この恋はまだBGMにならない
K.night
この恋はまだBGMにならない
「なんの曲聞いてるの?」
それはいつも通りの高校2年生の登校中。俺はお気に入りのBOSEのヘッドフォンで音楽を聴いていた。教室に入っても先生が来るまでは俺は挨拶も聞こえない音楽の中にいる。なのに、校門のすぐ近くで俺はヘッドフォンをいきなり取られた。
「何、この曲知らない」
音楽が途切れた世界は、急に眩しくて目が眩んだ。それは聞いたこともない曲をいきなり爆音で流されたような衝撃だった。女性だった。たしか同じクラスの。彼女は俺しか触ったことないヘッドフォンを勝手に奪って耳を当てて、不可解な顔をしている。
「返せよ!」
我に返ってヘッドフォンを取り返す。
「ねえ、これ誰の曲?」
彼女は俺の腕に胸を押し当てて、俺の手ごとヘッドフォンに耳を当てる。
「言ってもわかんないよ」
「聞いてみないとわかんないじゃん」
「ロッド・スチュアート」
「誰それ」
ほら見ろ。俺は今、ルーツを遡っていくことにはまっていた。今は1970年代の曲を主に聞いている。古さが新しさに感じる感覚が、いい。なんて語る意味も余裕もない。こいつ、胸がデカすぎやしないか? 何も答えられなくなった俺に彼女はひたすらどういう人物なのか聞いてきた。それが、初めての会話。
彼女はやはり同じクラスの女子だった。引きで見る彼女はやたら大きい胸、短いスカート、そして過剰な距離の近さ。あっけらかんと男に触れる。男子高校生の、なけなしの理性を綱渡りしてるみたいな人だった。やばめのギャルだ。近づかないに限る。
そう思っているのに、彼女はなぜか俺が一人でいるところを見つけてきた。非常階段。理科の準備室。職員室外のちょっとした茂み。一人で音楽を聴くために見つけた場所へ彼女は現れた。
「イヤフォンにすればいいのに。そしたら二人で聞ける」
「ヘッドフォンの方が音質がいいんだよ」
言いながら彼女はいつも俺から音楽を奪った。その代わり俺は彼女の好きな曲を見つけていった。どうせチャラい音楽が好きなんだろうと思って流した曲に、彼女ははまらなかった。ちょっと前に、DISH//の「猫」を聞いて泣いたという彼女が意外だった。だからあいみょんは好きだった。ほとんど音楽を聞かないという彼女の、好みの曲を探せるほど色んな曲を聞いてきたことがちょっと誇らしくなった。いつしかどんな曲より、俺のヘッドフォンを付けている彼女の横顔に夢中になった。やがて彼女の横顔は見えなくなり、彼女は俺と二人でいる時は、体を俺に預けるようになった。
「今日は何が聞きたい?」
「平井大」
「好きだね。プレイリスト作ってきた」
「最高」
そうして、俺のヘッドフォンを付けて、彼女は俺の膝の上に寝そべる。俺もそっとヘッドフォンに耳を当て、かすかに漏れる音を一緒に聞いた。そんな音をシェアするみたいにキスをした。触れて、触って、親がいない時の俺の部屋に来た。
最初の行為の時、君は寂しそうな顔をしていた。もっとも俺は初めての行為に夢中で、思い返したときの君の顔だから、確かだったかわからないけれど。
俺は彼女に夢中になったし、大切にしたつもりだった。好きだと言った歌手のライブチケットを取り、彼女を連れ出した。そうして外に出れば出るほど、俺と彼女の中に流れている音楽は違う種類になっていってる気がした。違う。多分彼女は何も変わってなかったのだ。
高校卒業と同時に、彼女はいなくなった。誰も連絡がつかなくなった。行くと言っていた大学にも彼女はいなかった。送ると何度言っても教えてもらえなかった彼女の家も誰も知らなかった。
そうして3年も経ったのに、俺はいまだに「君」とつけたプレイリストを聞いている。当時は君の名前を付けていたプレイリスト。結構、ヘビーローテーション。あんなにも色んな音楽を聞いていたのに、情けないね。
1年半、側にいた。もう二度と繰り返せない初恋だった。きみは幸せでしたか? なんて、君が何も残さずに去った以上の答えなんてないのに。
今ならわかるよ。同じ制服を身にまとった男たちの中から、君が俺を選んだ理由。きっと君は静かに曲を聞きたかっただけだね。一人ではない空間で。君が思うより、俺は情熱的だったんだろう。仕方ないじゃないか。俺だってガキだったんだ。
君と一番聞いていた曲がヘッドフォンからまた流れてくる。また、流行らないかな。君が僕を思い出してくれるために。
この恋はまだBGMにならない K.night @hayashi-satoru
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