第12話 夏休み・前半2 平和公園の理不尽な掟 

 夏の甲子園が始まる少し前に組み合わせが決まった。邦栄高校は二日目の第一試合に決まり、吹奏楽部とチアリーディング部も関西に行った。


 剣道部と弓道部の面々は彼等のすぐ後に合宿所に入って、管理人の事務員に挨拶を済ませて事前に決めた部屋割りに従ってそれぞれの部屋に入った。

 一年生は一階の広々とした畳敷きの部屋で雑魚寝して、二年生は二階の二段ベッドがある部屋という割り振りだった。

 

 男子棟と女子棟に分かれていて、真ん中に共同の食堂があって、談話室も兼ねており、大型のテレビが据え付けられてある。

 二階までぶち抜いた作りで、隅に渡り廊下があって双方を繋いでいて、今は男子棟の入口には立入禁止と書かれた赤いコーンが置かれて、女子棟の入口には『危ないから入ってはいけません』と書かれた看板が立っている。


 陽大が以前OBから聞いた話では共学になって間もない時に、何処かのクラブで合宿所で一発ヤッた人がいたらしいという事で、その名残だろうという事だった。

 それがどこのクラブかはそのOBも又聞きの又聞きだから知らなかったが、40年前の話で、その間に廃部になったクラブが幾つかあるので、そのどれかだろうという事だった。


 それはともかく、彼はあてがわれた部屋で不満たらたらで弘明に文句を垂れていた。

「何で風呂場まで女子と男子に分かれてるんだ?あっ間違えた~……って言って堂々と覗けると期待していたのに……」

「……お前、去年も似たような事言ってなかったか?」

「覗きこそ合宿の醍醐味じゃないか、これなくして日々の辛い練習に耐えた意味が分からないじゃないか、特に今年は粒ぞろいが揃ってるから覗きがいがあるぞ~」

「俺にはライオンの群れにしか見えんがな」

「なんだそりゃ?」

「そう思っとけば覗く気にもなれん」

「相変わらず面白みのねえ奴だな」

「周りが面白みのある奴ばかりだからな。一人位まともな奴がいないと突っ込む奴が居なくなる」

「歌がジャイアン以上の奴が何か言ってるな」

「夏休みの課題見せるの辞めようかな~」

「ごめんなさい。私が悪うございました」

「わかればいい」

 陽大はあっさりと降参した。元々言葉のキャッチボールを楽しんでいただけだし、本気で覗きをしようとは思っていない。

 それに周りに部員以外の女子がいる時や、練習中にはその手の冗談は一切ではないが、滅多に言わないし一年女子の指導は二年生女子に任せている。

 

 彼の愚痴が一段落した後、一階から事務員の声がした。

「おーい、園芸部からスイカの差し入れが来たぞ~」

 園芸部はお城でいう二の丸の一角で、種々の野菜を育てていて、米以外はすべて作れると豪語するほどその方面に優れている。

 今の部長はあの羽黒剛司であり、聡や武光も名を連ねている。


 邦栄高校は元々戦国時代に、この辺りを支配していた大名の出城として築かれたが、江戸時代の一国一城令で廃城となり、長らく石垣だけ残った状態で明治維新まで放置されていたが、跡地に邦栄高校の前身である邦栄商業学校が大正12年に設立された。


 その関係で校舎が天守閣のあった本丸にあり、二の丸に当たる部分が種々の同好会や文化部の主な活動場所となっていて文化部の部室もここにある。

 三の丸は所々に石垣が残る程度で、堀も埋め立てられて跡形も無くなっていて、戦後しばらくして、すぐそばに邦栄大学が開校した。

 

 それはさておき、豪語するだけあってスーパーで売られているどこどこ産のスイカと比べても遜色の無い色艶と味で、特に硬式野球部や、応援に参加する吹奏楽部、チアリーディング部が合宿した際にも沢山のスイカやトマトが贈られた。


 言わば園芸部の伝統行事みたいなもので、運動部や文化部を問わず、夏に合宿所を利用する者にはその恩恵にあずかれた。

 その規模は他校の園芸部と比べても倍では効かない位であり、畜産を始めたら農学部になるのも夢じゃないと半ば冗談で言われている。

 邦栄高校の前身の邦栄商業学校だったころからの、文化部では吹奏楽部と並ぶ古参中の古参で、実際に農学部のある大学に進学した者も数多くいる。


 弘明と陽大が一階に降りると、剛司と武光がスイカを運び込んでる最中だった。

 聡は一年生と一緒にトマトやジャガイモを厨房に運び込んでいた。

 弘明は彼等の作業が一段落した所で声を掛けた。

「よう、精が出るな。その様子じゃ今年も豊作だったようだな」

「おうよ、今年のは自信作だぜ」

 珍しく剛司が笑顔で答えた。

「ほう、練習後が楽しみだ」

「そのことだが、今夜と明日は俺達もここに泊まるぞ」

「そうなのか?」

「一年生の料理の実習と、ビニールハウスでこれから何を作るか決めるんだ。何を文化際に作るかに関わってくるからな。リクエストがあるなら聞いておくぞ」

「じゃあマンドラゴラ」

「抜く時はお前がやれよ」

「原田はマンドラゴラ……と」

 メモに真面目に書いた剛司を見てむしろ陽大が慌てた。

「おい、ジョークだって……」

「実際に売ってるぞ。正しくはマンドレイクって言って食べられないけどな」

 剛司は事もなげに言ってメモをしまった。


「そういえば剣道部の連中は何処に行った?道場にも居なかったが……」

 弘明が答えた。

「ランニングに行ったぞ。目指せ打倒白い悪魔!目指せインターハイ出場……て気合を入れてな。俺らも、もう少ししたらミーティングだ」

「しかし、今更だがお前や武田が園芸部って何か似合わんな」

「昔は親父にもよく後継ぎにする気は無いが、自分の身は自分で守れるようになれって口を酸っぱくするほど言われたよ。実際そんな気はなかったし、かと言って昔から運動部系は好きになれなかったしな」

「それで園芸部か。土いじりが好きなんだな」

「ああ、この辺の土はいい。土として輪廻転生を重ねてきたと前の部長も言ってたしな」

「何か壮大な話になってきたな……」

 そこへ裏庭の日陰で大きなタライにスイカを入れて、冷やす用の水を入れた武光が戻ってきた。

「2、3回水を変えれば夜には冷えるぜ」

「おう、ご苦労様」

「じゃあ、俺らはミーティングがあるから」

「ああ、昼にな」 



 邦栄高校の北から南西にかけて、平和公園という広大な公園がある。

 町一つに匹敵する敷地の中に桜並木や、大小幾つかの池や森が点在し、一際高い丘の上には反戦平和を願って建てられた平和堂というお堂がある。

 さらに公園の西側に岩願寺というお寺があり、これまた広大な墓地を管理している。 

 土日ともなれば、墓参りの客が絶えることがない。

 周辺住民の憩いの場として、また邦栄高校を始めとする周辺の学校の運動部の練習場所として親しまれている。


 ランニングに出た剣道部の面々は、その平和公園の平和堂の周りで休憩を取っていた。

 麗香は腰に吊るした小さな魔法瓶に入れたポカリスエットを飲んだ。ランニングで火照った体に冷たいポカリスエットが殊更おいしく感じられる。

 一息ついた時に声をかけられた。

「榊先輩、ちょっといいですか?」

 名前を呼ばれて振り向いた先に一年生の市ノ瀬夏枝がいた。

 高校に入ってから剣道を始めた初心者で、中学生の頃は柔道をやっていて初段を取ったらしい。ショートカットの中々可愛らしい女の子で、柔よく剛を制すを体現したような子だ。


 麗香が気になって何で剣道に転向したのと聞いたら、同じ柔道部の同輩に当時付き合っていた彼氏を盗られてしまったらしい。

 おまけにその同輩が彼女より強かったらしく、敵わないと悟った彼女は剣道三倍段の論理にのっとり、剣道に移行したんだとか。

 復讐を考えてるの?……と聞いたら曖昧な笑みを浮かべて答えなかった。

 

 それはさておき、彼女は彼女なりに疑問に思った事を口にした。

「以前から思ってたんですけど、どうして誰も平和公園の北側に行かないんですか?」

「ああ、北側には県立の碧陵(へきりょう)高校があって、あの辺の公園を勝手に彼等の縄張りにしてるのよ」

「質の悪い不良グループがいるんですか?」

「質の悪い教師が山といるのよ。そいつらが今でも北側の公園を見回ってて、他の学校の生徒を見かけたら『教育委員会に訴えるぞ』って言ってゲバ棒をもって追いかけてくるのよ」

「ゲバ棒?」

「私もよく知らないけど、学生運動華やかなりし頃に使われてた棒っ切れをそう呼んだみたいよ」

「なんかよく分からないけど凄いですね」

「正に触らぬ神に祟りなしね。あいつらは邪神だけどね、まあ怖いもの見たさで行ったら思わぬ怪我をしかねないから近寄ったら駄目よ」


 麗香の話が終わる頃、男子剣道部の宮本忠刻のスマホから着信音がなった。

「はい…はい、はい、すぐに戻ります。」

 忠刻はスマホをポケットにしまって全員を集めた。

「柳生先生から伝言だ。園芸部が昼飯を作ってくれるから、準備を手伝えとさ」

「男子もですか?」

 一年生の男子の一人がさも嫌そうに聞いた。

「当たり前だ、料理ができなくても出来ることはあるだろう。それに園芸部は毎年スイカや諸々の食材を持って来てくれるんだ。テーブル位ふいても罰は当たらんぞ」

 こうして剣道部は合宿所に戻っていった。

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