第20話 夏休み・後半6 お騒がせの祇園
確かに司も麗香も、人当たりは良くて社交的なので男女問わず、友人も多いが、俺個人としては、彼女達のおかげで、女という生き物に幻想を持てなくなったという一面があるのも否めない。姉や妹がいる男と気分は似ているかも知れない。
これで二人の性格が最悪だったら、迷うこと無く邦栄高校ではなく、燕子花高校に通っていたかもしれない。実際中三の頃の進路指導で、燕子花高校行を強く勧められたものだ。
中学時代に帰宅部だったのは、俺が司や麗香と知り合いだったことに対する、運動部の先輩連中の殆ど一方的な嫉妬心も原因だった。
燕子花高校でも上位を狙える程の学力が付いたのも、その副産物だった。元々は司と同レベルだったが、やってる内に数式を解くのが面白くなって、それが原因で、中二の頃に司とケンカした事がある。
ケンカの原因は、今思えば実にくだらない事だった。
昼休みに図書室である数式を解こうと、頭の中でその数式を解きながら廊下を歩いていたら、後ろから司に「わっ」と驚かされて、その反動で半ば解け掛けていた数式を忘れてしまったのだ。
その時は、本気になって怒鳴りつけた挙句、「馬鹿阿保ボケカス死んじまえダボ!」と廊下で罵った挙句に司を泣かしてしまった。その瞬間、しまったと思ったが、時既におそし。俺は横っ面を盛大に叩かれ、俺は廊下で彼女を泣かせた男として悪名を轟かせた。
当然、噂は光の速さで学校中に広がり、俺は司に三週間は口もきいて貰えなかった。
彼女を怒鳴ったのは、今までで、この一回だけである。
*
「……と、いう事もあったのよ」
司は祇園と話し込んでいた。
「へえ~ぱっと見、そんな人には~見えなかったけど~」
「最初は一生口聞かないと決めてたけど、反省してる様だったし、中間テストが迫ってたから、勉強を見てもらう事で手を打ったけどね」
「その人、頭いいんですか~?」
「凄くいい部類に入るね。今年の夏休みの課題も7月中に終わらせたし」
「いいなぁ~いいなぁ~いいなぁ~もひとつおまけでいいなぁ~」
祇園は駄々っ子の様に体をくねらせた。
「邦栄高校に来る?」
「来ない!明石先輩一択だから!」
「偉いっ!そこまで言える人は滅多に居ないよ」
麗香は一歩引いた所で、二人のやり取りを聞いていたが、意気投合しつつある二人に、そこはかとない不安を感じ始めていた。
司もチョット不思議ちゃんが入ってたけど、真正の不思議ちゃんに感化されたらどうなることやら……
それよりも、今何よりも許せないのは、沙織他、白女の剣道部の面々と、彼女達に囲まれて困った顔をしつつも、にやけた顔をしている武光だ。
このイライラと怒りを9月末に予定されている白女との練習試合で、まとめてぶつけて沙織におごらせてやると固く心に誓って、沙織が自分を呼ぶ声に笑顔で答えたのだった。
*
武光は多分、今迄の人生で一番戸惑っていた。
西東寺高等学校は男子校で、彼は長距離走に文字通り、色々な意味で命がけで打ち込んでいたスポーツマンだったし、周りの人達は隙あらば相手を追い落とそうする悪い意味でのライバルだった。
邦栄高校に来て、剛司の勧めで園芸部に入ってからも、女子と話す機会は増えたが、留年生という事で、殆どの人が何となくよそよそしかった。しかし、麗香だけは事あるごとに話しかけてきた。
話の内容は、彼女の部活の事や、家が神社ということと言った自分の話や、その他諸々の世間話ばかりだったが、時々えも知れぬ視線を感じることがあった。
それはさておき……
今、この瞬間だけ結構幸せかもしれない。
西東寺高等学校は地元からも伏魔殿呼ばわりされて、敬遠されて居たので当然女っ気はなく、トレーニングや内部抗争に明け暮れる荒んだ日々を送っていた。
今現在は『彼女にするなら白富女学園、彼氏にするなら燕子花高校、運任せなら邦栄高校、色んな意味で選んじゃダメな碧陵高校、問題外な西山高校』……と地元の中高生から言われている白女の女達に囲まれている。
もっとも、麗香の彼氏という、一種の珍獣扱いされての事だが……
やっと開放された武光は、司に声をかけられた。
「お疲れ様でした、これどうぞ」
そう言って彼女はコーラを差し出した。
「お、ありがとう」
そう言って彼はそのコーラを飲んだが、独特の薬っぽさが口に広がり、危うく吐き出す所だった。ラベルを改めて見たらドクターペッパーと英語で書いてあった。
「どうですか~美味しいですか~」
司の後ろにいつの間にか、祇園がいて彼を見ていた。
「……何というか、一度飲んだら忘れた頃に飲みたくなる味だな」
「毎日じゃないんですか~」
「毎日はいいな……」
「貴方もですか~」
祇園は不満そうに武光を見て、自らもドクターペッパーをがぶ飲みした。
「この美味しさを~理解できないなんて~私の彼氏には不適格ですね~でも~お友達ならいいかなって思ってたりして~」
武光は、そう言って彼を見る彼女の目が、肉食獣のそれに似ていると感じて、一瞬身震いした。
「駄目よ、武田君は麗ちゃんの彼氏なんだから」
「普通の友達でもダメですか~」
「それは麗ちゃん次第ね」
「じゃあ~相談してきます~」
そう言って彼女は、沙織達と談笑してる麗香の下に走り出した。
「思い立ったら直ぐに行動に移す所は麗ちゃんと似てるね~」
司は半ば呆れ顔で武光に同意を求めた。
「あ……ああ」
しばらくしてから弘明がやって来た。
「あれ、荷物番は?」
「とっくに交代の時間だ。剛司たちと交代して来た」
「あ!そんな時間だったんだ。あ、これ飲む?」
「飲まん!」
弘明はドクターペッパーのラベルを見て即座に断った。
「彼氏失格!」
後ろから声を掛けられ、弘明はビクッとした。慌てて振り向くと、幼さが微かに残った長身でショートカットの女性が彼を指差している。
「???」
確か明石と一緒にいた女性だったな。しかし、なんだ今の発言は?
「その人は私の彼氏だから、とっちゃダメよ」
「え!さっき頭が凄くいいって言ってた人ですか!」
「そう、だから私にとって今失ったら、いろんな意味で痛い損失なのよ」
褒められているのは分かるが、素直に喜べんな……
「そういえば麗ちゃんはなんて言ってた?」
「渋~い顔をしてましたけど~友達なら~いいよって~言ってくれました~」
「良かったね」
「ついでに~この人とも~友達になっていいですか~」
「うっ……ま、まあ、いいわよ……」
「やった~男友達が二人も出来た~」
祇園は子供の様にはしゃいで弘明に抱き着いた。彼女の成長途中と思われる乳房の感覚が、薄い布地をとうして弘明に伝わってくる。
「お、おい……」
弘明は冷たい視線を感じて、司の方を見た。
そこには氷の微笑を浮かべた彼女がいたが、それが彼に向けられた物か、祇園に向けられた物か、それとも両方に向けられた物かは、今時点では判断がつきかねた。
*
ゔっ……まさかあんな挙(きょ)に出るなんて……私でさえやった事がないのに……
しかも、ヒロ君のにやけた顔は何なのよ!まさか下が膨らんでないでしょうね!
そこまで考えて司はある思考に辿り着いた。
もしかして私はリアル負けヒロインの道を歩いてるの?
だから言ったでしょ、このままでいいのって!
でもでもでも、簡単に乗り換えるって漫画やラノベみたいな事は起こらないでしょ?
唾つけただけじゃダメなのよ。何処かで決着付けないと。
司は氷の微笑を浮かべたまま、自問自答を繰り返すという、中々の離れ業をやってのけていたが、沙織が彼女を呼ぶ声に我に返った。
「ごめんごめん、あの子の世話を押し付けちゃって……」
司は内心の葛藤をわきに置いて返事を返す。
「いえいえ、全然大丈夫よ、中々いい子じゃない。ドクペパ押しさえなかったらね」
「それとあの喋り方だけが、悩みなのよね」
「それに、男友達を増やしていく事が目標みたいだけどね」
纏わり付いてくる祇園を引っぺがそうと、悪戦苦闘する弘明に冷たい視線を向けながら、声に若干の冷たさを込めて言った。
「あの子の場合、相手を選んで粉かけてるから厄介でもあり、ちゃんとしてるとも言えるのよね」
「というと?」
「美形で頭が良くっても、ナンパ師的な感じの男には見向きもしないし、曽根君みたいに今の彼女に隠れて絶対に浮気しないと感じた人には、帰って纏わりつくのよ。一種の才能ね」
「はた迷惑な才能ね~しかも麗ちゃんと背丈が同じ位で、カッコイイから相手に間違ったサインを送りかねないよ」
「おいっ!駄弁ってないでこいつを何とかしろ!」
弘明が纏わりつく祇園に辟易しながら彼女らに助けを求めた。
「あっ、ごめんごめん。祇園!いい加減にしなさいっ!」
沙織が一括すると、彼女は不承不承の体ながらも弘明から離れた。
「もーっ!まだ知らない人なんだから、むやみやたらにベタベタするんじゃないのっ!」
「焼いてるんですか~」
「バカッ!」
そう言って彼女は祇園を小突いた。
彼女は祇園より5センチ位背が低いので、傍から見たらややシュールな光景に移るのは仕方ない。
司はやっとのことで祇園から開放されて、へたり込んだ弘明の隣に座った。
「散々イイ想いをした割には、疲れた顔をしているわね」
「文字通り憑かれたからな。お前の御守りをしている方が十万倍もましだ」
「どうゆう意味よそれ?」
「そうゆう意味だ」
「そっか」
彼女は短く答えてオレンジジュースを手渡した。
「お、気が利くな」
そう言って弘明はオレンジジュースを飲みだした。
司はそれを見ながら、なんとなくこの瞬間だけ幸せだと感じた。
*
麗香と武光は一旦、沙織や司と別れて近くの浜茶屋で、遅めの昼飯を取っていた。
「あの調子だと、同い年の女の子との会話には、まだまだ慣れていないようね」
「お前もその一人なんだけどな」
「私以外のよ!」
彼女は慌てて付け足した。
「相変わらず詰めが甘いな。まあ、俺も今迄が今迄だからな」
麗香は武光との言葉のキャッチボールを、それなりに楽しみながら、彼は大分変わったと思った。
美杏と共に転校してきた時は、彼女共々負のオーラを全開で出していたが、ブレザーを着ててもネコ科を思わせる柔軟な筋肉と、これは体育の授業の時に確認したことだが、普通に歩くだけでもチーターの様に即座に全力疾走に移れる俊敏さを兼ね備えた足腰を維持していた。
麗香は何気に聞いてみた。
「そういえば、もう陸上競技に未練はないの?」
武光はちょっと考え込んでから答えた。
「未練がない訳ではないけど、西東寺に居た頃ほど打ち込もうとは思わなくなったな」
「どうして?」
「向こうじゃ陸上競技一本で、他の事は考えられなかったからな。こっちじゃ体育会と文化会の差は、それ程でもないだろ?」
「……多分ね」
そういえば武光の成績は下から数えた方が早かったな……
「さっきも言った通りトレーニングと内部抗争をどう乗り切るかに頭を使う日々だったからな。邦栄高校に転校できたのも不思議なくらいだ」
「ふ~ん。なんだったら勉強見てあげょっか?私でも貴方を下位から脱出させる位はできるわよ」
武光の脳裏に竹刀を手に傍らに立って、彼に勉強を教える麗香の姿が浮かんで思わず身震いした。
*
剛司とエミリアは荷物番を弘明と交代して、並んで座っていた。
「これで花火が出来たら最高なんだがな。ここは花火禁止だからな」
「剛司の家では出来ないの?眺めもいいし」
「あそこも全面禁止だ。隠れて線香花火が出来るくらいさ」
「厳しいんだね、剛司にとっては正に監獄だね」
「お爺にあそこに住めと言われた時には、過保護がすぎると思ったけど何のことは無い、手の届く範囲で監視する為だったのさ。あのマンション、堅気の第三者を透して作って組で運営していたのさ。管理人しか知らないけどね」
エミリアは剛司の愚痴を聞きながら、彼女のvergine(ヴェルジーネ=処女)を彼にささげた時の事を思い出していた。
*
ヴェルジーネの喪失から2日目の月曜日、いつも通り学校に登校した私に済まなそうな顔をした剛司が、ややぎごちなく挨拶をした。
私はそれを見て、つい2日前の事を思い出して、頬を赤らめつつ挨拶を返す。
剛司と一緒にいた池田君が私に挨拶しつつ、不思議な顔をして交互に私達を見たが別の仲良しの男子に声を掛けられて、そっちの方に行ってしまった。
昼休みに私は剛司を屋上に誘った。
アンパンとコーヒー牛乳で手早く昼飯を済まそうとした剛司に、私のサンドイッチを一つ上げた後、疑問に思っていた事をぶつけてみた。
「こないだは聞きそびれたけど、何であんなマンションに一人で住んでるの?」
剛司は一瞬だけ考えて、それまでの経過を説明してくれた。
あの日あそこを指定したのも、単純にホテル代が勿体無かったからで、自慢したい訳ではなかったと強調した。
そして最後に「気に障ったなら謝る」……と頭を下げた。
私は剛司の馬鹿正直さに思わず大声で笑い転げてしまった。
「単に気になっただけなのに謝ることないじゃない、stupido(ストゥーピド=馬鹿)ね~」
「ちっ、マジで謝って損したな」
「気にしない気にしない、貴方のそうゆう所も好きなんだから」
そう言って剛司にキスをした。コーヒー牛乳の味がした。
*
その日は現地解散となり、麗香と司は白女の面々と食事会に行き、武光と弘明も突き合わされた。美杏と正信は一緒に帰り、エミリアと剛司も途中まで同行し、新新栄町で別れた。
エミリアが友達の家に泊まると言って剛司の家に行ったのは言うまでもない。
因みに白富女学園は見事にインターハイ優勝を果たして、錦を飾ったのだった。
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