第17話 夏休み・後半3 エミリアの回想

 地下鉄本郷駅で麗香達と別れた武光とエミリアは、一緒に地下鉄新栄町出てきた。

 ギギギ文庫の『ライバルヒロインが多すぎる!!』のアニメのイベントに行っていた羽黒と池田に合流するためだ。

 麗香が水着コーナーでごねた為に30分ほど遅刻した。

 

 待ち合わせ場所には手持ち無沙汰な剛司と聡が待っていた。

 剛司が走ってくる二人を見つけて声を掛けた。

「珍しいな、エミリアと一緒なんて。どうしたんだ?お前もとうとうこっち側に興味を持ったか?」

 武光が答えた。

「そうゆう訳じゃない。無理矢理同行させられたんだ」

「そう!ボディーガードにピッタリだからね」

 エミリアはそう言って武光の腕に自らそれを絡めた。

「お……おい!?」

 武光は慌てて腕を離した。

 剛司のこめかみが一瞬だけピクッとした。


「ほれ、お前が欲しがってた声優のサイン入りのプロマイドだ」

 彼はやや怒ったように言って、『ライバルヒロインが多すぎる!!』と書かれたイラスト入りの手提げ袋を彼女に掘るように渡した。

 隣にいた池田が補足する様に言った。

「そういえば、その声優が僕達の事覚えてくれててさ、エミリアとも一度お話してみたいって言ってたよ」

「えっ!うそ!ホントに―っ!」

 エミリアはその声優の大ファンで、彼女が声を担当するアニメを皆見ている。


 剛司はそんな彼女を見て、いささかながら複雑な気持ちになった。

 ここで池田がフォローしてくれなかったら、最悪ひと悶着あったかもしれない。


 彼は自分の中に一際強い独占欲があると自覚していた。

 正直、学校でエミリアが自分と池田以外の男子と話している時でさえ、話した相手とエミリアを殴りたくなった事もある。

 しかし、それをやったら例の4人組とおなじになってしまう。その思いが辛うじて彼を抑えていた。


「じゃ、俺達は帰るから」

 武光と聡はそう言って早々に去っていった。

 剛司とエミリアも反対側に歩き出した。

「俺達も帰るか。途中まで送ってくぞ」

「その必要はないわ」

「?」

「家には友達の家に泊まって来るって言ったから」

「相馬か?」

「私の目の前の人、家には友達としか言ってないけどね」

「!……いや、しかし、その……」

 剛司は目に見えて焦りだした。

 エミリアはそんな剛司にとどめの言葉を放った。

「前にも言ったでしょ、貴方以外と肌を合わせる気はないって、お互いに初めてじゃないんだから、なに慌ててるの?」

 多少落ち着きを取り戻した剛司は言った。

「いや、いきなりだったから……」

「じゃあ、決まりね」

 

 二人は宵闇迫る街に消えていった。


 

 剛司とエミリアは生まれたままの姿で、二人で寝るには狭いベットで、一戦交えた後の余韻に浸っていた。

 彼等がいるのはラブホテルではない、かと言って彼の父親の大手暴力団・郷山会の事務所兼自宅でもない。

 正真正銘、彼の家だった。

 しかも、邦栄市でも一等地のタワマンに一人で住んでいる。

 これには幾つかの事情があった。


 剛司は家が暴力団だった事に、子供の頃から引け目を感じていた。

 だから、義務教育が終わったら、どこか知らない土地で一人で暮らす計画を立て、中学の卒業式が終わったら、その足で家出するつもりだった。

 しかし、行動力はあっても、所詮15歳の子供。

 計画はとっくの昔にばれていた。

 彼は卒業式が終わって学校を出た直後に、父が差し向けた若衆に、拉致同然に車に乗せられて自宅に連れてこられた。


 彼は両親と侃々諤々の大喧嘩をした末に、そばで一部始終を黙って見ていた祖父の折衷案を受け入れた。

1.高校を卒業すること。可能なら大学か専門学校も卒業する。

2.住む所はこちらで用意するので、そこに住むこと。

3.最低限の生活費は出すが、それ以外は自分で何とかすること。

4.不良グループの類に入ったり、作らないこと。

 

 セックスをしてはいけないとは言われてないよな……

 剛司は傍らで余韻に浸っているエミリアを見て、些かならず自分に都合のいい解釈をした。

 そもそもこんな関係になるなんて、お互いに想像の範囲外だった。


 事の始まりは一年生の頃、新新栄町のアニメショップに二人で行った帰りに、昼だというのに酒で真っ赤になった大学生の集団が二人を囲んで、繁華街の隅に連れ込み、エミリアにちょっかいをかけてきた。

 剛司も最初は何とか穏便に済ませようとしたが、大学生の一人が彼女を後ろから羽交い締めにして、もう一人が胸を揉むに至って、彼はブチ切れて大学生の集団と喧嘩になった。


 相手は全員が異様にガタイが良く、長身の剛司より更に背が高かった。

 おまけにへべれけだったとはいえ十人近くいた。対する剛司は一人、しかも、成り行きとはいえ、エミリアを人質に取られた形になっている。

 それでも剛司が二人を倒したら、エミリアを羽交い締めにした大学生が、抵抗を辞めるように言った為、彼は従わざるを得なかった。

 調子に乗った彼等は剛司をボコボコにして、エミリアの服を破きにかかった。


 しかし、場所もわきまえずに、酒が入った上に剛司に対する暴力とエミリアに対する暴行に酔った事が、彼等の運命を決定付けた。

 当然の事ながら、複数の通行人に警察を呼ばれて、大学生の集団は全員逮捕と相成った。


 昼間の繁華街での複数での、酒を飲みながらの、見も知らぬ高校生達への暴行、それ以前にも複数の店で暴れたり、逮捕された時に散々暴れて警官数名に怪我を負わせたために、暴行障害罪、強姦罪、公務執行妨害が適応された。   

 酒の抜けた彼等は遅まきながら自分達の乱行を後悔したが、時すでに遅く、拘置所で自分達の罪を更に後悔する事になった。


 後で分かった事だが、彼等は地元大学の全国大会にも何度も出ている強豪のラグビー部で、今年はクジ運悪く二回戦で負けてしまい、あちらこちらを巡って昼前からヤケ酒を飲んでいた。

 当然ニュースになり、ラグビー部は無期限休止になり、彼等は退学となった。 

 これは剛司達は知らないが、彼等は郷山会にケツの毛まで毟られたとか。



 エミリアは、体がバラバラになるかと思うほどの激しいソレの後、しばし独特の幸福感に浸っていた。

 流石にここまで来たら、お互いに阿吽の呼吸が出来てくる。

 初めての時は、お互いに過剰に意識しあって中々前に進めなかった。

 


 さかのぼること高校一年の12月初頭、繁華街で地元大学のラグビー部の部員達に絡まれた挙句に剛司は私を守るために、あえて彼等のなすがままに殴る蹴るの暴行を受けた。

 しかし彼等は、そんな彼を嘲笑うかのように、私の服を破き始めた。

 私は正直、羽交い締めにされて、胸を揉まれた時、ろくな抵抗も出来ない自分に腹立たしさを感じると共に、多少のマゾヒズムを感じてしまった。

 自分がⅯとは思っていないが、見も知らぬ男にやすやすと体を触らせてしまった上に、感じてしまった自分が許せなかった。


 結局、彼等は別の通行人の通報で、彼等は暴行障害罪その他でしょっ引かれ、その大学のラグビー部は無期限休止になり、彼等は退学となった。


 剛司は顔を始めとした、体の所々に青タンができたが、骨に異常もなく、1日休んだだけで学校に来た。

いつもと変わらない剛司を、申し訳ない気分で見ていた私は、ある決意を胸に、1週間目の放課後、屋上の隅に剛司を無理矢理連れていって開口一番、

「私を抱いて」

 ……と言った。

「ここで抱きしめろって言うのか?」

「■■■■しょうって言ってるの」 

 さすがに周りに誰もいないと分かっていても、小声になったのは仕方ない。

「ど……どうした……き、急に?」

 ここまで来たらもう後には引けない、言い出したのは私なんだから。


「単にこの間のお礼って訳じゃないのよ、貴方の中に眠っているもう一人の貴方が暴走しないために言っているの。分かる?貴方は色々と無理をして自分を抑え混んでいるわ。悪いと思ったけど池田君から聞いたのよ。時々活火山が爆発する様に暴れる事があるって。前に話してくれたじゃない、4人組をボコボコにした時は何とも言えない快感に襲われて、これが自分の本性じゃないかと考えたって。でも、それも貴方のなのよ。でもそれを貴方は並外れた意志の力で抑え込んでいるわ」


 私はそこまで言って、息継ぎをした。


「お……おう……」

 彼は、らしくもなく私の勢いに押されて、間の抜けた返事を返して聞いてきた。

「それとお前とヤル事がどう関係するんだ?」

「それよ!それ!」

 私は思わず大声を出してしまった。慌てて剛司と一緒に周囲を見渡す。

 私達だけしかいない事を再確認すると、言葉を続けた。

「昔の戦士は女とヤルことで心の高ぶりを抑えてきたっていうじゃない。だから貴方も定期的に私とヤル事で、その本性を抑えこむのよ」

 

 今にして思えば無茶苦茶な事を言ったなと思う反面、真実をついたかもと思ってる。


「しかし、お前はそれでいいのか?少なくともまだ恋人同士って訳じゃないんだぞ」

 私は結構意地悪だなと思いつつ、聞いてみた。

「あら、だったら、この間は何で助けてくれたの?」

「友達を助けるのは、当然だろ」

 それもまた、彼の偽り無い本性だと、私は再確認した。

「だったら恋人同士にランクアップしても問題無いでしょ。それともイヤ?」

「……イヤじゃ無い……」

「じゃあ決まりね」

 私はそう言って彼に軽くキスをした。


 場所と曜日は剛司が指定してきた。

 場所は彼の家、曜日と時間は土曜日の二時。

 その日は家に帰って着替えて、家の人には友達と遊んでくると言って出て行った。

 取り敢えず嘘は言ってない。遊びの内容は少々問題があるが……


 駅の待ち合わせ場所で剛司と合流した私は、彼についていった。

 彼が一人暮らしをしていることは知っていたが、家に行くのは初めてだったし、そもそも男の子の部屋に行くのも初めてなので、ちょっと楽しみにしていた。


 駅から五分も行かない所の一軒のマンションの前で彼は歩みを止め、オートロックの暗証番号を押してドアを開けて、私に中に入るよう促したが、私はしばし呆然として、そのやたらでっかいマンションをみた。


 そのマンションは所謂億ションとして、テレビ番組の『隣の億ション』で小太りのレポーターが紹介していたマンションだったからだ。

「驚いたようだな」

 剛司は自慢するでもなく、淡々と言って改めて私を中へ促した。


 中のエントランスホールにはフロントやソファー、ライブラリースペース等が完備されていて、私は別世界に迷い込んだ気分で、やたらに立派なエレベーターで最上階まで行った。

 彼の部屋を見た私は、別な意味で驚いた。

 部屋の広さと反比例して、最低限の家具しか置いてなかったからだ。

 それに更に反比例する形で、私達がハマっている『ライバルヒロインが多すぎる!!』のグッズが大きなガラスケースに所狭しと飾ってあった。


「……すまんな。元々人を招待する事を想定してなかったからな」

 私は敢えてわざとらしく、くるっと回っておどけるように言った。

「じゃあ、私が記念すべき第一号って訳だね」

 そして、こう付け加えた。

「あっちの方もね」

 このセリフを言った時は流石に声のトーンが落ちて、彼の顔をまともに見れなかった。

「……コーヒーでも飲むか?」

 飾り気のない応接セットの椅子に座るように言って、彼はキッチンに行った。


 応接間の正面には、ここには不釣り合いに小さなテレビがあって、ブルーレイディスクプレーヤーと繋がっていた。その下には『ライバルヒロインが多すぎる!!』のブルーレイやガンダムや何本かのハリーポッターシリーズ、そしてAVが一本あった。


 私はちょっとしたイタズラを思いついて、キッチンでコーヒーを入れている剛司に声を掛けた。

「ねえ、ここに並んでるディスク見ていい?」

「ああ」

 よしよし、許可はとったぞ。

 私はお目当てのディスクを取り出し、プレーヤーにセットして、あのシーンに合わせて音量を最大にした。

 

 大音量でAV女優のアノ時の喘ぎ声が流れ出し、私は流石に慌てて音量を下げた。

 ふと視線を感じてキッチンを見たら、剛司が何と表現していいのか分からない表情を浮かべてこちらを見ていた。

 あえて言えば見つかってはならない物が、早々に見つかってしまったという顔だった。

 

 私は流石に不味かったかなと思って、言い訳めいた言葉を口にした。

「……あ、いや……AVってどんなんかなって思って……ほら、お互いに初めてだから……その……雰囲気作りも大事かなって……」

 私は段々と言葉が支離滅裂になっていくのを感じながら、必死に言い訳を考えた。

「……あ~コーヒー飲むか?」

「……うん……」

 コーヒーはインスタントではなく、コーヒーメーカーを使った本格的なもので、奇をてらわない優しい味だった。


「落ち着いたか?」

「うん、割と」

 AVをエサに主導権を握ろうとするつもりが逆に握られた気がした。

 それからは、ソファーに二人で並んで座り、何となく惰性でハリーポッターを見ながらコーヒーもう一杯ずつ飲んだ。


 程なくして剛司は確認する様に私に念を押した。

「……いいんだな?」

「……」

 私は無言で小さく頷いた……



 それから互いに裸になって、ベッドに雪崩れ込んでからの記憶が今でも曖昧だ。

 後で剛司に聞いても同じ様な状態だったらしい。

 曖昧な記憶を繋げても、覚えているのは互いに激しかった事と、その間下がしっかりと繋がっていて、意外と痛かった事だけだ。

 

 気が付いて見れば、狭いベッドの上で、私と同じ様に息を荒げている剛司に寄り添っていた。それからしばらくそうしていて、互いの息が整ってから、二人で一緒にシャワーを浴びて、身支度を整えた。


 その間、私達は一言も言葉を交わさなかった。

お互いに対する照れと、何を話したらいいのかという、訳の分からない焦燥感、色んな人への申し訳なさ、あらゆる不安が渦巻いて消えない。


 お互いに身支度を整えた後、剛司が私の体を気遣ってくれた。

 破瓜の血がベッドを汚していたのだ。

「大丈夫か?」

「うん、大丈夫」

 実は歩くたびに股間が擦れて痛いのだが、泣くほど痛いという程じゃない……はず。

「駅まで送っていくよ、もう外は暗くなってる」

 彼はそう言ってカーテンを開けた。

 

 そこには光の洪水が眼下に広がっていた。

 私はその見事さに、暫し時を忘れて見入っていたが、剛司の促す声に我に返った。

「門限とか決まってるのか?」

「いや、特に決まってないけど、あんまり遅くなるもチョットね」

「そうか、じゃあ急ごう。今なら20分後の電車に間に合う」

 そう言って私の手を握りしめて、エレベーターに向けて走り出した。


* 


「以上、回想終わり!」

 私は脈絡もなく叫んだので、隣にいた剛司は、水を入れたコップを落としそうになった。

「どうしたんだ、急に?」

「別に、ただ何となくね……」


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