ライバル

第5話 麗香の危機

 麗香は駅に行く前に、ちょっと寄り道することにした。

 行き先は駅の近所の書店。

 確か麗香の好きなコミックス「鬼平犯科帳」(この辺り、麗香の趣味嗜好はいささかならず女子高生らしくない)の最新刊の発売日だった筈だ。


 学校帰りに本屋で漫画本を買うというのも何だか不謹慎な気がしたが、まあそれはそれ、たまにはいいじゃない。

 別に学校一の優等生を目指してるわけじゃないし、別に校則で禁止されているわけじゃないし。(この点、邦栄高校の生徒達はかなり恵まれているといえる。

 ただし、その分自己にかかってくる責任も大きいのだが……)などと自分に都合のいい事を考えながら本屋に入り、お目当てのコミックスを買って店の外へ出て、駅に向かって歩き出した。


 そして幾らもいかない内に

「待ってたぜ~麗香ちゃん」

 ……という耳障りなダミ声を発しながら4人の不良と思しき連中が目の前に現れた。


 麗香は思わず後ずさった、と言っても普通の女の子のように怯えたわけではない。

 彼女は棒きれ一本あればチンピラの3人や4人は叩き伏せるだけの自身と実力を持っている。

 後ずさったのは不覚にも4人組のあまりの見た目の悪さに肝を潰したからだ。


 何せ4人組は揃って金髪に染めた髪、オシャレのつもりなのか、ジャラジャラと腰に下げた鍵だのチェーンだのがやたらと耳障りな音を立てている。

 ブルーオイスターに入り浸るゲイもびっくりのファッションセンスである。


「な、何よあんた達?」

 つかの間の驚愕から覚めた麗香はとにかくも強気に出た。

 怖がったら負けだ、益々つけ込まれる。

 それにしても、せめて竹刀くらい持ち歩くべきだったかもしれない。

 そうしたらこんな奴ら敵じゃないのに。

 周りを見渡しても傘一つない。


「つれない事言うなょ~元同級生じゃないか~」

 不良は、よくよく見たら去年退学処分になった麗香のクラスの4人組だった。

 確か伊東、伊奈垣、貴龍、須和と言う名前だった。下の名前は忘れたが……

「いい所であったなぁ。麗香ちゃんよぉ」

「俺達はお前らのおかげで退学処分になった為に人生を無茶苦茶にされちまったんだ。その代償をお前の体で支払ってもらうぜ」

「自分達のせいでしょーが!」


 正面の須和がにや~っと笑みを浮かべて、わざとらしく舌なめずりをして見せる。

 中肉中背で、頭を時代遅れのリーゼントにしている。

 その右側、貴龍が懐からバタフライナイフを取り出し、カチャカチャと意外と見事な手さばきで回して見せ、刃を麗香に突きつけた。

 ひょろっとした長身の男だ。

 伊奈垣がいつの間にか背後に回っていた。


「ひひひひひっ……腰が抜けるまでやってやるぜー!」

「乱交パーティだー!」

 須和の左隣にいた伊東が麗香に手を伸ばして腕をつかもうとした。

 しかし、その手は麗香に触れる直前に、横から伸びた手に掴まれた。

 その手の主は武光だった。


「なんだぁ?てめえは?」

「こいつのクラスメイトだ」

 麗香は「こいつ」呼ばわりされたことに軽く反発を覚えたが状況が状況である、この場は目をつぶることにした。


 いきなり現れた威圧感のある武光に4人組は一瞬怯んだが、4人組の中で一番長身の伊東が武光に腕を摑まれながらも、威圧感を出そうと彼にとっては精一杯の虚勢を貼って武光を睨み付けた。

 それでも見上げる形になったのは仕方ないが。

 因みに武光は182センチ、伊東は176センチである。


「てんめぇぇぇぇ!俺たち4人に勝てると思ってんのか、おーっ?」

「やってみるか?」

「うっ……」

 彼は貴龍のバタフライナイフにもビビった様子はなかった。


「じょ……冗談だよ、冗談。懐かしさでちょっと揶揄っただけだよ」

 かなわないと悟ったのか、須和がこの場を納める様に言った。

 4人の中で彼が口だけは達者な事を麗香は思い出した。

「だったら二度とこいつに近寄るな。もし近寄ったら……」

 武光はそう言って言葉を区切って伊東の手を殊更強く握った。

「……わ、分かった、分かったから話してくれ」

 伊東は泣きそうな顔で懇願した。


 武光は乱暴に手を離したので、彼はたたらを踏んで伊奈垣と貴龍にぶつかった。

 彼等は流石に抗議しようとしたが、彼等を見る武光の目が如何なる抗議も受け付けないと言うように冷たい光を放っているのを見て取ると、捨て台詞も残さず、そそくさとその場から消えた。

 

 武光は彼等が視界から完全に消えたのを見届けると、麗香に「大丈夫か?」……と声を掛けた。

 相変わらず、ぶっきらぼうな話し方だった。

麗香は照れくささも手伝って、ついつい歩き出しつつ生意気な口をきいた。

「こいつって言うのはやめてくれる?榊麗香って言う、ちゃんとした名前があるんだから」

……と伏し目がちに言ってしまった。


 その仕草が意外と年頃の女の子らしくて武光はつい「ぷっ」……と笑った。

「何よ?」

「いや、お前案外ツンデレなんだなって思って」

「どういう意味よ?」

「お前って男言葉こそ使わないけど、案外男っぽい所があるだろう。そのギャップが凄いから思わず吹き出しちまった」

「案外口が悪いのね」

「悪い悪い。ところでまだお礼を言われてないんだが……」

 そうだった!麗香は慌ててお礼を言った。


 武光は彼女の慌てぶりに笑いをこらえながら、その素直さが可愛いと思った。

「……それと、さっきも言ったけど、お前って言うのもやめてよね」

「山猫軒並みに注文の多い女だな」

「何それ?」

「宮沢賢治さ。『注文の多い料理店』って知らないか?そこに出てくる料理店の名前さ」

 そう言えば小学校の国語で習ったな……って、麗香はそこまで思い出して思い当たる事があった。


「あんたマジで口が悪いね。いつもぶっきらぼうで口数が少ないから気付かなかったけど」

「?」

「山猫軒の主人は人食い山猫でしょうが!」

「そう言えばそうだったな」

「えっ?知らなかった?」

「知ってたけど、そこまでの意味は込めてないぞ」

 麗香は深読みしすぎたと悟った。

「まあ、山猫みたいな女ではあるけど」

「うっ……」

 

 今までライオンだの虎だのタスマニアデビルだの男女だの散々無茶苦茶な事を言われてきたが山猫は初めてだった。

「山猫の麗香……か……」

 麗香はひとりごちた。

「あんたいい事言うじゃない」

 そう言ってバンと武光の分厚い大胸筋を裏拳で叩いてつぶやくように歌い始めた。

「山猫のタンゴ・タンゴ・タンゴ……」

 武光は黒猫のタンゴだろう、と言いかけてやめた。折角機嫌が直ったのに悪くすることもないだろう。

 まあ、あんな目に遭ったのに意外と図太い神経の持ち主だなとは思ったが。


 この後、麗香は小型でポケットに入れることの出来るサイズに縮む特殊警棒を父から高校入学のプレゼントとして渡されたことを思い出し、この一件以来身につける様になった。

 貰った時はもっと女の子らしい物をくれればいいのにと思っていたが、見た目はピンク色のペンライトみたいだったので、それなりに気にいっていたが、机の引き出しに入れてそれっきり忘れていたのだ。

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