海での回想

第15話 夏休み・後半1 口は命を奪う?

「まったく、皆私達をなんだと思っているのよ」

 麗香は喫茶ヴァルキリーで美杏やエミリアを相手に愚痴っていた。

 美杏やエミリアは夏休み限定で、ここでアルバイトをしていて、今や看板娘になっていた。

 制服は北欧風のクラシカルな雰囲気のメイド服で、メイド喫茶のノリは当然のことながら一切ない。


「そういえば2Ⅾで公認の間柄って2組だけだね」

「誰と誰よ?」

「まず曾根君と神谷さんでしょ。それと羽黒君と私」

「古田君と相馬さんは?」

「まだ私らしか知らないでしょう?」

「もうおおやけにしてもいいと思ってるけどね~」

「変わったね……あなた」

「それは置いといて、あなた自身は武田君をどう思ってるかよ」

「どうって?」

「別にお互いに嫌いって訳じゃないでしょう?」

「そりゃそうよ。抱かれたいと思ってる程じゃないけど」

「あなた時々凄い事をサラッと言うわね」

「そう?」

「まあとにかく、公式に認めなさいって事よ。そうしたら人の噂も七千五百日っていうじゃない。すぐに皆わすれるって」

「七十五日」

 美杏が横から訂正した。


「あ、いらっしゃいませー」

 入ってきたのは弘明と司だった。

「どうも~」

 司が返事をした。

「やあ……」

 弘明も居心地悪そうに返事した。この喫茶店は男性客の比率が極めて少ないので男子の殆どは何と無く苦手意識を持っているのだ。

「デート?」

「デートという名の搾取さ」

「搾取とは何よ。バイトの給料が入ったなら奢ってくれてもいいじゃないって言っただけでしょ。ケチな彼氏を持つと苦労するわ」

「人のバイト先の給料日を把握しているその頭を勉強に使わないのはどういう事だ?」

「勉強ができるのと頭が良いのは別問題だって言ってたじゃない」

 そう言いつつ麗香と同席した。弘明も渋々といった感じで司の隣に座る。

「時と場合によるわ……あ、俺アイスコーヒー」

「私、ミルフィーユケーキとチョコレートパフェの大盛りね。後レモンティー」

「曾根君は飲み物だけでいいの?」

「ああ……」

「ここのケーキは絶品よ、頼んでみたら?」

「じゃあ俺もミルフィーユケーキをくれ。ところで榊」

「なに?」

「こいつの食い意地の張った煩悩を追い払う祈禱ってお前の神社でやってないのか?」

 弘明は先に来たチョコレートパフェの大盛りを一心不乱に食べている司を指差して言った。彼女はチョコレートパフェを平らげるのに夢中で気がついて無かったが。

「神社より寺の領分ね。ウチも江戸時代までは神社と寺を兼業してたみたいだけど。むしろ剣道で文字通り煩悩を叩いた方がいいかもね」

「え、なに?部活の事ならケイちゃん(恵子)も呼んだ方がいいんじゃない?」

 口についたチョコレートを舌で舐めながら司は見当違いな事を言った。

「お前の煩悩の追い払い方を相談してたんだよ。喜べ、榊が協力してくれるってよ」

「やっぱり煩悩を追い払うには竹刀で打ち据えるべきね~」

「弓矢で狙うという手もあるぞ~」

「善は急げ、早速学校に行こうか」

「まだケーキが来てない」

 そこへ残りの注文を美杏が持って来た。

「はい、ミルフィーユケーキとレモンティー。思い残しの無いように味わって食べなさい」

「なんで最後の晩餐状態なの?」

 

 ここで美杏が会話を最初の状態に戻した。

「で、お互いに気になってるんでしょ」

「う、まあ……ね……」

「なにが?」

「武田君との仲を認めちゃえって事よ」

「そういえば武田君ってヒロ君や修ちゃん(修一)とよくつるんでたね。やっぱり麗ちゃんの事をきかれたりしたの?」

「ああ、俺が感じたありのままを伝えたぞ」

「ありのままって?」

 麗香の声に若干の殺気がこもった。

「才色兼備、容姿端麗、頭脳明晰、体力充実、リーダーシップ抜群、それからえ~と……とにかく悪口は言ってないぞ」

 彼女はジトっとした目で弘明を見ていたが、少なくとも変な事は言ってないと判断したのか、「それならいいけど」……とだけ言った。

 彼は実際に心底嫌いな奴でも、自分から悪口を言う事は滅多になく、麗香が記憶している限りでは例の4人組と中学時代に因縁を突けてきた三年生だけである。


 話が一段落したところで、エミリアが話を切り出した。

「ところでさ、今度近くの海に行くんだけどあなた達も来ない?」

「いく~」

 司がすぐさま返事をした。

「女子だけで行くのか」

 何故かホッとした表情で弘明が言った。

「何言ってるの、東西山動物園でのメンバーで行くにきまってるでしょ」

「……羽黒や武田や古田にはOKはもらってるのか?」

「勿論。あ、カラオケはなしね」

「肝心の榊はどうなんだ?」

「学校指定の水着しか無いから……」

 それが儚い抵抗だったのは言うまでもない。

「じゃあ買えばいいじゃない」

「金は出さんぞ」

「そこまで言ってないじゃない」 

 エミリアが反論した。

「初めに言っとかんと必ず俺に回ってくるからな」

「ケチな彼氏でゴメンね」

 司が素早く要らぬフォローをした。

「じゃあここでケチを極めようか。お前の分は自分で払うんだな」

「前言撤回、神様仏様サンタ様」

 ここで店内の客が増えてきたので、エミリアと美杏は仕事に戻った。


「なんかえらい事になった……」

 麗香は本気で頭を抱えた。

「大丈夫よ。麗ちゃんにピッタリな水着を見繕ってあげるから」

「そういう事じゃなくて……」

 弘明はやや意地悪く麗香を見ていた。彼女が困ってる所なんて滅多に見れないからだ。

「すいませ~ん」

 司は注文にかこつけてエミリアを呼び出した。

「今日って何時に終わる?」

「あと一時間ちょっと」

「その後時間ある?」

「私も美杏もあるけど」

「じゃあ一緒に麗ちゃんの水着を見てくれない?……あ、あたしアイスコーヒーね、みんなは?」

「同じやつを二つ」

 弘明が半ば諦めたように言った。


「ま……まだ行くって言ってないじゃない」

 麗香は尚も食い下がったが、司の一言で遂に抵抗を諦めた。

「何事も果断速攻が大事……が座右の銘でしょ」

「うっ……」

 これ以降彼女の座右の銘に慎重重厚、思慮分別、謹厚慎重が加わった。


「それじゃあ、俺は帰るわ。支払いだけ先に済ませとくからな」

 アイスコーヒーを飲み干した弘明はそう言って席を立ちかけた。

「一緒に行かないの?」

 司が不思議そうに尋ねた。

「女子会に首を突っ込むほど野暮じゃないんでな」

「まて……」

 彼の服をつかんで止めたのは以外にも麗香だった。

 弘明は「まって」じゃなくて「まて」かと思ったが、これまた珍しく彼女の目が潤む寸前だったのを見て思わず座りなおした。

「一緒に行かなくていいから、もう一時間待ってくれない?エミリアや美杏にもあまり派手なデザインの水着を選ばない様に言って欲しいの」

 なるほど、合宿所の件が軽いトラウマになっているのか。そういえば、こいつの今の恋愛感はどうなっているのか一度司に聞いて貰おうかな。

 しかし、司とあの二人が組めば指しものこいつも敵わないと見えるな。

「……ねえっ、黙ってないで何か言ってよ!」

 考え込んでいた弘明は麗香に両肩をつかまれて揺さぶられて我に返った。

「……あ、ああ……いっとこう……」


「う~ん……ヒロ君の顔はやっぱり立てないといけないわねぇ」

 司がわざとらしく腕組みをしながら言った。

「でも私の水着はちょっと攻めてみようかなって思ってるけどね~ヒロ君みたいでしょ~」

「うっ……」

 これには弘明も心を動かされた。


 実際に司は意外とプロポーションがいい。実際に付き合ってくれと告白されたことが、中学時代から高校生になった今日までに弘明が知っているだけで5回ある。

 いずれも小学校や中学校が違う人で、その度に彼女は弘明と付き合っているからと言ってゴメンナサイしている。


 迷惑なのは彼氏にされた弘明で、中学時代に司に気がある上級生に因縁をつけられたことさえある。

 キスもしていないのに、どうゆうことだこれは?

 そんな彼の回想をよそに司が更に煽り立てる。

「あっ、悩んでる悩んでる~頭の中がピンク色になってる~」

 弘明の頭の中で何かが切れた。

「いや、真っ赤になった。外へ出ろ、殺してやる」

「げっ……」

 麗香が助け舟を出した。

「殺すのはいいけど買い物の後にして。最後の買い物をさせてやりたいから」

「だから何でさっきから今日を私の命日にしたいのよ!」

 司がたまりかねて大声を出したので、びっくりした他の客が一斉に麗香達の方を見た。

 

 弘明は客の視線が自分に集まっているのに気付いた。

 よくよく考えたら男一人に女二人。傍から見たら、別れ話がこじれたか、二股をかけていたのがばれて一方が大声を出したと思われてもおかしくない。

 司もそれに気付いたのか、顔を真っ赤にして下を向いている。

「兎に角さっきの件、頼んだわよ」

 麗香が取り繕うように言った。

「ああ」

 短く返事しつつ彼は思った。もうここには来ないと……


 程なくして勤務時間を終えて、私服に着替えたエミリアと美杏がきた。

 さっきの小さなトラブルを見ていたためか、笑いを堪えている。

「あ~最初に言っとくが、あまり露出度の高いのを選ぶなよ。こいつがマジで発狂しかねんからな」

 弘明はそれだけ言って麗香を指さすと、支払いを済ませて、逃げる様に出て行った。

「これは当分ここには来ないね」

「貴重な男の客が減ったか……」

 二人は麗香と司の前で、わざとらしくため息をついた。


 弘明は駅前に来た。このまま帰るのも勿体無いので、古本でも買って帰ろうかと思ったのだ。コンビニではなく、今や絶滅危惧種となった古本屋で本を探すのが彼の密かな楽しみだった。もっとも幻魔大戦とかウルフガイシリーズとか宇宙皇子とか今の書店では到底売っていない物が大半で、中には電子書籍で見れない物も多い。

 流石にとんでもない値段が付いているは買えないが、そうでなくても読み応えのある本も結構ある。

 そういうわけで馴染みの古本屋に来た時、意外な人物と出会った。

 武田武光と古田正信がいたのだ。

「よう、ここで会うとは奇遇だな。」

 弘明は声を掛けた。

「奇遇って……お前も行くんじゃないのか?」

 武光が聞いてきた。

「行くって何処へ?」

「水着を買いに」

「ひょっとして榊やエミリアや相馬とか?」

「そうだけど」

「さっき携帯にメッセージが入って神谷も合流したって書いてあったから、お前も一緒だと思ってたんだけど」

 正信がそう言った。

「いや、むしろ逃げてきた」

 そう言って古本屋の外に出て、近くの公園のベンチに座って、喫茶ヴァルキリーでの一連の出来事を話した。

「う~ん、いつでもどこでも夫婦漫才ができるなんて羨ましい限りだな」

 正信はかなり真面目に言った。

「そう思うなら相馬とそういう仲になったらいいじゃないか」

「あいつは冗談のセンスが壊滅的だからな」

「麗香はどうなんだ?」

 武光が聞いてきた。

「どうだろうな……あいつが冗談を言っている所を見たことがないからな」

「あ!ヒロ君帰ったじゃなかったの?」

 弘明はいきなり後ろから司の声を聞いてビクッとした。

「……いや、そこの古本屋でこの二人に会ってな……」

「うんうん、麗ちゃんがどんな水着を買うか気になるんでしょ。ちょっと悔しいけどその気持ちは分かるよ」

「いや、俺は……」

「本郷駅の近くのヒガシメルの地下1階が品揃えがいいらしいからヒロ君も一緒に行こうよ~」

 わざとらしくしなをつくる司を地球外生命体を見るような目で見ていた弘明は、その謎の勢いに押されて「ああ……」と返事をしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る