第19話 夏休み・後半5 武光の回想、そしてジェンダーコンビ?
司は一人だけビキニだったので、4人の中では比較的目立った。
弘明は、今更ではあるが司はやっぱり女だな~……と感慨とも感銘とも取れる感想を抱いていた。
しかし彼の中では、まだまだ彼女は兄妹同様に一緒に育った幼馴染で、欲情の対象になり得なかった。少なくとも今の所は……
ビーチバレーから帰って来た一同は、次の荷物番を決める為のジャンケンをして、武光と麗香が荷物番に決まった。
*
「あ~遊んだ遊んだ~」
麗香はパラソルが作った日影に入って一息ついた。隣に武光が腰を下ろす。
彼女は長い髪をポニーテールしていた……のはいいけど、前から見たら普通の水着だが、後ろから見たら、角度によっては、トップレスと間違えそうなデザインだった。
武光は「以外と大胆なデザインだな」……と、言いかけて口をつぐんだ。
弘明から、「もう一度言っておくが、あいつはいい奴だが、結構面倒な性格でな。普通に話す分にはいいが、何が引き金になって天邪鬼のスウザンアントンコになるか判らんから、取り扱いには要注意だぞ」
……と釘を刺されていた。
「どうかな、この水着。背中にブラの跡が付くのが嫌でこれにしたんだけど……」
「うん、似合ってるよ」
彼はそう言って笑った。
どこか、ぎこちないように見えるのは私の気のせいだろうか?
続いてこう聞いてきた。
「何か理由があるのか?」
「え?」
「ほら、さっき言ってただろう、その、跡が付くのが嫌って」
慎重に言葉を選んでいるらしい武光を、何故か可愛いと思った。
「ああ、あれね。別に深い意味はないよ……」
流石に男に産まれたかったので、気分だけでも近づけたかったとは言えなかった。
「そうだ、いい機会だから、良かったら聞かせてよ。前の学校の事」
*
相変わらずギクシャクとした関係が続いているので、いい機会だと思って俺の昔話を披露する事にした。
俺が前に通っていたのは、西東寺高等学校という、超がつくスポーツ進学校で地元では、「1にスポーツ、2にスポーツ、3、4もスポーツ、5にもスポーツの超脳筋学校」と言われる全寮制の学校で、文化部も吹奏楽部を除けば、審判部、救急看護部、記録部など、運動部の裏方の養成機関に特化した物しかなく、高校生の部活としては不自然な位に体制が整っていた。
その一方で救急看護部は、社会に優秀なスポーツドクターを多く排出しており、単純な脳筋学校ではない事を証明している。
その一方で部員同士の競争が激しく、競争相手のスポーツシューズに画鋲を入れたりといった少女マンガみたいな事が、ほぼ日常茶飯事だった。
俺は陸上競技部の長距離選手で、足の速さと持久力を買われて西東寺高等学校にスカウト入学した。
普通なら、こうゆう体育会系では3年生は神・2年生は庶民・1年生は奴隷と相場が決まっているが、西東寺高等学校はかなり極端な実力主義をとっており、入ったばかりのぺーぺーでも実力が有れば威張る事が出来たし、3年生でも実力が伴っていなければ、隅っこで小さくなっていなければならなかった。
他の学校なら、裏方に回ってチームを支える事も出来るが、それが文化部の部活として確立されている西東寺高等学校では、体育会系から文化会系に転向することは、この上もない恥と考えられていた。
体育会系の殆どが、スカウトでここに来たというのもあったが、体育会と文化会では、勉強の面で絶望的な落差があったからだ。
文化会は普段の勉強は勿論、種々のスポーツのルール迄、勉学として身につけて居たので、仮に転向しても、雑用係としてこき使われるだけだったからだ。
体育会系は上述の通りスポーツしかせず、教室は練習の為の体力を温存する為の寝る場所と考えているので、勉強する者は殆ど居ない。
かくゆう俺も、授業中はイメージトレーニングか、寝てばかりいた。
それに、その当時は同じ陸上競技部のとある先輩に執拗な嫌がらせ行為を受けていて、ほとほと困っていた時期だった。
俺がその先輩に何かした訳じゃない。
彼は長距離選手としてのトップの地位を守る為だけに、入学してからライバルになる可能性のある選手を、芽の内に潰していた。
彼自身も長距離走の記録保持者であり、努力家ではあったが人望が全くなかった。
これは彼に限らず、西東寺高等学校で個人競技のスポーツをしている人全般に言える事で、全体競技でも幾つかの小グループに分かれて、お互いを追い落とそうとする始末だった。
西東寺高等学校の極端な実力主義は、当初は互いを更に高めあう起爆剤となった。
しかし、それも最初の十年だけだった。
いつしかそれは、互いを蹴落としあうのに手段をいとわぬ修羅の世界となり、そこで勝ち抜くには単なる脳筋ではやっていけない世界となり、ライバル校に勝つより内部抗争に勝つ事が偉いとされる陰惨な世界となった。
しかしながら、そんな状態でも、あらゆる試合では常に上位をキープしているのは、西東寺高等学校の体育会系の自力の凄まじさを物語っていたが、それがために問題の発覚が遅れた原因にもなった。
そして入学した俺がそこで見たのは、末期症状の西東寺高等学校であった。
そして2年生になって退学を考え始めた頃、件の先輩が俺と話し合いたいと言って、近くの喫茶店に誘った。
しかし、それは彼の仕掛けた罠だった。
俺を横断歩道に突き飛ばして、車に跳ね飛ばさして意識不明の重傷を負わせたのだ。しかし、近くの監視カメラに事の一部始終が録画されてた上に、跳ねた形になった車が、義理がけで地元を訪れていた羽黒組の組長の車だった。
情状酌量で小便刑になったとはいえ、運転していた若い者を交通刑務所送りにされた羽黒組長の怒りは、当然容疑者なった彼と西東寺高等学校に向けられ、彼は放校され、学校は莫大な賠償金を支払わされた。
更に事の全てを警察と、家に謝りに来た羽黒組長から聞いた両親は、俺が意識を取り戻した時には、退学届その他の手続きを済ませていたため、俺は地元でもある邦栄市に帰ってきた。
両親と羽黒組長のすすめもあって、邦栄高校に転校した俺は、四月の内は今更陸上競技をやる気もなく、ただ惰性で家と学校を行き来する生活を送っていた。
そんな俺の事を剛司は心配して、園芸部への入部を進めた。
俺も何かした方が、気がまぎれると思って承知したが、以外と性に合っていたようで、園芸部の女子も、男手が剛司と聡しかいなかった事もあって、途中入部で留年生の俺を快く迎えてくれた。
榊麗香とは、様々な紆余曲折を経て今、俺のそばで水着姿で座ってるという訳だ。
*
「以外と波乱万丈の高校生活を送ってたのね」
「波乱万丈と言うよりも、魔窟か伏魔殿から放り出されたに等しいがな」
「でも、むしろその方が良かったんじゃない?下手に残ってたら、どんな人になってたか知れたもんじゃないわ」
「一年留年したがな」
「良かったじゃない、おかげでこうやって出会えたんだから」
麗香はあさっての方を向きながらそう言った。
「それにね、以外と似た者同士だって分かったし」
「?」
「私も小学校の頃に、酷い虐めにあった事があってね……」
そう言って彼女はその話をした。
「そっちの方が酷いな。しかし、よく耐えれたな」
「半ば意地になってたからね、それに不登校になったら、彼らに負けた事になると思ってたから尚更よ。そうゆう意味では私達は、似た者同士ね」
「似た者同士?」
「意地っ張りで負けず嫌い」
俺は天邪鬼のスウザンアントンコじゃないぞ……と、武光は心の中で付け加えた。
「少なくとも今、負けたくないと思ってる人が一人いるわ」
「誰?」
「白富女学園の明石沙織」
「私がどうかした?」
麗香と武光は同時にビックリした。
今しがた話題にした当の本人が後ろにいたのだ。
「あ、あんた、こんな所で何やってんの?」
「泳ぎに来たに決まってるでしょ」
「け、稽古はどうしたのよ?来週は国体でしょ?」
「いわゆる中休みよ。私だって剣道の事を忘れて命の選択位したいもん」
それは分かるけど、よりによって、ここでやらなくても……
「ところで、そちらの方は?」
沙織は武光を見た。興味深々なのが丸分かりだ。
「学校のクラスメイトよ」
「意地っ張りで負けず嫌いで似た者同士の?」
麗香の顔が日差し以外で真っ赤になった。
「あんた、どこから聞いてたのよ?」
「伏魔殿が、どーたらこーたらって所から。ビックリさせようと後ろから近づいたんだけど、話が意外と面白かったからタイミングを逃しちゃってね。でも貴女のルーツも聞けたしね」
沙織は悪びれもなくそう答えた。
「あんたね~!」
麗香が拳を振り上げて彼女を殴ろうとした。
もっとも彼女らにしてみれば、友達同士のじゃれあいであり、いつもの沙織なら難無くよけられただろう。
しかし……
「センパ~イ!」
若干間延びした、幼さを残した声が沙織の動きを止めた
麗香の拳はモロに沙織の頭を直撃した。彼女にとって幸いだったのは、本気の攻撃ではなかったので、コブもできなかった事だろう。
むしろ麗香の方が、思わぬアクシデントにうろたえた。
「どうしたんですか~?」
声の主は間延びした声で、頭を抑えている沙織を心配そうに見ている。
身長は麗香と同じくらいで、均整の取れた体を際どいビキニで覆っている。髪をショートカットにしているので、男装したら男と言っても十分通用しそうだ。
近くで見るのは今日が始めてだが、麗香はあれが紫上祇園だと気が付いた。
「ちょっとお~、私の明石先輩に何してくれっちゃってるんですか~」
怒っているのは分かるが、変な抑揚が気になって仕方がない。
どうやら、作ってる訳ではなく地の様だ。外見とのミスマッチが甚だし過ぎて、帰って謎の迫力がある。
「私は大丈夫だよ。それにこの人はこないだ話した私の友達よ」
沙織がなだめる様に間に入った。
「……ということは~別れてくれって言って~叩かれたのね~私の~明石先輩を~そんな理由で~叩くなんて~許せないんだから~」
麗香は何故そうなる?と心の中で祇園に突っ込みつつ、この場をどう収めていいか分からず、ひたすらうろたえていた。そこへ沙織が彼女にしか聞こえない小声で「ごめん」と言って軽いチョップを食らわせた。
麗香も彼女の意図を読み取り、頭を下げながら「ごめんごめん」と謝った。
それを見た祇園は、彼女なりに納得したらしく素直に引き下がった。そして事の次第を呆然と見ていた武光に目を付けて、話しかけていた。
麗香は沙織の胸倉をつかみたい衝動を抑えて、問いかけた。
「諦めさせたんじゃないの?何よ、あの歩く危険物は?」
「いや、そのう、意外と筋が良くって……」
「えっ?」
「諦めさせる手段の一環で、剣道の手ほどきをしたのよ。そしたら一を聞いて十を知るって感じで凄いスピードで腕を上げちゃって……」
「要するにハードな練習を体験させて、諦める方向に持って行くつもりが、逆に彼女の才能に惚れちゃったのね」
「まだまだ荒削りだけど、一年後が楽しみって所ね」
「楽しみにするのはいいけど、あの性格を何とかしないと……」
「もろに不思議ちゃんだからね」
「百合の不思議ちゃんか。禁断の果実の食べ放題ね」
「ぐっ……」
「あ、久し振り~」
声のした方を見たら、司と弘明がいた。スマホの時刻表を見たら丁度、荷物版の交代時間だった。
「沙織ちゃんも来てたんだ」
「中休みでね」
「何やら盛り上がってるな、ここは俺一人で大丈夫だから、お前も榊たちと遊んで来いや。」
「いいの?」
「ああ、白女の剣道部の知り合いなら、積もる話もあるだろう」
司は弘明の好意に、力一杯甘える事にした。
「やったー!流石私の彼氏だけの事はあるわね!」
「あんたはそれでいいの?」
麗香が申し訳なさそうに聞いた。
「ああ、どうせ一時間の間だからな」
「じゃあ、よろしくね!」
彼女たちを送り出して、弘明は海の家で買った焼きトウモロコシとコーラで軽い昼食を取りながら、暫し物思いにふけっていた。
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