#23 予想とは異なる会談始め
街の中心にある大きな屋敷。町役場として使われていたその建物の一室が、今回の会談に使われる事になっていた。
「なんでも、街を占拠したオーク達もこの屋敷を根城にしようとしていたみたいですね。それでここだけ被害が最小限に収まっていたとのことです」
「説明はありがたいんですけど姫様、どうして急にそんな話をするんですか?」
「だっておめかしの間は口しか自由に動かせませんからね。要するに暇つぶしです」
「ああ、さいですか……」
椅子に座り、姿見と向かい合っている姫様のピンク色の髪をロールしながら適当に相槌を打つ。
それ自体はいつもしている事だが、今日はこれからオークの王との会談がある。よって一国の代表として相応しくなる様に、念入りに髪や服装のセットを行っていた。
「出来ましたよ姫様。何かおかしな所はありませんか?」
「いえ、特に問題はないと思います。――
「いえ、私どもにわざわざ感謝の言葉など……」
「スレヴィア様のお役に立つことが私たちの役目でございますから……」
私と一緒に姫様のドレスアップをした同僚のメイド二人が、ニコリとした姫様の謝意に遠慮を示す。実際に私たちは今日この為に付いてきたと言っても過言ではないのだから、その反応も納得ではある。
「あなた達の働きに関心を示さないほど狭量であるつもりはありませんから。まして今回は帝国外に共をしていただいたのですから、これくらいは当然ですよ」
「姫様……」
「それにもう一人、サーシャの用意も手伝ってもらうのですから、言い過ぎという事はありませんよ」
「姫様……?」
何故だろう、同じ笑みを向けられているはずなのに全く印象が違って見える。最初は慈悲深いそれであったはずなのに、今は悪戯が成功した時の悪い顔にしか思えなくなった。
「いや、なんで私の用意がいるんですか。確かに同席するとは言いましたけど、部屋の端で棒立ちしているだけですよ? 最低限の化粧くらいはしてますし、これ以上することなんて――」
「お二人とも、やっちゃってください」
「「かしこまりました、スレヴィア様」」
「ちょっ、二人ともなんで私の腕を掴むんですか!?」
姫様がパチンと指を鳴らした瞬間、背後に回っていた同僚二人によって私の動きが封じられる。まさか裏切ったというのか、私の同僚のはずなのに……!
「スレヴィア様のお役に立つことが私たちの役目だからね。アンタの役目にはこれも含まれていたってだけでしょ」
「いつもの倍は綺麗にしてあげるから、感謝してよね~?」
「よかったですねサーシャ。仲間思いの同僚に恵まれているようじゃないですか」
どうやら私の周囲に味方はいないようだ。同僚からの好感度もそんなに低かったのか、私。
「といってもヘアメイクをもう一度していただくだけですけどね。恐らく服装は変更も修正もいらないでしょうし」
「そりゃ身だしなみは世話係として整えてますからね」
何故か椅子に押さえつけられるようにしながらも、一応反論はしておく。今回も私はロングスカートタイプのメイド服だし、当然汚れや皺といった不備もない。なので髪形やメイクも別に直してもらう所なんてないはずだが。
「サーシャって自分の事になると途端に甘くなるよね。いや手を抜いてるわけじゃなくて、優先順位が下がるっていうか?」
「合格点は上回ってるけど満点ではない感じ。スレヴィア様に関しては150点をたたき出すのにね~」
「……え、そうなんですか?」
目線だけで姫様に問うと、こくりと肯定の頷きが見えた。流石に三人から言われるとそうなのかもしれないと思い直す。少なくとも他国の代表者の前に出せるレベルではなかったという事なのだろうか。だとすると精進し直さないと駄目かもしれない。
「これでいかがでしょうか、スレヴィア様」
「はい、これなら誰に見せても恥ずかしくないでしょう。どうせ見せるなら完璧な方がいいですからね」
「掃除した後は塵一つない方が評価が高くな――こほん、何でもないよ~?」
「…………ええ、ありがとうございます」
なんか今同僚の一人から人扱いされていなかった気もするが、まぁやってくれた事には感謝するべきだろう。よくもやってくれたなこの野郎という意味で。
「では最後にこのアクセサリーを付ければ準備は終わりですね」
「いやそれは姫様が身につけるアクセサリーですよね? 嫌ですよ、私は絶対に付けませんからね?」
「お二人とも――」
「させるかっ!」
再び姫様が指を鳴らそうとした瞬間に身を捻って回避行動。再び私を抑えようと伸びた同僚二人の腕が空を切った。お互いに動き出しが早くないだろうか。
「サーシャって気難しい猫みたいですね。何をそんなに嫌がっているんですか?」
「個人の感想ではなく、皇女が身につけるべきものを一メイドが使う事への忌避感ですが?」
「では下賜という事にしましょう。ほらサーシャ、左手を出してください。どこの指かは言わなくてもいいですよね?」
指輪を持って手招きをする姫様にハリセンをお見舞いするか迷ったが、相手はこれでも皇女だ。一メイドという単語に違和感を覚えてそうな同僚二人の前でやるのはマズかろう。消すべき人間が多すぎる。
「この先のオークの王との会談中、危険がないとも限りません。それに備えての魔道具ですから、そんなに警戒しないでください」
「そうだよサーシャ。スレヴィア様のご厚意を受け取らないなんて、従者として良くないんじゃないの?」
「あくまで貸し与えていただくって感じでしょ〜? 別に
「……分かりました、けどせめて自分の手で付けさせてください。姫様に任せると変な指に嵌められそうなので」
「酷いですサーシャ。私はあなたの見を案じて言っていますのに……」
よよよと泣き崩れそうになる姫様をスルーしながら指輪を受け取ると、己の左人差し指にスッと収める。間違ってもその二つ隣にはしない。
「ところで姫様。この指輪にはどういう効果があるんですか?」
「お兄様から聞いた話では有事の際に身代わりに出来る魔法が込められているそうです。けれどそこまで万能ではないとも言っていたので、あくまでも御守りくらいに思っていてください」
「そこまで強力なモノではないんですね。ならちょっと安心しました」
この指輪も皇女が身につけるべきアクセサリーではあるが、きっとその中でも優先度は低いのだろう。それならば少しだけお借りしてもいいかと自分を納得させる事にする。なら何故わざわざ?と思わなくもないが。
「さて、それではそろそろ時間ですね。会談に向かうとしましょうか」
「「お気をつけて、スレヴィア様」」
準備の完了した姫様が立ち上がると、先ほどまで私をイジっていた同僚二人も頭を下げる。本来なら私もその見送る側にいたはずなのだが、どういうわけか姫様について会談にまで同席する事になってしまった。
故にこの会談も、きっと何かが起こる気がしてならない。先ほど借り受けた指輪に軽く触れながら、私は覚悟を決めて姫様の後を追うのだった。
☆
「……ところで、結局オークの王はどんな方なんですか?」
時は移って会談開始の15分前。アイザック様によって会場に指定された広めの部屋で着席している姫様に、私はそう問いかけた。
因みにロザリーは今回も廊下のドア付近での警備を担当しているとの事だった。
「どういう方と言われても、私も初対面になるので詳しくはありませんよ?」
「いえ、姫様の力なら顔を合わせなくても情報を得られるはずです。というか街を見回っていたのもその為かと思っていたのですけど」
「まぁ、それも否定はしませんけども」
こほん、と咳払いをした姫様が後ろに立つ私の方を振り向く。そこにあったジト目で、私は藪蛇をついた事を悟った。
「あのですねサーシャ。私が事前のネタバレを強く嫌っている事はあなたも知っていると思います」
「初耳ですよ姫様。いや想像は出来ますけど」
「そんな私がオークの王という期待株の情報を事前に仕入れるなんてジャンルファンにあるまじき真似をするわけがないでしょう!」
「皇女としてあるまじき態度なんですが?」
そんな事で顔をクワッとされても困る。あと他国の王をコンテンツ扱いしないで欲しい。ホントに会談に臨む気あるのかこの方は。
「もちろん人柄や経歴といった外交に必要な情報は持っています。しかしどんな容姿をしているのか、その一点だけはきちんと情報封鎖したんです」
「普通に調べるよりも難しい事してる……」
「なのでサーシャの質問には答えられません。むしろサーシャも一緒に予想してみませんか? これから来るオークの王がどの様な方なのかを」
「そんなに想像する余地があるとは思えませんが……」
どうりでワクワクしているわけだと納得する裏で、一応オークの王についての予想を立てておく。まぁ予想といっても前世の創作の中でどんな風貌が多かったかを思い出してみるだけだが。
「やはりオーク達を統べる王なのですから、屈強な方ではないのでしょうか。或いは数多の戦いをくぐり抜けた証としての傷跡があったりもするかと」
「たしかオークの社会は実力主義らしいですからね。サーシャの言う通り、歴戦の戦士という一面もあり得ます」
どうやらこの世界でもオークという生物の立ち位置はあまり変わらないらしい。私の予想、というか認識に頷いてみせた姫様は、されどとばかりに持論を展開した。
「逞しい方であるという予想には私も同意します。更に言うならオークの王は恐らく、いいえ間違いなく――!」
「間違いなく?」
「女好きだと思うんです!」
「……………………ほう」
自国の外で、これから顔を合わせる他種族の王は女好きだと宣う皇女さま。しかし毒を食らわば皿までという言葉もある。ひとまず死んだ目で続きを聞く事にした。
「だってオークの王なんですよ?! そんな方が欲に正直じゃないわけないですか!」
「そうですね。目の前にも正直な方がいますし否定はしませんが」
「今の体制になってから侵攻した街もいくつかあるそうですし、
水色の瞳を輝かせて語る姫様だが、決して彼らの侵略行為を肯定しているわけではないんです。ホントなんです。信じてください。
「力を使ってオーク達から得た情報では、オークの王にはまだ正室に当たる存在はいないそうなのです。つまりまだ手頃な所で遊び歩いているという事でしょう」
「邪推にも程がありません? あとそれブーメランになってる気がしますけど」
会ってもいない王への偏見があまりにも酷かった。例えどんなに低い確率だったとしても、別に一途でピュアなオークがいてもいいと思う。
「私に婚約者がいないのはお父様やお兄様、あとサーシャの都合だと思いますけど、今はそれでも構いません。今回の会談、もしかするかもしれないので」
「…………姫様。何を考えていやがりますか?」
「嫌ですねサーシャ。口調が乱れていますよ?」
今
(恐らく)女好きなオークの王との会談。色々とキナ臭い中で要請を受けた姫様にとって、彼女自身の目的は皇女としてのモノだけではないとしたら。最初に親密になりたいと言っていたのも、やっはり本気なのだとしたら……?
「そういう意味でも期待している、というだけですよ。私の情報は国外には殆ど漏れていないはずですし、そもそも直前になってお兄様から言い出したのですから、オークの王からしても私の事はここで初めて知るはずです」
「……お互いに初対面。そしてどちらも独身であると?」
「はい。そんな二人なら運命がイタズラするとも限りませんよね? 例えばどちらかが一目惚れしてしまうとか、如何にもロマンチックじゃないですか!」
「えぇ……」
他国の地で出会うオークの王と人間の姫。確かに名作映画みたいなタイトルが浮かびそうだが、その実はどちらも獣みたいなもんなので題名詐欺だと思う。
どちらにしてもあまりにツッコミどころが多すぎて、私は頭を抱えるしかないのだが。
「少しだけ真面目な話をすると、多分お兄様はそれも視野に入れているとは思いますよ?」
「……アイザック様は、姫様がオークに嫁いでもいいと思っているのですか?」
「帝国唯一の皇女の使い途として悪くはない、位の認識かと。王国の事を考えれば、魔法に耐性を持つオークの方々と友好的になっておくのは有用ですからね」
魔法の分野で他国よりも先をいく王国が万が一帝国や他国を攻め始めた時、オーク達が味方なら取れる戦術が変わってくる。その有利の為に姫様を使うというのは、まぁ、決してあり得ない話ではなかった。
「でも、そんなのは……」
「サーシャ、
「……そうですね。失礼しました、私とした事が私情を持ち込んでしまうなんて」
「まぁ私としては
「そこは最後まで否定してくださいよ……」
あっけらかんと言う姫様に毒を抜かれる私だが、確かに出過ぎた感傷をしていた気がする。
私はあくまで世話係。姫様を幸せにすると誓った身ではあっても、その行く末を口を挟んでいい身分ではない。故に姫様が政略結婚に使われたとしても、文句を言える立場ではないのだ。
……まぁ、現状でオークの王と婚約するとか言い出したらそれはそれで止めるけども。色んな意味で。
「そういう意味でもサーシャが同席出来た方がいいと思ったから、今回の会談にも来てもらったのです。ほら、感謝してくれてもいいんですよ?」
「……確かに、有り難みが増したのは認めますけど、あくまで私がいるのは姫様が暴走しないようにする為です。今までの話を聞く限り、やはり目を光らせる必要があると再確認出来ました。くれぐれも発言には気をつけるようにしてください」
「もう、サーシャったら本当に素直じゃないですね」
何故か姫様は呆れた様子だが、結局私の役目はそれに尽きる事をどうにか思い出した。
結局私にはオーク達やアイザック様、ついでに姫様が何を考えているかなど分からない。それでもこの場にいる以上、出来る事をするだけなのだ。
だから今は、それ以上考える必要はない。
「――先に来ていたか、スレヴィア」
「お待ちしておりました、お兄様」
「…………(スッ)」
そうこうしている内に会談の時間になったらしい。
扉を開けて入室してきたアイザック様に返事をする姫様の後ろで、私は無言で頭を下げつつ距離を取った。
同じく入ってきたアイザック様の護衛騎士と並んで壁際に控えた所で、最後の来客が近づいてきたようだった。
「――すまない、僕が最後になってしまったみたいだね」
それは少年のように若々しくて通る声。けれど申し訳なさを確かに含ませながら、その声の主が姿をみせた。
「いや、貴殿も定刻まで街の外で偵察をしていたのだろう。その働き方を責める者はこの場にはいない故、安心していただきたい」
「そう言っていただけるのは有り難いよ、アイザック皇子殿下。けれどこの場を望んでおきながら、僅かであってもあなた方を待たせてしまったのは事実だ。どうか謝罪させてほしい」
そう言って頭を下げながらも入ってきた彼は、アイザック様と違って鎧姿ではなかった。
というか姫様のドレスに合わせたかのような、白いフォーマルスーツにその細身の身体を収めていた。
「! 失礼、ご挨拶が遅れました。僕はオーク族の長をしています、ケダ・ラウと申します」
「あ、はい。此方こそお初にお目にかかります。スレヴィア・グラン・オベイルです」
「帝国の第三皇女にあたる、私の妹だ。急な同席にも同意をいただき、感謝している」
「いえ、こちらこそ感謝したい位です。噂に聞いていた帝国の花、スレヴィア皇女殿下とお会い出来るとは光栄だ!」
「あ、はい。それはどうも……」
アイザック様も交えて互いに自己紹介を済ませる間、二人の視線はずっと互いを向いているようだった。
一人は当然としてオークの王、ケダ・ラウ氏の事だ。入室して姫様を視界に入れてから、彼の関心はずっと姫様にあるように思える。ホントに一目惚れしているかはともかく、姫様の美貌なら何もおかしくないなのでそこはいい。
もう一人こと姫様の視線もまた、ずっと彼に向けられていた。何も知らない者からすれば、それもまたおかしい話ではないのだろう。
「(……イケメンですね、オークの王)」
ケダ・ラウと名乗った彼の顔立ちは、極めて整ったものだった。アイザックよりも柔和な笑みで壁を感じさせず、それでいてバッチリと開かれた瞳とふんわりとセットされた髪型が生来の爽やかさを引き立たせている。
それでいて特徴的なその鼻が彼をオークだと証明しているが、それを含めても全然イケメンだった。多分オークのホストクラブとかあれば億稼げるし、多分前世の方でも割とやっていけると思う。
そしてオークでありながら、その身体は細マッチョという珍しいものだった。流石に私たち女性陣よりかはガタイがいいが、長身のアイザック様と比べるとやや小さめに見えてしまう。
纏めるならオーク界の王子さまと言った所か。なんだかレイピアで戦いそうな感じといい、ドアの外にチラリと見えた側近であろうオークは二回りも大きく屈強な身体付きをしていた事といい、ちょっと意外というか……。
「(――違う)」
「(姫様?)」
アイザック様とケダ・ラウ氏が席に着こうとする合間にこちらへ視線を投げてきた姫様の目は、散々オークの王を見た上でこう言っていた。
「(私の期待してたオークとは違うんですけど?)」
うん、とりあえずチラチラこっち見ないでください。
■■になりたい皇女さま! 棚木 千波 @hondana9449
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