して買わなくても……」

「あそこはダメよ。あそこで買ったら、やらせてくれると勘違いされて纏わり憑かれて散々だったし。他にも方々に手を出して、それが祟って校内での売上が振るわなくなったから販売組織のない碧高や中坊に売ってるみたい」

「あ~そりゃーダメだ。売り手に手を出したらどんな商売でも一遍に信用を失ってパーになる。しかし、販路開拓をしたようだが、ちゃんと管理出来ているのか、そいつら?」


 因みに彼は大学では商学部で学んでいる。

「多分その辺もザルでしょうね。元々楽して稼げる儲け話に飛びついたようなもんだし。それよりも貴方もシャワーを浴びたらどう?」

 郷治は考え事に夢中になりそうになって、凜々花の一言で我に返った。

「そうだな」


 彼はシャワーを浴びながら考えをまとめた。

 これ程の大事件になっているなら、あの2校に警察が入っているだろう。

 それ以前に邦栄市にまたがる脱法ドラッグの販売組織に関する調べもある程度は進んでいるとみていい。


 警察はネット民が思っている程無能ではないし、彼等が好き勝手なことを言い散らかしてる間に犯人の目星を付けて、証拠を抑えて確実に追い詰めていく。


 ……とすると大学内の販売組織とも早目に手を切った方がいいだろう。

 でも、凜々花との関係を断つのは如何にも惜しい。兎に角話してみよう。

 シャワールームから出ると彼女は下着姿で自分のスマホをいじっていた。

 

「ねえ、薬って何種類あるの?」

「?」

「私達が使った錠剤が性欲を高める薬でしょう?他にも一次的にスーパーマンみたいになれる薬とかあるのかなって思って……」

「何でそんなことを聞くんだ?」

「だっておかしいと思わない?いくら切れたからって、いきなりこんな大量殺戮を一人で犯すなんて普通無理じゃない」


 郷治は矢張りその考えに至ったかと半ば感心した。

 最も凜々花は一つ考え違いをしていた。彼等が使った薬は本来なら持久力を長持ちさせる物で性欲を高めるのは、その副作用なのだ。


 それはともかく、郷治は俺が知ってる範囲だがと前置きして、販売組織が扱っている薬の知識を披露した。


 第一は彼等が使ったスタミナ。これは持久力を長持ちさせる物で、副作用は性欲が抑えられなくなる。


 第二にスナップ。これは瞬発力が一時的にアップするが、効果が長続きしないうえ、副作用で体が一気にだるくなる。


 第三にパワー。この薬は販売組織が扱っている薬の中ではトップクラスで危ない奴で、筋力が飛躍的にアップするが、破壊衝動も抑えられなくなる。


 後は他から仕入れた覚醒剤や他の脱法ドラッグを扱っている。


「ふ~ん……色々と扱っているだね」

「ああ、だけど覚醒剤は流石にヤバイから手を出していないけどな。ところで相談なんだが……」


 郷治は今がかなりヤバイ状態だと説明して、彼女の理解を求めた。

 凜々花もSNSを見て、状況をある程度は理解していたので即座にOKしたが、条件を出してきた。

 

 条件は集められるだけでいいので、スタミナを集めること。


「う~ん、出来る限りの伝手を回るが、余り数は集められないぞ」

「私も宛があるから、そちらもよろしくね!」

 そう言って彼女は腕を郷治に絡めてディープキスをした。



 皆無言だった。 


 余りにも色々な事が起こりすぎた事もそうだが、同じ教室のクラスメイトが2人も巻き込まれた事が、今頃になってショックを麗香と武光、修一に与えていた。


 その一方で麗香は、司は又一段と逞しくなったと感じていた。

 中学生の時に一緒のクラスになった時は、明るいのが取り柄で誰ともそれなりに仲良く出来る子だった。


 翻って麗香は前述の虐めが原因で、半ば人間不信になっていた。

 今にして思えば武光や美杏の事を言ってられない程、負のオーラを出していた。


 だからだろう。


 司を剣道部に誘ったのは、当時の自分に欠けていた物を彼女が埋めてくれると感じたからである。麗香が今あるのは、半分は彼女のおかげなのだ。


 翻って弘明は後から聞いた話だが、私や司と親戚や幼馴染だった事を殊更そねまれて、上級生から色々と嫌がらせを受けたらしい。私達の前ではそのことをおくびにも出さなかったが……


 それはともかくとして……

 

「ねえ、いい機会だから久々に泊っていい?」

「……私はかまわないけど?」

「じゃあ、決まりね!」


 麗香は司の家に泊まる事になり、その旨を家に連絡してその経過を説明した。

 中学時代から何回もお互いに泊まりあってきた関係で、お互いの家に最低限の下着やパジャマ、部屋着を置いてあったのでその辺は大丈夫だった。


 武光と修一も麗香が司を気遣っているのを察したのか、途中で別れていった。


 司と弘明の家は学校の正門から歩いて20分の商店街から少し離れた所にあった。

 弘明の家は北から見て西側にあり、隣接する司の家が東側だった。


「じぁあ、明日ね」

「……」

 司は黙って遠慮がちに手を振った。

「ああ、明日な」

 弘明も言葉少なく応じた。


「あら、平日に泊まりに来るなんて珍しいわね」

 母親の静江はそう言って麗香を出迎えた。

「お邪魔します」

 彼女はそう言って頭を下げた。



 弘明はリビングで弟の勇樹と一緒にテレビを見ていた。

 どのチャンネルも時ならぬ大事件に躍起になって地元の名邦警察署や碧陵高校、そして邦栄高校に中継車を回してレポーターがある者は悲痛な面持ちを装って、またある者は興奮して顔を真っ赤にしてリポートしている。


「碧陵でも授業を中止して午前中に全校集会があったらしい。あそこの方が根が深いみたいだぜ」

 勇樹が自分のスマホを見て言った。


 碧陵高校に彼の友達が進学していて、メッセージを送ってきたのだ。

 その友達は彼の兄とお隣さんが被害者と知って、積極的に彼が知っている限りの情報を教えてくれた。


 それによると……

 犯行に及んだのは1年生の男子で普段は目立たなくて物静かな人だった事。

 複数の男子に日頃から虐められてて、その内容が最早犯罪レベルな事。

 教師達はそのことを知っていたにも拘わらず、一様に見て見ぬふりしていた事。

 更にそれを隠す為か、全校生徒に箝口令が敷かれ、マスコミは相手にしないと約束させられた事。

 これらは既に複数の生徒によってネット上に無差別にバラまかれている事。

 などなど……


 碧陵高校はスマホの持ち込みは禁止されているが、自分の家で使っていけないとは言ってないし、そこまで取り締まるのは不可能である。


 いつの世も大人より若者の方がこの手の事は良くも悪くも悪知恵が働く。 



 麗香は司の部屋にいた。

 彼女達も、居間で一連の事件のニュースを見てから二人で一緒に風呂に入り、身だしなみを整えてパジャマに着替えて司の部屋に上がった。


 時計を見たら10時半になっていた。

「ヒロ君もまだ起きてるみたい」

 司が窓を開けて隣を見て言った。

「まだ10時半だからね」


 それからしばらくは、当たり障りのない世間話や、クラスの他の人の事や、古田が茶道部に入ったが、美杏の護身術の練習台になっているらしい事、羽黒とエミリアは出来てるじゃないかと噂になっている事などを話していた。



「ふーっ、こうゆうのも久し振りね……」

 麗香は言いながら欠伸をした。時計を見ると午前12時を回った所だった。

「後は一眠りするだけね」

「そうだね。おやすみー」と言いながら司は部屋の電気を消した。

 麗香も司も布団に入るやいやな、あっという間に夢も見ない奈落の世界に暫し旅立った。



 弘明はスマホの着信音で目を覚ました。

 司からで時間を見たら5時半だった。

「なんだ朝っぱらから?」

「朝っぱらだから電話したのよ」

「早過ぎないか?」

「早く起きちゃったからしたかないじゃない。ヒロ君のお弁当も作ったから早く準備して。麗ちゃんも待ってるんだから」

 弘明はぶつくさ文句を言いながらも20分で支度をした。


 玄関に出たら麗香と司が待っていた。

「えらく早起きだな」

「剣道部はこんなもんよ」

 麗香は何言ってんのという顔で言った。


「俺は怪我人だぞ、わかってるのか?」

「私だって肋骨にひびが入った状態で試合に出たことがあるんだから。男がその程度で情けないこと言ってるんじゃないの」

 麗香はそう言って早々に歩き出した。

「化け物……」

 弘明は小声で先頭を行く彼女の背中に言った。

 ひびの入った肋骨また痛み始めた。



 麗香と司はいつもより遅く、弘明にとってはいつもより早く学校についた。

 他にも朝練に参加する他の運動部や吹奏楽部の姿がチラホラ見えた。

 教室には相馬美杏がいた。


「おはよう。邪魔しちゃったかな?」

「ううん。それよりも朝練に行かなくていいの?」

「うん、今日はサボリ」

 麗香はそう言って司と一緒に朝御飯の手作りサンドイッチと1階の自動販売機で買ったミックスジュースや牛乳を広げた。


「曾根君も朝御飯はまだでしょ。相馬さんも良かったらどう?」

 美杏はちょっと考えて答えた。

「じゃあ、お言葉に甘えてお相伴にあずかりましょう」

 そう言って手近な椅子に座って麗香と司が作った手作りサンドイッチを食べた。

 美杏はコンビニで売っているサンドイッチよりも具が多くて厚みが倍はあり、パンの耳がついたままのそれを一個だけ食べた。


「もう一つどう?」

「いや、一個でいいわよ」

「意外と少食なんだね」

 司は二個目を食べながら言った。

「お前たちが大食漢なだけだ」

 弘明が呆れ顔で言った。

「失礼ね。運動部ならこれぐらいは腹八分目にもならないわよ」

 麗香はそう言って牛乳を飲んで三個目にかかった。


「俺も一応運動部なんだけどな」

 因みに麗香と司が三個、弘明と美杏が一個ずつだった。

 8時には4人がかりで後片付けを終わり、麗香と司は時間を持て余して外に出た。

「すまんな。朝から騒がしくて」

「いいのよ、いい気分転換になったわ。それより怪我は大丈夫?」

「ああ……少し痛むが大丈夫だ」

「そう。それならいいけど」

 美杏はそう言って微かに笑みを浮かべた。


「幼馴染にまたいとこの関係だったっけ?」

美杏は唐突に聞いてきた。

「あ……ああ」

「私ってパパが転勤族で二人っきりでこの土地に来たから、そうゆう関係がチョット羨ましいなって思って」

「それほど羨ましがられる関係じゃないぞ」

「でも彼女の作ったサンドイッチを食べれる人なんて中々いないよ」

「うっ……」

 確かに美杏の言う通りだが、その分、女という生き物に幻想を持てなくなったという一面があるのも否めない。

 姉や妹がいる男と気分は似ているかも知れない。


 相馬も案外司や榊と根っこは同じかも知れないな。

 そんな事を考えながら、こちらを見ている美杏を横目で見ていた。

 美杏が何か言おうとした時、他のクラスメイト達が教室に入ってきた。

「おはよう」

「傷は大丈夫なのか?」

「無理するなよ」

 皆珍しい取り合わせに興味津々で挨拶をする。 


「そう言えば榊と神谷はどうした?珍しく朝練に来なかったけど?」

 男子剣道部の山上道雄が疑問を口にした。羽黒や武田に匹敵する長身の生徒だ。

「ん?廊下にいなかったか?」


 そこへ二人が戻って来た。

「何処行ってたんだ?」

「ああ、廊下は結構騒がしいから、そこの階段で喋ってたのよ」

「ああ、道理で姿が見えなかった訳だ」


 そして予鈴のチャイムがなった。

 




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