第10話 東西山動物園その3
「東西山スカイタワーの展望室はヘンジンの聖地と呼ばれるデートスポットなんだって、去年行かなかったから行ってみない?」
「恋人だ、コイビト!」
エミリアの間違いを正すことが剛司の日常生活の一部になっていたが、今日の今の間違いは傑作に近い物だった。
「他の人の前で言ったら、絶対一生言われるぞ」
「は~い」
エミリアは気の抜けた声で返事をしながら、剛司と一緒にスカイタワーの展望室に行くエレベーターに乗って上に行くボタンを押した。
「あの2人、上手くやってるかな?」
「う~ん……これだけは神のみぞ知る……だな」
剛司はエミリアから話を持ってこられた時、面白いと思った。
武田と榊は、ああ見えて奥手な所がある。
武田に前にクラスの女で好みの子がいるか聞いてみた事があった。
彼はチョット考えて榊の名を出し、そこで4人組から助けてやった話をした。
「それからチョットいいかなって思ってる」……と言うことだった。
だからエミリアからこの話を聞いた時、チャンスと思った。
彼女が出来れば、武田のぶっきらぼうな所が多少なりとも改善するかもしれないと思ったからだ。
彼も人の事は言えないが、池田聡を始めとして何人かの趣味友達がいる。
武田は今の所、友人と呼べるのは彼しかいない。
大きなお世話を承知で、一肌脱ぐのも一興かもしれないと思ったし、エミリアとの1年振りの東西山動物園での夏デートもそれなりに楽しみだったのだ。
*
スカイタワーの展望室には麗香と武光がいた。武光が目ざとく2人を見つけて、声を掛けてきた。
エミリアが麗香と話している間に、武光はやや2人から離れた所に剛司を連れて行った。
「千円で良いから金貸してくれ。明日返す」
「なんかあったか?」
「あいつ、思ったより大食いだった」
剛司は心の中でほう!と思った。今日一日で食事を奢る程に、関係が深まったかと感心したのだ。結局3千円貸してやった。
*
スカイタワーの一階で弘明と司はソフトクリームを食べながら、所在投げに隅のベンチに座っていた。
弘明が時計をみたら14時30分になったばかりだった。
「ちょっと早いんじゃないか?」
「5分前行動って小学校の時に習ったでしょ。30分前なら余裕たっぷりで待ってられるじゃない。言い出しっぺの私が遅れたら体裁が悪いし、あなたも私の彼氏なら気を利かせなさいよ」
「幼馴染と彼氏が同義語だとは知らなかったな」
「一緒に風呂に入って一緒に寝た仲じゃない、忘れたの?」
「幼稚園に入る前の事など一々覚えてる訳ないだろ……」
「私の事好きだって言ったじゃない」
「幼稚園の頃にな。それは微かに覚えてる……」
「キスもしたじゃない」
「幼稚園の頃に、お前が無理矢理ほっぺたにぶちゅとしたっけな……そういうのはキスとは言わないぞ」
弘明は嫌なことを思い出させるなと言わんばかりに吐き捨てる様に言った。
*
司は機嫌を悪くすることもなく、ただノリが悪くなったとだけ思った。
小学校の頃は何か頼む時に、これを持ち出して只々オロオロとうろたえる彼を見るのが面白かったが、中学生になってからは、お互いに周りの目を気にして、その手の冗談を表立って言わなくなったと言うのもあるが……
*
弘明はこの話も久し振りだなと思っていた。
これに関しては余りいい記憶はないし、小学校の頃は司は明らかに人の反応を見て面白がっていた。
中学生になってからは、流石に周りの目を気にしてその手の冗談を言わなくなったし、榊と出会って剣道部に入ったので、そちらが彼女のメインとなって余り係わらなくなったと言うのもあるが……
*
時計が14時50分を指したころ美杏と正信が合流した。
美杏は弘明と司を見つけるとやけに上機嫌で挨拶をした。
弘明は暫し驚いた。
美杏の笑顔を今朝方見たばかりだが、更に高らかに笑ったり、司と軽い冗談を言ったりするのを珍獣を見る目で見ていた。
言い方は悪いが、突如としてロボットが人間の魂を獲得した様な違和感を感じていたのだ。
隣にいた正信に思わず「お前、上手い事やったな」……と言った。
半ば本気、半ば冗談、そして少しばかりの嫉妬がブレンドされていた。
「見た目に似合わぬじゃじゃ馬だぞ」
「じゃじゃ馬の鳴らし方なら心得があるぞ」
「また教えてくれ。最近少々手こずってるんだ」
「任せろ。14年は早くその道に通じているからな」
「なに話してるの?」
「ライオンの飼育環境についてちょっとな……」
「難しいって事だよ」
「……?」
司と美杏は彼等の厭味に気付かなかった。
時計が15時を指したころ、麗香と武光・剛司とエミリアがスカイタワーから降りてきた。
麗香はエミリアと話し込み、武光と剛司はそんな彼女達を一歩後ろで微かに笑って見ている。
「う~ん。思ってたのと違うな~。麗ちゃんは武田君のことが好きだと踏んで今日という日をセッティングしたのに……」
「お前の思考は『独身同士をくっつけたがるオバサン』その物だぞ」
「何よそれ?うら若き乙女に対して何てこと言うのよっ!」
「うら若き乙女ならそれらしい事で悩んで見せろ」
「まあまあ、皆そろったんだから、それ位にしようや」
正信が中に入って取り敢えずその場は治まった。
「何?また夫婦漫才?」
中学生から付き合いのある麗香には見慣れた光景だったので喧嘩と呼ばず漫才と呼ぶ所に、彼等との信頼関係が伺えると美杏は思った。
「聞いてよ!ヒロ君ったら言うに事を欠いて私をオバサン呼ばわりするんだよ!酷いと思わない?武田君もそう思うでしょ?」
「あ……ああ……」
水を向けられた武光は困ったように麗香をみた。
彼女は、さも当然と言うように言った。
「それはダメだ。ちゃんと謝らないと」
エミリアと美杏も同調した。
「女に一番言ってはいけない言葉遊びね」
「そうね。あと『遊び』はつけなくていいから」
「ぐっ……」
弘明は流石に分が悪いと思って素直に司に謝った。
意地になって拗らせる事でもないし、と思った時、司は調子に乗って余計な一言を言って後々自分の首を絞める事になる。
「じゃあ夏休みの課題の手伝いで許したげる」
一旦全員が集まった所で、これからどうするか決めることになった。
多数決でカラオケに行くことになったのだが、美杏はともかく、弘明が反対に回ったのは意外だった。
実は弘明は音痴だったので余り人前で歌いたくなかったと言うのもある。
美杏は歌はそこそこ上手だが、元々カラオケボックスみたいな所が苦手だったのだ。
弘明と美杏はカラオケボックスでも歌はほとんど歌わず、何やら真剣に議論していた。
司が何を話してるんだろうと嫉妬混じりに近づいてきたが、ピタゴラスの定理がどうのこうのと言う言葉が聞こえてきたので早々に退散した。
カラオケは以外にも武光が一番ノリノリだった。
麗香と一緒にデュエットする武光を見て司は小さくガッツポーズを取った。
弘明は最後に皆から無理矢理マイクを渡されて、半ばヤケで熱唱した。
弘明は音程が壊滅的に狂ってたので、その場にいた全員が、これ以降弘明にマイクを渡すまいと固く心に誓った。
もちろん付き合いの長い司が、トイレに行くと言って歌が始まる直前にカラオケボックスから避難したのは言うまでもない。
*
それ以来、武光は弘明や修一と話すことが多くなった。
麗香関連の情報は男子の中で一番だったし、流石に女子には聞けなかったというのもあるが……
「兎に角、思い込んだら一直線て奴だな。良くも悪くもぶれないと言うか、まあ、リーダーシップはあるな。それに人の話は、それなりにチャンと聞く方だから、部活の上級生にも下級生にも受けはいいようだな。だけど時々色々な意味で暴走するから、付き合うならそれなりに覚悟はいるぞ」
弘明の榊麗香の評価は、一番的を射た物だったであろう。
しかし少々大袈裟過ぎる気がしないでもない……少なくとも武光はそう思えたが、それが間違いだったことを彼は何カ月か後に思い知る事になる。
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