第9話 東西山動物園その2
東西山スカイタワーの展望室は恋人の聖地と呼ばれるデートスポットだが、麗香と武光の会話は恋人たちのそれとはかけ離れたものだった。
「俺が留年してるのは知ってるよな?」
「うん、そう言えば何で留年したの?」
「前の学校にいた時に交通事故に遭って去年の11月から今年の3月半ばまで入院してたんだ。それで出席日数が足りなくなって、めでたく留年したわけさ」
「そんなことがあったんだ」
「ここからは内緒にして欲しいんだが、事故の相手が郷山会の組長だったんだ」
「あの羽黒君の組の?」
「そう、詳細は省くがその縁故で邦栄高校に来たのさ。その時に羽黒に色々と世話になったのが縁で友達付き合いをするようになったというわけさ」
「ふ~ん、色々あったんだね~。因みに私の家は神社なんだけど、昔は郷山会と大っぴらに付き合いがあったんだって」
「ほう!」
「今じゃ暴力団排除条例で、それも大っぴらに出来なくなったけど、宮司をしている家のお爺ちゃんと羽黒君のお爺ちゃんが趣味友達で、今でも時々会ってるんだって」
「どんな趣味?」
「釣り。互いに映画の釣りバカ日誌のファンでも有るらしいわ。そう言えばさ、武田君ってどんな映画や漫画が好きなの?」
前にネタふりをしたときは、はぐらかされてしまったので、この機会に聞いてみたいと思ったのだ。
「俺か?ジブリ映画とジョジョだな」
「ジョジョはともかく、ジブリは意外ね」
「ジブリなら何でもいいわけじゃないさ。冒険活劇物が主だけど」
「お前はどうなんだ?」
「漫画なら鬼平犯科帳、映画なら黒澤明の時代劇ね、後、銀英伝とかも好き」
「えらく渋いな」
「よく言われるわ」
「流行りのゲームとかドラマとか映画は興味はないのか?俺も無いけど」
「あんまり。名前を知ってる程度で、付き合いで携帯のゲームをやるくらいね。だからそっち方面では他の女子連中と中々話が合わなくってさ、ついつい歴史とか詳しい男子と話す方が多くなるのよ」
そう言えば、話さえ合えば男子だろうが女子だろうが、区別なく普通に話せるのが、こいつの強みだな。
「こうやって話してると、私達って余り接点がないね」
「失望したか?」
麗香は首を微かにいやいやをするように振った。
「逆に興味がでてきちゃった。ねぇ、前にあなたに言ったこと覚えてる?」
「……?」
「ぶすっとしてるより笑ってる方が、ずっといいって言ったことがあったじゃない。考えてみれば、あの時からあなたの事、意識してたんだね、私って……」
麗香はいたずらっぽく笑うと、やや改まって
「あなたはどうなの?」
……と聞いた。
「4人組とやらに絡まれてたのを助けた時に、あの時の一連の動作が面白いと思ってさ、それからチョット気になってたんだ」
「よかった、完全な片想いってわけでもなさそうね」
「何で?」
「片想いだったら、振り向かせるのに相当苦労するじゃない。私、そうゆうの嫌いなんだよね。剣道部の稽古に差しさわりも出るから」
「真面目なんだな」
「そんなんじゃないよ。それに、主将になったし。そういう意味では今日あなたと話が出来てよかったわ。モヤモヤを抱えたままでは色々と支障が出るから」
「じゃあ、モヤモヤが消えたことを祝って上で食事をしようか」
武光は東西山スカイタワーの見取り図を見ながら言った。
7階にレストランがあったのだ。
「奢ってくれるの?」
「……ああ……」
武光はチョット考えて返事をした。
何となく嫌な予感がしたのだ。
そしてその予感は大当たりだった。
彼女はドリンクバー付きのランチとフライドポテト、オマケにデザートまで平らげたのだ。お値段併せて2,600円なり。
「ちょっと量が少なかったかな」
……というのが麗香の感想だった。
*
弘明と司は、じゃれ合うコアラの親子を見ながら昔話をしていた。
「実は麗ちゃんは中学生の頃、ヒロ君の事もいいなって言ってたんだよ。だからヒロ君は私が先約済みだから、横取りはダメよって言ってやったの」
司はちゃらんぽらんに見えて意外と独占欲が強い。
しかし俺の気持ちはどうなる?
「そしたらあいつはなんて言ったんだ?」
弘明は流石に気になって聞いてみた。
「うん、そしたらそういう意味じゃないって、中一の時に今みたいに同じクラスだったじゃない。その時にクラス対抗のサッカー大会で決勝戦まで行った時に、中心メンバーの一人として活躍したじゃない。その時に麗ちゃんが私にヒロ君ってサッカー部だったっけ?って聞いたのよ。違うよ、帰宅部だよって言ったら、あれだけの運動神経を持っているのに何もクラブをやってないのは勿体ないって言ってたよ」
「ああ、あの時か。準優勝だったけどジャンケンは全勝だったぞ」
「ジャンケン?」
「確か11月だっただろ。長袖組と半袖組を決めるジャンケンは全勝だったんだ」
「そうなんだ……」
司はコアラの親子を見ながら感心なさそうに相槌をうった。
「そうなんだよ」
弘明は相槌を打ち返しながら、小学校から中一の時を思い返していた。
スポーツをするより数式を解く方が楽しかった時期があった。
その為か、中三になる時には普通の高校の3年レベルの学力が付いていた。
弓道を始めたのも中学の頃の麗香からの一言が切っ掛けだった。
「司が言ってたんだけど、いつまでもあなたにオンブにダッコじゃ駄目だから剣道を始めたんだって。あなたも何かスポーツを始めたら?折角運動神経がいいんだから、勿体無いよ」
考えてみれば知らず知らずのうちに、司や麗香の影響を受けているな。
隣りでコアラを無邪気に見ている司を見てふっと笑ってそう思った。
*
植物園に向かった美杏と正信は、そこにあった東屋で抹茶ラテを飲んでいた。
「しかし、こんな団体になるとは予想してなかったな」
「驚かせようと思って」
美杏はいたずらっぽく舌を出した。
「しかし参ったよ。なまじ秘密にしてたから質問攻めにあっちまった……普段でも余り話した事の無い連中ばかりだったから参ったぜ」
「何聞かれたの?」
「いつからそんな中になったとか、なぜ隠してたとか……男子は皆君の事を気になってたからな。説明するのに苦労したよ」
「私も東京では小中高一貫の女子校だったから、男子との距離感がつかめなくて……だからあなたが胸の内を聞いてくれたのが凄く嬉しかったし伝手を頼って茶道部を紹介したのも感謝しているの。だから今日誘ったのよ……迷惑だった?」
「いや、そんな事はないが……しかしお前も随分変わったな、それもいい方向に」
「そう?」
「そうさ。他の3人は言ってたぜ、お前が笑ってる所を始めて見たって。男子が君のことをなんて言ってるか知ってるか?」
「なんて言ってるの?」
「邦栄高校の綾波レイ」
「アスカ・ラングレーじゃないんだ」
「それ、困る奴だ。委員長辺りにしとけ」
「そうする様にするわ」
お互いに笑みがこぼれた。
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