合宿

第11話 夏休み・前半1 夏休みの課題

 東西山動物園での合同デートの後、程なくして夏休みに入った。

 剣道部は合宿が始まる8月まで自由練習になっているが、中には夏限定のバイトや、友達と一緒に遊びに行く人もいて、毎日出る人はいなかったものの、誰かが休んでも誰かは稽古に出てきているので誰もいないということはなかった。


 しかし、一人だけ7月は一度も出てこなかった人がいた。

 誰あろう副部長の神谷司である。

 自由練習の案は彼女が言い出した事なので、5日目辺りから誰もがおかしいと思い始めた。麗香が気になって朝早くにラインを送ったら昼頃に返事がきた。

『7月中は出れそうにないわ。訳は登校日に話すから』……という事だった。

 何かあったら隣に住んでいる弘明から何か言ってくるだろうと思ってたから、麗香は夏風邪でも引いたかと思って余り気にして無かった。

 しかしその弘明が、司が稽古に出てこない元凶だった。


 そして8月1日の登校日、麗香は司のげっそりとやつれた顔を見て些か驚いた。

「どうしたの?たちの悪い夏風邪でも引いたの?」

「……いや、そうじゃないけど」

「悪い悪い、俺が些かやり過ぎた」

 横から弘明が割って入って麗香にわびた。

「あんた司に何やったのよ?」

 彼は麗香の言葉に殺気が籠ってるのを敏感に感じ取った。

 弘明は、やや言い訳がましく説明した。こういう時の彼女に冗談は通じない事を中学生の時に散々思い知らされているのだ。


「東西山動物園でオバサン呼ばわりして、そのお詫びに夏休みの課題の手伝いで許してやるって約束をしただろ?その約束を果たしたまでさ」

 横から修一が同じくげっそりとした顔で会話に参加した。

「そうそう、しかも近くに住んでる俺まで巻き添えにしてな」

「あんたどうゆう教え方したのよ?」

「普通に解らない所を教えただけだが、案外とサクサク行って7月中に全部終わらそうって事になってな」


 司が後を引き継いだ。

「そこからが大変だったのよ。ヒロ君が日を追うごとにスパルタになって『こんな簡単な問題も出来ないのか!』みたいな感じで」

「話を盛るな。むしろお前たちがすぐにサボろうとするから俺が苦労したんだぞ。だから7月一杯掛かったんだ。俺一人なら5日で終わってたぞ」


「あら、私は4日で終わらせたわよ」

 美杏が競争意識を刺激させられたのか、割って入って人前で初めて自分から進んで口を開いた。

「前の学校なら去年習った事だから楽勝だったわ。グラマーだけちょっと苦戦したけどね」

 どうだと言うように手を腰に充てて自慢げに言った。

 因みに期末試験は、美杏は学年7位、弘明が5位だった。

それで要らぬ競争心に火が付いた様だった。


 普通ならこの手の学力自慢は嫌われるものだが、この時は普段寡黙で授業以外で滅多に10文字以上喋らず、常に無表情の美杏が笑顔で自ら自分自慢をした事に皆驚いていた。

 男子の間ではネタ的に、彼女の笑顔を見たらその日は幸運が訪れると言われている位だ。


 言ってみれば弘明達が東西山動物園で感じた違和感をクラスメイト全体が共有したのだった。

 それはさておき、美杏は珍獣を見る目で自分を見ているのに気がついて、

「どうしたの?」

 ……と問いかけた。

 正信はそんな美杏を見て、彼女の中の心の時間がようやく動き出したと思った。

 そして夏休みの課題を写させてくれるだろうかとも。

 

 それからが彼等にとって大変だった。

 クラスメイトから課題を写させてくれの大合唱にさらされるわ、担任の織田に課題を増やされそうになるわ、特に弘明と司は剣道部と弓道部からダブルで嫌味と病気でも無いのに7月に一回も部活に出なかった事を責められた。


 奇しくも2人ともそれぞれの部活の副部長だったので、他の部員の目から見れば責任放棄と取られても仕方なかったと言うのもあるが……


 それからは二人共合宿まで欠かさず部活に出たが、特に司が部員同士の練習試合では普段の慎重な試合運びはどこへ行ったとばかりの速攻を見せて一同を驚かせた。

 あまつさえ、偶々外を歩いていた弘明を見るや防具姿のままで飛び出して竹刀で殴ろうとするなど、皆が恐れるほど凶暴になり、7月中に溜めこんだストレスの大きさを改めて皆に感じさせた。


 そんな彼等の騒ぎを尻目に硬式野球部が何年振りかの甲子園出場を決めた。

 2自慢気に話していた。

 そうなると吹奏楽部やチアリーディング部も応援に動員されるので、吹奏楽部の北条恭子も自然と忙しくなる。

 恭子は吹奏楽部の1、2年生のまとめ役を任されているので、尚更である。


 吹奏楽部自体も相手校の校歌や応援歌の練習、チアリーディング部との合同練習等々やるべき事は沢山ある。

 彼等は学内にある合宿所に缶詰になって練習、練習、また練習の日々を送っていた。


 そんな中、硬式野球部の壮行会が大々的に行われた。


 理事長の足利が炎天下の中、自らも汗だくになりながらやたらに長い演説をして、堪り兼ねた教頭の細川に止められるといったハプニングがあった物の、吹奏楽部が奏でる邦栄高校校歌に送られて、学校が用意した二階建てバスに乗って先生と父兄の万歳三唱の中、甲子園のある関西に向けて旅立った。


 麗香達は乱痴気騒ぎの三歩手前のような壮行会を他人事の要に見て、ちょっと羨ましいと思ったが、男子剣道部の宮本忠刻は硬式野球部の面々をむしろ気の毒そうに見ていた。

「……あれだけ派手に送り出されたら、帰ってガチガチに固まって本来の実力を発揮出来ないんじゃ無いか?俺だったら、あんな事されたら絶対そうなるな」

「まあ、いいんじゃない?別に私達が甲子園で戦ったり応援に行く訳じゃないし」

「そうそう、後は彼等の問題さ。」

 一緒に見ていた弓道部の部長の原田陽大が、麗香に同調したついでに余計な一言を言った。

「しかし二階建てバスには乗ってみたかったな。二階部分の後ろの席で榊みたいな美人を沢山侍らせて……」

 彼は彼女の裏拳を顔に食らったので最後まで言う事は出来ず、隣にいた弘明に抱きかかえられた。

 弘明は流石に呆れ顔で半ば伸びている陽大の顔を軽くたたいて正気に戻した。

「お前自滅願望でも持ってるんじゃないか?」

「いや、単なる過激なコミュニケーションを楽しんでるだけさ」

「過激ってお前……」

 

 そこへ吹奏楽部の恭子が彼等を見つけてトランペットを持ったまま、声を掛けながら歩み寄ってきた。

「曾根君、マジで課題移させて。お金払うから」

「……去年はそんな事言わなかったのにどうしたんだ?」

「時間が全然足りないのよ。ただでさえ合宿所に缶詰にされて応援の練習に明け暮れているのに、その上夏休みの課題なんてやってられないわよ!」

「うん、わかるわかるよその気持ち。ヒロ君貸してあげなよ」

 横から司が恭子のために援護射撃をした。


 因みに邦栄高校の合宿所は温水プールの隣にあり、隣り合った邦栄大学と共同で使っている為、常にどこかのクラブが使用しているが、大学のクラブと高校のクラブがかち合う事は滅多に無い。

 これは邦栄高校が男子高だった時代に、大学生のラグビー部が一緒に泊っていた高校生のラグビー部を誘って合宿所で飲酒をした事が学校側にばれた為で、新聞沙汰にならなかった物の、関係者はかなり重い処分を下されたとされている。

 最も男子高から共学に変わったのは40年前の事なので、いつそんなことが起こったかは誰も知らないのだが……


 それはさておき、1000円で貸してやると答えたら高いと言って500円に負けてくれと言ってきた。それから侃々諤々の押し問答の末、700円で手を打った。

 後日、恭子が弘明や美杏からも借りた夏休みの課題を餌に、主力となる吹奏楽部とチアリーディング部の二年生を、些か不純な動機で一つにまとめ上げた事を聞かされた彼等は、彼女の意外と手段を選ばない一面に感嘆したのだった。

 

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