第25話 黙禱そして虐め放置の代償


 5時間は数学のはずが、織田(因みに担当教科は世界史)が来た。

 彼は一泊おいて、皆の方を向いて言った。


「今日は午後の授業は中止だ。もう少ししたら放送で臨時の全校集会をやる。何があっても騒がないようにしろ」

 織田のいつにない神妙な態度に、生徒達は、また何かあったらしいと気付いたが、直後に始まった足利校長自らの放送の内容は、皆の度肝を抜くに充分だった。


「昨日、わが校の生徒が5人、不慮の事故で亡くなりました。まだ詳しい情報は明らかにされていませんが、警察から当面の危険は去ったとの情報が入っています」

 ここまで話した所で放送室にいた校長の足利は息をついた。

 外で生徒の話し声が聞こえた所で……


「それでは簡単ではございますが、亡くなった生徒達のために1分間の黙禱をささげたいと思います。……全員、黙禱!」


 静かにしましょうと言っても、中々静かにならない物だが、1分間の黙禱なら一時的とはいえ、如何なる時も、どんなならず者でも水を打ったように静かになる。


 それに生前がどうあれ死者には形式的であれ、憐れみを持って送り出すのが人の道という物だ。後は天国なり地獄なり、どちらにも行けずに浮遊霊になろうが、それはこちらの知ったことではない……と言うのが、人には話した事のない彼の考え方でもあった。


 足利の「やめ」の合図と共に黙禱が終わり、各クラスの担任の先生の指示に従って帰るよう指示をして、そばに控えていた細川教頭に職員会議の準備をするように言った。



 午後の授業どころか部活も出来なくなってしまったので、特に体育会系の生徒は不満たらたら、あるいは嬉々として帰り支度を始めた。


 麗香も無言で帰り支度を終えて、司の方を見た。

 彼女は眠気と闘う様に頭をあっちへフラフラ、こっちへフラフラさせていた。

「大丈夫?」

 司は麗香の問いかけにも気付かなかったが、それでも立ち上がってショルダーバッグを手に取り、歩き出した。

 その様は夢遊病者のそれだった。


 そして2、3歩、歩いた所で崩れ落ちた。

「お、おい」

 たまたま傍にいた修一が受け止めた為、床に激突せずに済んだが、彼女の顔色は真っ青だった。結局、修一と弘明で司を保険室に運んだ。


 *


「貧血と睡眠不足ね。2、3時間寝かしといたらいいでしょう。あと昨日辺りから食事も余り取って無いはずよ。起きたら塩飴でも嘗めさせなさい」

 宇喜多秀美という40がらみの保険医はそう言って幾つかの塩飴をくれた。

 

 静かな寝息が聞こえてくる。つかの間の静寂が訪れていた。

 宇喜多がお茶を入れてくれた。


 麗香と武光が弘明と修一の鞄を持って保健室に来た。

「もう私達以外は皆帰ったよ、ところで司はどう?」

「寝ているよ、貧血と睡眠不足だそうだ」

「そう……貴方は大丈夫なの?」

「ああ、痛み止めのおかげでぐっすり眠れたからな」


 司はまだ眠っていたので、1時間程、宇喜多が入れてくれたお茶を飲んで保健室で過ごした。正面の正門にたむろしていたマスコミも粗方引き上げて元の静けさを取り戻した。


 それからしばらく後、ようやく司が目を覚ました。

 何事もなかったかのように伸びをして、周りを見渡す。

「……?病院?」

 周りは薄いカーテンで覆われていたので、彼女がそう思ったのも無理はない。

 ベットから起き出してカーテンを開けて、ようやくここが保険室と分かった。


「お、やっと起きたか」

「ヒロ君?何で私はここで寝てたの?」

「何も覚えてないのか?帰ろうとしてぶっ倒れたんだよ。俺と大貫でここまで運んできたんだぜ」

「皆は?宇喜多先生は?」

「ほとんどは帰った。残っているのは大貫と武田、それと榊だけだ。今ジュースを買いに出たところだ。宇喜多先生は職員会議に出てる」

 そこまで説明したところで、何と無く会話が途切れた。


 どちらかというわけではない。

 気が付けば自然と抱擁して、お互いの唇を重ね合わせて、そのままの姿勢でいた。

外から複数の足跡が聞こえた所で二人は体を離して、司はベットに座り直し、弘明は近くの椅子に座った。



「明日、全ての授業とクラブ活動を中止して全校集会を行う」

 足利校長は教職員全員が揃った所で、そう切り出した。

「もう知っていると思うが、わが校の生徒が5人殺された。犯人は昨日捕まった碧陵高校の生徒だ」


 殺されたのは3年生の不良グループの特に質の悪い連中で、碧陵高校から程近い平和公園の森の奥で5人まとめて殺されていた。

 遺留品から推測するに、煙草を隠れて吸っている所を襲撃されたと思われた。


 その吸っていた煙草が脱法ドラッグだったというのだ。 

 そこにいた全員が息を吞んだ。

「そこでだ、生徒達への心のケアとマスコミ対策だが、ケアに関しては生活指導部の面々と宇喜多女史にお願いします。マスコミ対策は私が中心になって行ないます。」


「実は、そのわが校の生徒5人の事なのですが……」

 校長の後を受けて学年主任の鈴木が、言いづらそうに口を開いた。

「どうも脱法ドラッグの使用や販売に関わっているようだったんです」

「その情報は何処から?」

 教頭の細川が尋ねた。


「今朝、ここを訪ねてきた岩下という刑事です。毛利の恩人でもあります」

 一番後ろに座っていた毛利が無言でうなずいた。

「しかもこの学校だけじゃなく、他の学校や大学でも学生を中心とした販売組織が有るらしいということでした」

「……」

何やら大事になってきた事に、皆もう学校の中だけで解決しそうに無いと腹をくくらざるを得なかった。


 しかし、腹をくくったからといって、どうしたらいいのか……


「おい毛利、携帯を触るのは後にしろ!」

 鈴木が一番後ろに座っていた毛利がスマホをいじっているのを目ざとく見つけて注意した。

 しかし毛利は「あ、すいません」……と形だけ謝ってスマホをいじり続けている。


 隣に座っていた1年の数学を担当している斉藤という30代の女性教師が横から彼女のスマホを見た。ゲームをしてたら取り上げるつもりだったが、その姿勢のまま固まってしまった。


 鈴木は2人の様子が余りにも変だったので直接見に行った。

「いい加減しろ!職員会議の真っ最中だぞ」

 そう言って毛利のスマホを取り上げようとした。

 しかし、スマホに表示された碧陵高校の文字に思わず見入ってしまった。


 彼女が見ていたのは所謂まとめサイトで、碧陵高校の一連の事件の顛末が事細かに書いてあった。


 それによると、問題の生徒は日頃から教科書を隠されたり、自前の金で使い走りをさせられたり、事あるごとに殴られたり蹴られたり、皆の前でオ○ニーをさせられたりといった事が重なった挙句、数回にわたって脱法ドラッグの実験台にさせられて、文字通り身も心もボロボロにされて、遂に犯行に及んだらしい。


 しかも止めるべき先生達も「虐められる方にも問題がある」……と言ってこれ等の虐めを黙認していたと言うのだ。


 まとめサイトに書かれていた内容は、おおむねこんな感じだった。

 しかも虐めに加わっていた生徒達や見て見ぬふりをした教師の個人情報が残らず晒されており、その数は数十人に及んだ。


「これは碧高は明日から荒れるな……」

 鈴木は初期の目的を忘れてスマホの画面に見入っていた。

「私達も何らかの対策を立てるべきでは?」

「対策?」

 毛利に水を向けられた鈴木がオウム返しに尋ねた。


「もうネットでは彼等の個人情報がかなり拡散してますよ。数日中に消されるでしょうが碧陵高校の二の舞いになる前に、今からでも何らかの形で対策をたてるべきでしょう」


 毛利を見る他の教師の目は新米が何を出しゃばってるという目ではなく、あの毛利がこんなにも成長したかとゆう目であった。

 ここにいる半数以上が5年前まで、この学校にいた時の彼女を知っていたし、特に当時は担任だった鈴木とは立場上犬猿の仲だった。

 その鈴木も感心したように毛利を見ていた。


「う~む……ヨシッ!その辺は君に任せよう」

 足利校長は即断した。

「確か第二職員室と事務所にこの間新調したパソコンが何台かあったな。それを君専用に使っていいから明日からと言わず今からでもかかってくれ」

「え……?」


「こうゆう事は若い世代の人が得意だろう。責任は全て私がとるから思う存分やってくれ」

「ええっ!?」


「小早川君、吉川君。毛利君をサポートしてくれ」

 2人共、毛利より4~5歳年上の男性教師でパソコンにも通じている。

「えええええっ!?」


「どうした?」

「いや、あの、いくら何でも……」

「言いたいことは分かる。しかし、君以外に適任者はいない。それに君がここに在学中の数々の不祥事の後始末を全部我々がやったんだ。恩返しの絶好の機会じゃないか」


 鈴木は足利校長の即断即決ぶりに感心していた。

 こう言われれば、毛利も断りにくくなる。

 しかも責任問題は最終的に校長に帰するが、彼女も自動的に信頼を失ってこの学校にいられなくなるし、校長も人を見る目が無いと評判を落とす事になって、学校から去らざるを得なくなる。


 言わば死なば諸共の関係に無理矢理させられたと言える。

 しかし、それだけ毛利を買っていると言える。単なる戯れや嫌がらせでこんな事をする人じゃないからだ。


 そして肝心の毛利は、いきなり大仕事を押し付けられて早くも右往左往していた。

 鈴木は取り敢えず助け舟をだした。

「今からだと学校に泊まる事じゃないですか。明日は全校集会や緊急保護者説明会あるから、そちらの準備を優先しましょう」

 その一言で、皆は我に返ったように準備に入った。



 名邦署では自分達の管轄で起きた大事件にてんやわんやであった。

 そしてこうゆう時に頼りになるのは、いつの世も所属や階級、年齢を問わず現場で経験を積んだ者達である。

 とは言え、その一人の岩下警部にとっても、これだけの大事件は初めての事であった。


「碧陵高校で生徒10人、教師3人が殺され、負傷者は重軽傷併せて24人。邦栄高校は生徒5人が殺され、負傷者は生徒1人が軽傷です」

島田刑事の報告を聞きながら岩下は考えこんでしまった。

 単なる復讐劇でない事は警察病院に行った碇谷刑事から報告があった。逮捕した高校生から脱法ドラッグの陽性反応が出たのだ。


 更に任意同行の形で引っ張ったジャージネクタイ男=坂井充と名乗った男からは、色々な事実が聞き出せた。

 彼等が脅したり、宥めすかして自供を引き出したわけではない。

 彼自らが自供したのだ。


 碧陵高校の隠された悪事を自ら積極的に披露し、捜査に協力する事で自分の罪を軽くしようという意図が明白だった。

 しかも、彼の自供は昔ながらの管理教育の歪みというレベルを軽々と超えていたのだ。むしろ高校を隠れ蓑にした犯罪組織と言っても遜色無いレベルだった。


 30数年前に、岩下は他の管轄で行き過ぎた管理教育が原因で自殺した女子生徒の捜査を担当した事があった。

 当時20代だった岩下を見下すように「当校の教育方針と生徒の自殺とは何ら関係無い」と言い切った校長の微妙に歪んだ顔を彼は思い出していた。



 5人は職員会議から帰って来た宇喜多に礼を言って保健室を後にした。


 途中で帰り道から外れた一同は交番に向かった。

 あの星ヶ丘公園の近くにある交番である。

「おお!どうしたんだい?」

 交番にはあの年かさの警官が一人でいた。

 後の二人はパトロールに出ていると云う事だった。


「昨日はありがとうございました」

 弘明と司はそう言って頭を下げた。

 後ろの三人も慌ててそれに倣う。


「いやいや、本官は職務を果たしただけだ。それよりも胸の具合はいいのか?」

「はい、お陰様で折れていませんでした。他の二人にもよろしく言ってください」

「分かりました。あなた達も気を付けてください」

 年かさの警官はそう言って敬礼した。


 重ねて礼を言うと、交番を辞去して、杉本外科医院に行った。

 院内は昨日の騒ぎが嘘のように静かだった。

 受付の看護師が杉本親子を呼び出してくれた。


「どうした?痛むのか?」

「いや、昨日のひと悶着のお詫びをと思いまして……」

「ほほう!あの腕白坊主が、しおらしい事を抜かしおるようになったか。隣りのヤンチャ娘も改めて見たら美人になったな。ま、ワシの嫁さんの若い頃にはチョットばかり劣るがな」

 そう言ってガハハハッと笑った。






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