第6話 白い悪魔
白い悪魔が来る!
女子剣道部はこの報に緊張に包まれた。
白い悪魔とは西邦区にある白富女学園剣道部の事で、県下では剣道の最強校の一つで、試合では白袴に白一色の袴に防具、赤の胴で身を固めているため、こう呼ばれている。
キリスト教系の学校だが、わざわざ自分達で白い悪魔と名乗っている。
機動戦士ではなくて、魔法少女の方らしい。
因みに邦栄高校を含む県下4強の内に入る剣道最強校の内3校は、黒い3連星と呼ばれているとかいないとか……
また、現時点の個人での5強の内、2人が白富女学園、略して白女の生徒で、その内の一人が同じく5強の一人の麗香とは同い年で、ライバル同士だった。
要は合同練習会なのだが、試合形式で行われる練習試合だった。
邦栄女子剣道部は惜しくも8月のインターハイ出場を逃したが、白富女学園剣道部とは互いに切磋琢磨しあうライバル同士でもあった。
麗香は袴姿で案内役の一年生と共に正門の内側の葉桜が作る日陰で待っていた。
彼女は主将なので他の二年生に任せてもよかったのだが、良くも悪くも現場主義で、しかもSNSで相手に主将自ら正門で待っていると言った為に、こうなったというわけだ。
やがて白富女学園と書かれたバスが正門をくぐった。
邦栄高校で普段の移動でバスを使えるのは硬式野球部か吹奏楽部、チアリーディング部など人数が比較的多くて派手なクラブで、こういう時はスクールカーストを意識してしまう。
せめてインターハイ出場位果たさなければ地位向上は望めない。
麗香はそんなことを考えながら、日陰から出てバスに向かって歩き出した。
「久し振り、麗香!」
彼女と個人的にSNSで繋がっているライバル、明石沙織が目ざとく麗香を見つけて声を掛けてきた。
「改めて主将就任おめでとう!」
「ありがとう」
お互いに握手しながら言葉を交わす。
試合以外では親しい友人関係で、沙織の家はカトリックの教会である。
神社と教会という違いはあるが、似た者同士で意気投合してしまい、今年の一月二日から四日まで沙織は麗香の神社でアルバイトをした事もある。
これはカトリックでは一月一日は神の子を生んだ聖母マリアを祝うためでもある。
それはさておき、白女はインターハイに出るので、自然に三年生は引退の時期が9月にずれる。
邦栄高校は準決勝まで行ったが、今一つの強豪校、大春高校に僅差で敗れている。
麗香は白女の顧問の上泉南と三年生にインターハイ出場を祝した後、連れていた一年生に白女の一年生を手伝うよう指示を出して、着替え場所に自ら案内した。
着替え場所は合宿所の一室が充てられていた。
案内がてら麗香は顧問の上泉に声を掛けた。
上泉南は30代前半の女性教師で柳生と同じく日本史を教えている。
青森県の剣道の強豪校の出身で白富女学園と同じキリスト教系の学校である。
「そう言えば白女の合宿所って新しくなったって聞いたけど、どうなんですか?」
「そうなんだけど、半ばチアリーディング部や吹奏楽部の専用施設になっているわ」
「やっぱり大人数で実績十分のクラブは何処も違いますね」
「実績だけならウチも引けは取らないけど、人数が違うからねぇ……」
白女のチアリーディング部や吹奏楽部はいずれも100人を超える大所帯で、剣道部は25人である。
邦栄女子剣道部は引退した三年生を入れても18人で、実質13人である。
因みに男子剣道部は20人で、引退した三年生を入れたら27人である。
それはさておき、白い胴着に真紅の胴がズラッと並んだ様は、流石に壮観だった。
邦栄女子剣道部も引退したとはいえ、三年生も今日の練習試合のために稽古は欠かさなかった。
公式試合で対戦出来なかったので、今日改めて対戦するのもお互いの目的だった。
試合は玉竜旗方式で行われ、まずは三年生同士で対戦し、次いで二年生同士、一年生同士で対戦する事になった。
審判は柳生と上泉、男子剣道部の新主将、宮本忠刻が務めた。
白富女学園が来てるという噂は運動部を中心に広まったため、剣道場のある体育館はわざわざ練習をおっぽり出して見に来た物好きや、学校に残っていた帰宅部が剣道場の前に溢れ出す騒ぎとなった。
白女も邦栄と同じく、スポーツに力を入れており、チアリーディング部や新体操部は全国大会の常連である。
「何だ、チアリーディング部じゃないのか」
「何を期待してたんだ?」
弓道部の副部長になった弘明も、部長になった原田陽大と共に袴姿のまま見に来ていた。
陽大はリーダーシップはあるが、普段の言動がセクハラめいているのが玉に傷で、しかもそれが弓道部の女子に受け入れられているという謎の魅力を持っている。
まあ、実際にセクハラしたり、練習中に女子をベタベタ触るわけではないので、抑える所は抑えているし、練習中は真面目にやっている。
しかし、白富女学園が来てると聞くや
「自由練習~」
……と叫んで隣りに隣接している剣道場にすっ飛んで行った。
弘明が後を追ったついでに自分も練習をサボったのは言うまでも無い。
「実際にウチの剣道部は白女と比べたら実力はどの程度なんだ?」
「榊他数人以外は一段落ちるって所みたいだな」
彼等の目の前では三年生同士が試合をしていた。
丁度四戦目が引き分けで終わった所で、邦栄が三人、白女が一人残っていた。
これはこっちの勝ちだな、と見物人は思ったが、弘明は残った三人が硬い表情をしているのに気付いた。
三人いてもまだ不安なほど強いのかと思って見ていたら、ひとり残った白女の三年生は立て続けに三人を倒してしまった。
あとで司に聞いたら、5強の一人だと言う事だった。
しばしの休憩を挟んで麗香達二年生の試合が始まった。
以外にも司が先鋒だった。
白女の先鋒は縦横に彼女の倍はあるんじゃないかという巨漢だったが、司は正面から立ちふさがる愚を避け、小手狙いで足を使って隙あらば打ち込んだ。
相手も彼女の狙いを分かっているので、中々有効打が与えられず、逆に何回目かの打ち込みの時に逆に面を喰らって負けてしまった。
陽大は弘明が舌打ちをしたのを見逃さなかったが口には出さなかった。
口ではミソ糞に罵る事があっても以外と司の事を気にかけているのだ。
白女の先鋒は邦栄の次鋒も破ったが中堅に負けた。
続いて出てきた白女の次鋒は邦栄の中堅を破り、副将として出てきた新井恵子に敗れた。
恵子は白女の副将も倒したが、大将の明石沙織に一瞬で負けてしまった。
沙織は内心安堵していた。
彼女は麗香と同じ速攻タイプで、恵子の様な守りを重視するタイプを苦手としていた。
まだ恵子に負けるとは思わないが、粘られたらそれなりに厄介だし、彼女は着実に力を付けているし、今のような速攻は今度は通用しないだろう。
まあ、それは今後の課題として、今はあいつとインターハイの前に決着を付けなければならない。
友人でライバルの榊麗香と。
麗香は興奮を抑え切れずにいた。
似た者同士で、同じ速攻タイプの剣道をする明石沙織は倒すべき敵であり、友人であり、互いに切磋琢磨するライバルだった。
公式戦で対戦出来なかったのは返す返すも残念だが、練習試合とはいえ、この状況は願ったり叶ったりだった。
流行る気持ちを抑えて蹲踞の姿勢を取った。
沙織もそれに倣う。
榊と明石が蹲踞して臨戦態勢に入ったと見て、主審の柳生はそのまま「はじめ」の合図を出した。
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