第13話 夏休み・前半3 麗香と武光
ランニングから帰ってきた麗香は汗を拭うのもそこそこに厨房を覗いた。
園芸部が昼飯を作ると聞いてたので、手伝うことは無いかと聞きに来たのだ。
厨房には一人しかいなかった。
やけにデカい女子がジャガイモを包丁でむいていた。
彼女から見ても手つきがやけにぎこちないし、ジャガイモの根っこが所々に残ってる。
よく見たら女子ではなく、武光だった。男にしては肩まで伸びた髪に、割烹着を着て三角巾を頭に巻いていたので最初は気付かなかった。
彼はジャガイモを切るのに一生懸命で麗香に気が付かなかった。
彼女は武光の傍まで近づき、彼の手元を覗いた。
いかにも素人の手つきで、包丁の持ち方も何か変だった。
笑うよりも余りの不器用さに、手が出てしまった。
「見てられないわね、ちょっと包丁貸しなさいよ」
「麗香?」
武光はやっと彼女に気付いた。
麗香は一方的に包丁を彼の手から取り上げると呆然とした武光の前で、皮を剝いてないジャガイモを取ると慣れた手つきで包丁を操って皮を剥き始めた。
「今日は何作るの?」
武光はランニングから帰ってきたばかりで汗まみれの麗香の匂いと、汗でピッタリ張り付いたTシャツにドギマギしながら答えた。
「カレー」
麗香は彼の不自然な態度に怪訝な顔をしたが、自分の汗でピッタリ張り付いたTシャツを見てちょっと恥ずかしそうに言った。
「ああ、スポーツ用のインナーを着てるから大丈夫よ」
「……そ、そうか」
「それはそれとして、あなたどれだけ不器用なの?ジャガイモの芽の部分はちゃんと取り除かないと食中毒の原因になるのよ。下手したら死んじまうんだから」
「……そ、そうか」
「そう!それに包丁の握り方がなってない。ドスで人を刺すわけじゃないんだから普通に握ればいいのよ」
言いながらテキパキとジャガイモを切ってボールに移し替える。
武光は麗香の見事な手並みに我を忘れて見入っていたが、彼女の奇麗に揃えたうなじに気付いて、やや頬を赤らめた。
彼女は髪をポニーテールにしていたので、ただでさえ、いつもと印象が違っていたのだ。
一通り終えたところで、麗香はあることに気が付いた。
「園芸部の他の皆は何処へ行ったの?」
「畑に行って追加の食材を取りに行ってる。今日明日と俺達が厨房を預かるからな」
「あなたが作るんじゃないでしょうね?もしそうなら外食するわよ」
「心配するな。うちの女子と羽黒が中心になって作るから、チャンとしたのが出るぞ」
「それなら安心ね」
実際に剛司は料理も上手い。料理や調味料の使い方等の知識は、料理教室が開けるほどと噂されており、昨年の文化祭では模擬店で一位をとった程である。
「あなたも私みたいにジャガイモくらいチャンと切れるようになりなさいよ」
「はい……」
武光はぐうの音も出ないといった感じで、素直に言う事を聞いた。
「帰ってこないと思ったら、主将が何こんな所で油売ってるのよ~」
司の声に麗香と武光は同時にビクッとした。
声のした方を向くと、司どころが剣道部や弓道部、園芸部の面々も、彼等を見てニヤニヤ笑っている。麗香はこの場を繕うように言った。
「武田君一人に任せるなら、ジャガイモの剥き方くらい指導しなさいよ」
「確かに酷いから指導してやろうとしたら、あなたが私の言いたい事をあらかた言ったから口をはさむタイミングを失くしちゃってね」
園芸部の副部長・大沼竜子が然も申し訳なさそうに言ったが、言葉とは裏腹に笑いを堪えて居る。
「それよりも、主将がいつまでもこんな所で油売ってていいのかしら?」
「大丈夫よ。こうゆう時のために副部長が二人もいるんだから。」
そう答えた司の隣で新井恵子が大きく頷いた。
「そうそう、女子剣道部の面倒も今日は俺が見るから、安心して親睦を深めてくれ」
忠刻も頼まれもしないのに請け負った。
「勝手に決めないでよ!」
「勝手に決めるなよ!」
二人は同時に叫んだ。
図らずもハモったので、皆思わず笑ってしまった。
「まあまあ、あまり虐めてやるな。厨房は園芸部に任せてお前たちは食堂を奇麗に磨いてくれ」
剛司が助け舟を出して取り敢えずその場は収まった。
「榊も後の事は俺たちに任せて取り敢えず汗を拭って来なよ」
「そうするわ、あとよろしくね」
麗香はテレを隠すように早口でそう言うと、ちゃっちゃと厨房から逃げ出すように出て行った。
「しかし午前中から笑わせてもらったぜ」
「いつから見てたんだ?」
「ほぼ最初から。声を掛けるタイミングがつかめなくてな。そうこうしている内に剣道部や弓道部も集まって来てな、いつ気づくか皆で待ってたんだけど神谷がしびれを切らしてな」
「おかげで凄いダメ出しを散々に食らっちまったよ」
「そのダメ出しの続きをしましょうか」
竜子がそう言って、さらに事細かくダメ出しを始めた。
「お手やらわかにな」
剛司はそれだけ言ってその場を離れて聡の所に行った。
彼は一年生と野菜の盛り付けをしていた。
「こういうのは味がいいのは勿論、見た目が大事だからね。」
そう言いながら自ら手本を見せていた。
野菜の水切りをしっかりして、葉物やキュウリをあえてトマトを輪切りにしたものを乗せた、比較的簡単な物だが、一年生と彼とでは経験の差がハッキリと出た。
「まあ、こうゆうのは日々の積み重ねだからね」
聡は家の近所の飲食店でアルバイトをしていて、厨房で働いている。
「やっぱりジャンケンで居残り組を決めるのは辞めた方がいいな」
「うん、武田君はまだまだ一人でやらせるのは不安だからね、でも覚えるのは早いから文化祭までには間に合うじゃない?」
「多分な」
「それよりもぼちぼちカレーの仕込みに入った方がいいんじゃないか?」
「ああ」
「あ~恥ずかしいったらないわ」
麗香は司から受け取ったタオルで汗を拭きながら愚痴をこぼした。
「でも中々いい雰囲気だったじゃない」
「あなたたちもあなたたちよ、呼びに来たならサッサと声を掛ければよかったのに」
恵子が笑いを堪えつつ言った。
「それは野暮って物じゃない、わざわざ汗もろくに拭かずシャツがピタッと張り付いた状態で、健康なお色気をアピールしていた、あんたの苦労を無に帰する様な真似をしたくなかったと思えばこそ、声を掛けなかったのよ」
麗香は武光の不自然な態度を思い出して、頬を赤らめた。
こうゆう時は自分が女だと言う事を改めて実感する。
「そ、そんなつもりは一切なかったんだからね!」
彼女のツンデレ的な発言にその場にいた者は皆笑った。
「それはいいけど口じゃなくて手を動かせよ。剣道部の幹部が三人そろって駄弁っているのも見られたもんじゃないぜ」
弘明がテーブルを拭きながら苦言を呈した。
三人は慌てて割り当てられたテーブルを拭き始めた。
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