第3話 武光の冗談
そんなある日、あるライトノベルを題材にした映画が話題になった。
タイトルは『周りがゾンビになっていく』と言うパニック物で、ある盆地に有る、新興宗教にほぼ乗っ取られた小都市で住民が次々とゾンビに成っていくというもので、今までのゾンビ映画や、ゲームや漫画のゾンビとは一線を画す設定が話題を呼んだ。
麗香も中学校からの親友の神谷司(つかさ)や彼女の彼氏の曽根弘明と一緒に映画館に見に行った。
神谷司は榊麗香とは違い、小柄で天真爛漫な子犬を思わせる少女である。
肩まで届くセミロングヘアとくりっとした黒目がちの目、対照的に小さいつくりの鼻と唇がそのイメージを更に助長している。
美人というよりも、かわいい、と言う方が適当であろう。
麗香とは中学生からの親友で、同じく剣道部に所属していて、特に強いというわけではないが、いるだけで場が和むという雰囲気を持っている。
因みに麗香のことを「麗ちゃん」とあだ名で呼んでいる唯一の人物である。
弓道部の曽根弘明とは家が隣同士で、家族ぐるみの付き合いをしている。
曽根弘明は司の彼氏兼幼馴染で、彼女との付き合いは本人曰く「幼少からの究極の腐れ縁」と言っている。
別に嫌がっているわけでもないが。
やや垂れ目気味の目を除けば、まあまあ整った顔立ちをしている。
中学では特にクラブ活動をやっているわけでもないが運動神経は良く、麗香などは運動部にでも入ればいいのに、もったいない……と思っていたが、邦栄高校に進んだ時に弓道部に入った。
弘明は塾に通っていて、中学時点で地元の進学校である燕子花(かきつばた)高校に余裕で合格できるだけの学力を持っていた。
今では既に地元の大学なら余裕で合格できるだけの学力を持っており、今でも週2日は通っている。
邦栄高校に進学したのは、弓道がやりたかったのと、自分なら邦栄高校で程よく文武両道ができると踏んだからである。
ちなみに麗香と弘明の身長は同じである。ついでに言えば麗香と弘明は、またいとこの関係であり、お互いにそれを知ったのは中学生になってからである。
司は映画館でしか買えないグッズ目当てという側面もあり麗香から見たら、いささか悪趣味な小さな燭台を買っていた。
麗香が見に行った訳は、とある大河ドラマで貫禄のある戦国大名を務めた俳優が新興宗教の、やり手の教祖役で出演すると聞いたからであった。
因みにそれぞれの感想は……
司「中々面白かった」
麗香「教祖がガチホモっていうのが、ちょっと頂けなかった」
弘明「かなりストーリーを端折ってたな」
……だった。
家が神社の麗香にしてみれば、ライトノベルの中の架空の新興宗教とはいえ、神社と寺社と教会をごちゃ混ぜにして、いいとこ取りをしたような教義と、製薬会社を立ち上げて信者を実験台にして、ゾンビを大量生産してしまったという荒唐無稽なストーリーは、彼女にとって、ついていきかねる代物だったが、それさえ我慢すれば目当ての俳優の演技力は、やはりピカイチだった。
意外と見に行った女子が多く、月曜日はその話題で持ち切りだった。
一つには、教祖の息子役が、同年代でニシナリ男子のKenkoだった事もある。
教祖の息子の話し相手役はNPB48(ニッポンバシ48)のSumireだった事も手伝って、男子も結構見に行っていた。
「われ、とか、そなた、とか天皇でも使わないよね。それが天翔(かける 教祖の息子の名前)世間ずれしていないって感じで新鮮だったわ~」
「一葉(ひとは 教祖の息子の話し相手の名前)がその度に訂正していたし」
「流石に教祖の濡場はサラッと流したね」
「誰の需要があるのよ」
「ズバリ麗ちゃん!」
「いや、それは流石にない!私はBLはパタリロ以外は認めない派だから」
麗香は何気にたまたま近くにいた武光に話題をふった。
「ねえ、武田君は映画観に行ったの?」
武光はいきなり話題をふられた事に戸惑ったようだが、少し間を置いて答えた。
「いや、痛い思い出が多すぎるから、ああいうのはだめなんだ……」
武光がかなり真剣な表情で答えたため、その場に居合わせた全員が絶句した。
しかし彼は、はにかむような笑いを浮かべていった。
「冗談だよ。ああいうゾンビが出てくる映画が苦手って言うのは本当だけどね」
苦笑いとは言え、武光の笑顔を見たのは初めてだった。
元々、彫りの深い端整な顔立ちだけに笑った時の表情は中々魅力的だった。
そして武光が笑顔を見せた直後、午後の授業の開始を告げるチャイムが鳴った。
*
終礼のチャイムが鳴り、生徒達はある者は早々に帰宅し、またある者は部活に出るためにクラブハウスへ向かい、ある者は学習塾に通うための復習をしたり、ある者は掃除当番として教室の清掃に取り掛かっていた。
麗香は武光と脱靴場まで一緒に歩いていた。
麗香が口を開いた。
「はじめて見たわ。武田君が笑うところ」
「そうだったか?」
武光はぶっきらぼうに答えた。
別に麗香に対してだけそうという訳ではない。
彼は転校してきて以来、誰に対してもそうだった。
「そうだよ。それにそんな調子でぶすっとしてるより、笑ってる方がずっといいよ」
この一言は武光の意表をついたらしく、ちょっと驚いた顔で麗香を見た。
「そうか?」……と戸惑ったように反問したが、すぐにいつものぶっきらぼうな顔に戻った。
「私はその顔より笑顔のほうがずっと好き」
麗香は、やや早口で武光に言うと、返事もまたずに「じゃ、部活あるから」……といって小走りに駆け去っていった。
武光はしばらく呆然とした感じで廊下にたたずんでいたが、少し笑みを浮かべると脱靴場に歩き出した。
一方、言った張本人の麗香は、照れくさそうに剣道部の部室に急いでいた。
なぜあんなことを言ったのか?
やり取り自体は、たわいのない世間話に過ぎないし、はっきりと正面から「好きです」……と言った訳ではないし、それに、そこまでの仲ではない。
それなのに何故ここまで心が乱れるのだろう?
自分の心が解らなかった。
そしてその心の乱れは稽古にモロに出た。
後輩を指導する時も心ここにあらずで、検討違いの事を言ったり、いつもは司相手なら楽に一本獲れるのに、三本勝負で二本が引き分けで、三本目でやっと勝てたという有様だった(ちなみに司は去年やっと初段が取れた)。
周りからは鬼の霍乱かと疑われたものだ。
案の定、稽古が終わってからの帰り道で、司から突っ込まれた。
「今日はどうしたの?何だか心ここにあらずって感じだったけど?」
「ちょっとね……」
「?……私でよければ相談に乗るけど?」
麗香は少しためらった後、今日の出来事を話した。
「ふ~ん……別に普通のやり取りじゃん。向こうも別に気にしてないと思うよ」
「そうかな?」
「そうだよ」
麗香は司に話すことで、少し気が楽になったので、ついでに前々から疑問に思った事を聞いてみた。
「そういえば、司ってさ、曽根君と付き合い始めたのはどういうきっかけがあったの?今更だけど……」
確かに中学校の頃に、互いに一人っ子だった彼女と知り合ってから、ついつい聞くのを忘れていた。
二人は保育園の時から一緒で、家も隣同士ということは知ってたし、何回も司の家に遊びに行ってるから、中学校まではなんとなく、そうゆう物かと一人で納得していたのだ。
ちなみに弘明と、またいとこだったというのは、中学時代に司の家に遊びに行った時に、たまたま弘明の母の真央に玄関前で会った時に聞いたことである。
「んー?……付き合い始めたと言うより、昔からそうだったって感じかな……」
ちょっと考えてから、司はそう答えた。
「ほら、兄弟や姉妹って大抵一緒にいるじゃない。あんな感じに近いかな」
「なるほど……」
それって弘明を男として見ていないってことじゃない?
……と麗香は思ったが、何気に話がややこしくなりそうだし、逆に武光をどう思ってるか聞かれそうだったので言うのをやめた。
麗香の武光に対する気持ちは、本人も知らない内に恋愛感情に変化していたのかも知れない。
だが彼女は今時点ではそれを認めなかっただろう。
彼女はあくまでも自分が男の体だったら、こうありたいと言う理想の表れの産物を愛でているに好ぎないのだから……
少なくともこの時点では、そうだった。
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