第7話 ストーカー?ジェンダー?それとも……

 白富女学園との練習試合の翌日、喫茶ヴァルキリーで麗香は苦虫を纏めて食い潰したような顔をしていた。


 明石沙織との勝負に負けたのもそうだが、ここの所、負けるたびに出費がかさんでいるからだ。

 沙織とは勝負の度に負けた方が食事を奢るという賭けをしていて、今の所2勝3敗で負け越してるのだ。


 数学の実力テストの時といい、今回といい、厄年でも無いのにどうゆうことだこれは?

 因みに実力テストの時は安定の最下位で、ここで美杏に奢る羽目になった。


 喫茶ヴァルキリーで2回に渡って奢らされる羽目になった麗香は、ドヤ顔でミルフィーユケーキを食べる沙織の顔を恨めしそうに見ていた。

「どうしたの?これおいしいよ、あんたも食べなよ」

 麗香も同じ物を頼んでいたが上に載せてあった苺をもてあそんで手を付けていなかったのだ。

 もっとも、前回は麗香と沙織の立場は逆だったのだが。

 

 邦栄高校と地下鉄一ツ社駅の途中にある喫茶ヴァルキリーは北欧神話に登場する、戦場で死んだ勇者の魂を天上の宮殿ヴァルハラへ導くという半神の女神の名を冠した喫茶店で、広い店は北欧風にまとめられていて、ケーキや焼き菓子などの種類が豊富である。


 店主が北欧諸国に旅行した時に、現地の雰囲気を気に入って5年ほど行き来を繰り返し、北欧のケーキやシナモンロールの作り方をマスターしたり、現地の人々と交流を深めたりして、10年前にオープンした。

 店主は邦栄高校が男子高だった頃の最後の卒業生で、玉に邦栄高校の生徒は安くしてくれる事がある。


 それはともかく、沙織に勧められてやっとケーキに手を付けた麗香は、彼女と共に昨日の試合の総括を始めた。

「昨日も先輩と話したんだけど、ウチと邦栄はほぼ同レベルってところね。実際に皆いい試合をしてたし、あんたとの試合も薄氷の差で勝った様なもんだし」

「おほめにあずかって光栄だけど、今のウチの状態じゃあ半年後はどうなっているか分からないわ」

 実際にこれから主力になる二年生と一年生は麗香の見立てでは白女に一歩及ばずと言った所で、特に一年生は白女の先鋒に3人が倒されて続く次鋒に2人が倒されて白女が3人を残して負けてしまった。


 お互いにチームの細かい事は喋らないという不文律が自然と出来ていたので、白女の3人の一年生については細かい事は分からず仕舞いだったが、その後の自由練習で相手をして、かなりの腕前だとゆうのは分かった。


 総括が一段落した所で、沙織の何気ない質問に危うく口に運んだケーキを吐き出すところだった。

「今、気になっている男子っているの?」

「……何よ、急に?」

「別に深い意味はないけど、ふと気になってね、ウチって女子校じゃない。中々そういう事を話題にする機会がなくってさ。ほら、副部長になった神谷には曾根って彼氏がいるじゃない。貴女も私にちょっと劣るとはいえ美人なんだから、その気になれば選り取り見取りで逆ハーレムが作れるんじゃない?」

 確かに沙織は化粧ッ毛が無くても十分美人で通用する。

 まあ、私にはちょっと劣るけど。

 お互いにネタ込みでそう思ってる。


 しかし、麗香はクラスの男共をピチピチのメンズビキニの競泳水着を穿かせて侍らせて、その中で鎮座している自分の姿を想像して、何気に笑いがこみ上げてきた。

 沙織はそんな彼女を不思議そうに見ていた。

「ごめんごめん、うちのクラスの男共で逆ハーなんて笑い話にしかならんわ」

「つまり、居ないわけね」

 いい具合に勘違いした沙織は自分持ちでチョコレートパフェを頼んで話題を変えた。

 麗香もアイスコーヒーを頼んだ。


「実は付き合ってくれ……て、言ってきている人がいるの」

「どんな命知らずがそんな事を言ってるの?」

「単なる命知らずならいいんだけど、ちょっと問題があって……」

「ストーカー?」

「それに近いけど、ちょっと違うかな」

「どこの学校の人?」

「それが……」

 沙織はそこで言いよどんだ。


「ひょっとして西校の生徒がまた絡んできたの?確か先生同士の話し合いで決着が着いたって聞いたけど」

 西山高校、略して西校は白富女学園の近くにある男子高でガラが悪い事で知られている。

 四月に西校の生徒が白女の周りにたむろして新入生に卑猥な言葉を投げかけるという事件があった。

 その時は白女の生活指導部の先生が大挙して西校に押しかけて抗議する騒ぎになり、西校の生活指導部の先生達が見回りをして、白女の周りを立ち入り禁止区域にする事で一応の解決を見た。

 

「その方がよっぽどマシかもしれない。遠慮なく叩きのめせるから」

 物騒な事を言いつつ彼女は続けた。

「同じ学校の二年生なのよ、しかも中等部の……」

 麗香は彼女らしくなく、暫しポカンと口を開けて沙織を見ていたが、ようやく体制を立て直すと、とにかくも話を聞いて見る事にした。


「禁断の恋って訳じゃないでしょ。同じ剣道部で個人的に稽古を付けて欲しいとか、そうゆう事じゃないの?」

「そうゆう事じゃないから困ってるの」

「どうゆう風に?何かおかしい宗教にはまってるとか、そんなんなの?」

「近いかな。ジェンダーって奴にハマってる感じかな?見た目は宝塚の男役が務まりそうで、以外とカッコいいんだけどね」

「揶揄われてるとか、そんなんじゃないの?」

「最初は私もそう思って適当にあしらってたんだけど、こないだ面と向かって『私は本気で言ってるんです!』と詰め寄られて、どうやって諦めさせようかと思案しているのだけど……」

「恋に恋してる類の輩じゃない?ちょうどインターハイがあるんだから、今はそれに集中したいって言ってその子の熱が冷める方向に持って行くのがいいんじゃない?」

「う~ん、それしかないか。インターハイに向けて練習に集中したいっていうのは本当のことだし……」


 真剣に悩んでいる沙織を見るのは始めてなので、何とかしたいのは山々だったが、事は白富女学園内の事である。

 同じ学校なら間に入る事もできるが、お互いに違う学校である。

 要請が無い限りどうにもならない。


 結局、沙織は麗香の言う通りインターハイに集中する事にして、問題を先送りにする事にした。

 その間に禁断の恋の熱が冷める事を願って……


 

 沙織と別れた麗香は帰りがけに神社に寄って主祭神の須佐之男命(スサノオノミコト)に、白富女学園女子剣道部の活躍を祈願した後、隣りにある自宅に帰ろうとして、ふと足を止めた。

 境内社の大国主社(おおくにぬししゃ)に中学生から高校生と思しき女性が、何やら熱心に祈願しているのを見かけたからだ。


 それだけなら早々にその場を後にしただろう。

 立ち去らなかったのは、その女性が沙織が語った宝塚の男役が務まりそうなカッコいい女という条件にピッタリだったからだ。

 彼女はよく見たら、自分と身長が同じ位で、髪は短くカットしていて、確かに宝塚の男役が務まりそうな感じだった。

 彼女は数歩後ずさりしてから向きを変えて、その場を離れ、絵馬を絵馬掛所に掛けて、神社から立ち去った。

 出ていく時も参道の真ん中を歩かずに、鳥居の所で一礼するなど神社の参拝の仕方をよく心得てる様だった。


 麗香は彼女が完全に見えなくなった所で絵馬掛所に行って彼女が掛けた絵馬をみた。

 余り褒められた行為ではないが、確かめられずには要られなかったのだ。

 ハート型の絵馬には『明石沙織と一緒になれますように。紫上祇園』と書いてあった。


 麗香はこの事を沙織に知らせるべきかどうか、判断に迷わざるを得なかった。



 翌日、一日中考えて、結局沙織にしらせる事にした。

 紫上祇園(しじょうぎおん)と言うハンドルネームみたいな名前も気になったし、面倒事は早めに決着を付けた方がいいと彼女なりに判断したからである。


 メールを送って程なくして沙織から返信が来た。

『メールありがとう。紫上祇園は間違いなく彼女の本名よ。手こずりそうだけど、こっちで何とかするわ』

『一応気をつけてね』

 返信した後、取り敢えず終わったと言う軽い満足感に浸っていた麗香は、日課の30分の打ち込みを終えて、シャワーを浴びに家へ入った。

 


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